Declaration 02


「これはこれは…ローゼンクロイツ卿、お早いご登城ですな」
結局昨夜は国王の寝所で一夜を明かす羽目になったクリスは、まだ警備以外の者が起きだしては来ない早朝のうちに自らの執務室の向かうつもりでいた。
しかし途中で、最も逢いたくない人間の一人に捕まってしまった。
先王エドワード4世の代から宰相の任あり、更には現国王リチャード3世の正妃の父であるウォーリック伯である。
「流石は薔薇十字団の総帥ともなられると、御政務も多忙となられるようですな。このような早朝からとは、なんと忠勤でおられることか」
無論それが ―― 嫌味以外の何物でもないことはクリスにも判っている。
現国王であるリチャード3世は、その手に玉座を収めるため、己の地位を脅かす者の幼若を問わず悉く排除したことは周知の限りである。
それによりその地位は今では不動のものである一方で、皇太子すら存在しないという状況にある。
無論、ウォーリック伯の娘であるアン・ネヴィルが正妃として立てられているが、いまだ懐妊の気配はない。
ローゼンクロイツの名を継承し、さらに唯一存在が確認された『青眼の白龍』のカード一枚と引き換えに、クリスがその身を忠節の証として国王に差し出してから ―― アン王妃はいわば飾りに近い待遇となってしまっていたのだ。
「陛下のご機嫌はいかがでございましょうな? 卿にお聞きするが一番と、王妃も仰せでしたのでな」
「それは買いかぶりでございましょう? 私などよりも王妃様の方が陛下のお側におられるお時間が長いはず」
「おや、そうでしたか。しかしここ数日は卿との軍議に熱がこもられて、陛下のお渡りがないと嘆いておいででしたぞ」
地位と引き換えにその身を売った。そんなことは王宮に巣食うものであれば誰でも考えるものである。
事実、いまこうして目の前でネチネチと嫌味を言っているウォーリック伯とて、その地位を不動にするために娘を人身御供に出していることに代わりはない。
尤も、そんな下世話なことを張り合う気など、クリスには露ほどもないのも事実であるが。
(フン、望みとあればいつでも代わってやるわ)
端から見れば国王の寵愛をせめぎあっていると見えるだろうが、男であるゆえにクリスが懐妊することはない。
だから嫌味を言うくらいですんでいるということもあるのは確かだろう。政敵となれば、この老獪な宰相が黙っているとは到底思えない。
別に国王の寵愛などどうでもいいことである。あの男に身を任せているのは、いわば契約の一つに過ぎない。
そう、あと2枚 ―― 失われた『青眼の白龍』のカードを手に入れるまでの ―― 。
しかし、それならばこの男には別の使い方があるというにもすでにクリスの計算に入っていた。
「そうですね。忌々しくもランカスターの傍流が反旗を揚げたという話も入ってきましたし。陛下は大層ご立腹と見受けました。ここはやはり陛下のお心を安んじるということも考えて、早急な出兵が必要かと思いますが…?」
ランカスター家の分家ボーフォート家のマーガレット女伯の息子ヘンリー・チューダーが、赤薔薇の旗の下にリチャード3世への反旗を掲げ、王都への進軍を開始したと報告を受けて既に一週間がたっている。無論その間も、クリスの率いる薔薇十字団は出兵の準備に余念がないが、クリスに執着するリチャード3世の逆鱗に触れることを恐れて奏上された気配はない。
出兵となれば、薔薇十字団の総帥であるクリスも当然戦場に向かうことになる。そうすれば国王の慰みものになる役目からも解放されるというものであり、それはこの宰相にとっても悪い話ではないはずである。
「何卒、宰相閣下のご叡智を以って、陛下には良しなに奏上していただけますことを、節に望んでおりますぞ」
(貴様の舌三寸、巧く利用させてもらおうか?)
無意識に煽る蒼穹の瞳に気圧されて、宰相はゾクリと身体を震わせた。しかし、そのまま何事もないようにクリスが立ち去れば ―― すぐさまその脳裏には今のクリスの言葉が渦巻き、凄まじい勢いで計略が練られ揚げていった。



そして、その日の午後 ――
「ローゼンクロイツ卿に国王陛下よりの命を告げる。近日中を以って王都より出兵し、逆賊であるヘンリー・チューダーを捕らえよとのこと。異存はないな?」
執務室に控えていたクリスの元へ告げられた王命を、クリスは恭しく頭を垂れて拝受した。
「異存などありません。必ずや陛下のご期待に添えますとお伝えくださいませ」
頭を下げたままそう応えるクリスに、王命を告げた使者は型どおりの返答を聞いただけで満足し、部屋をあとにした。
残ったクリスは ―― 配下の者も下げさせ、さも満足げな微笑を浮かべる。
「流石は宰相閣下。巧く陛下に奏上してくださったものだ。これは…期待に応えて差し上げねばならんな」
戦う相手は ―― あのヘンリー・ユギ・チューダーである。
『やっと見つけたんだ。もう…逃がさないぜ、セト』
忌々しい程に忘れられない紅い瞳。そして当然のようにクリスを呼ぶ甘い囁き。
初めて逢ったはずなのに、何故か心が惹かれた狂おしい存在。
だがそんな一方で ――
「久しぶりに心が躍る。俺は ―― アイツとの戦いを望んでいるのかも知れんな」
―― グゥルルル…
いつしか実体化していた半身も、歓喜に身を焦がしている。
「お前とならば、俺はいつでも戦える。付いて来い、イブリース。お前にその力の全てを出せる舞台を用意してやる」
―― グゥ…グォゥルル!
歓喜に震える半身に祝福の口付けを与え、クリスは机の上に広げられた地図に印を書き込んだ。
「恐らく、決戦はボズワースの荒野 ―― 」
そこが、運命の地となることを、誰もまだ知らない ―― 。






Declaration 01 / Declaration 03


初出:2003.11.26.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light