Declaration 03


―― 赤薔薇ランカスター家唯一の継承者であるヘンリー・チューダーがイングランドにて挙兵。
  国王リチャード3世に反旗を翻す。

その一報は海を越えたフランスの地にも届き、一人の男を呼び寄せていた。



「ったく、相変わらず我侭な若サマだな。わざわざ呼び寄せるから何事かと思ってきてみれば…野郎の身辺調査かよ」
そう言いながらもニヤリと不敵な笑みを浮かべているのは、白い髪に紫の瞳という異彩を放つ男 ―― 名をバクラといった。
バクラは、ヘンリーがフランスにいた頃に知り合った悪友の一人である。
元はそれなりの大家の出らしいが、既に没落したのか出奔したのか ―― 恐らく後者の方らしい ―― で、妙に裏世界に詳しく、また錬金術や魔術にも知識があった。
勿論ヘンリーがランカスターの末裔と言うことも知っており、揉め事や争い事は200%歓迎という性格であるから、その気のないヘンリーに散々戦渦を開けと挑発していたということもある。
それがまさかその通りになるとは思いもよらず ―― その一方で、本心がただ一人の人間欲しさということには、流石に一瞬言葉を失ったが。
「しかし、まぁ…らしいって言えば若サマらしいよな。アンタ、マジで欲しいものにしか手ェださねぇモンな」
「手当たり次第のお前と一緒にするなよ」
「オレ様は趣味が広いからな。ま、それよりそっちの話だ。そいつのことなら聞いたことがあるぜ、ローゼンクロイツの継承者だろ?」」
バクラの話では、以下の通りである。
薔薇十字団とは、リチャード3世直属の英国における最強の魔法騎士団である。
その現在の総帥の名がクリスチャン・セト・ローゼンクロイツ。
しかし「クリスチャン・ローゼンクロイツ」という名は薔薇十字団の総帥に捧げられた名であって、そもそも個人の名を顕すものではないらしい。
初代は今から数十年前に実在した人物で、魔道師というよりは錬金術師であったという。
それゆえ、薔薇十字団も錬金術師の一団であったのだが、二代ほど前から魔法剣士がその地位に着くことになった。
そこからやがては文武に秀でた一団となり、更には国王直属ということもあって家系なども入団の条件に含まれるようになったらしい。
ところが、現在の総帥であるクリスに至っては、その身の上は不明な点が多い。
少なくとも生粋の英国人ではなく―― あの白皙と蒼穹の瞳から、恐らく北欧系とは思われるが、確かなことは不明である。
元はあの幻といわれた『青眼の白龍』の使い手候補として、薔薇十字団唯一の巫女イシュタルが聖地エルサレムから連れて来たというのが最初らしく、恐らく知っているのは彼女だけかとも思われる。
「美人な上に頭もキレる。剣の腕もかなりなものらしいぜ。何せ、先代の薔薇十字団総帥を一瞬でねじ伏せたっていうからな」
「…だろうな」
あの絶対の自信に満ちた態度は、当然実績に裏づけされたもの。誰にも屈せず、孤高に輝く蒼穹は、己の信念だけを目指している。
「それに、ドラゴン族のカードはマスターを選ぶ。能力だけじゃねぇ、血の記憶とか…そう言った、古の力もマスターの条件になる。そのうえでブルーアイズが主人として認めたってことは…生半可なコトじゃ返り討ちは必定だゼ」
かつて存在した幻のカード。今は1枚しかその存在を確認されていないが、光属性最強のその聖獣を、かつてデュエル発祥の地であるエジプトの神官が使役したというのは伝説にすらなっている。
人間と違って、カードに封印された魔獣や聖獣の寿命は永遠に近い。それゆえに己のマスターについては妥協は一切許さない。
特にプライドの高いドラゴン族は、一度マスターと決めた人間を裏切らない代わりに、例えそのマスターがこの世にいなくなったとしても、そう簡単に次のマスターを選ぶと言うようなことはしないものである。
つまり、クリスにはその神官に繋がる血の記憶があるということか ―― ?
だが、そんなことはヘンリーには関係なかった。無論、バクラに言われた次の言葉も。
「それに…あの男は国王のお手つきだぜ。それをしらねぇアンタじゃないだろ?」



長いこと封印されていた光属性最強のカード ―― 『青眼の白龍』。
その攻撃力は最強にして最大。普通の魔獣では束になってかかっても瞬殺されるのがオチである。
それほど強力な力を味方として得ることは確かに心強いが、あの猜疑心の塊のような国王がそう簡単に信用することはありえなかった。
だから ――
クリスは忠誠の証として身体を差し出した。
青眼の主人として存在するために、その所有者である国王に対し二心はないと示す証として。
無論、王宮に巣食う貴族たちにしてみれば面白くないだろう。そのために影では散々と言われているということは、王都を離れたこの地でも耳にすることができる。
野望のために身を売った背徳の騎士。
色仕掛けで国王に取り入った男妾。
毎夜毎夜違う男の褥に侍り、栄達を図っている ―― などなど。
だが、それら誹謗の全てを、クリスは取り合うことは一切なかった。
言いたいヤツには言わせておけばよい。所詮は吼えるしか能のない卑小な人間の戯言である。
それに ―― 事実だけを見ればそれは嘘ではない。
身体など欲しければ幾らでもくれてやる。そんなもので、心まで縛れると思う方が間違いだと。
どこまでも苛烈な孤高の佳人は、手段を選ばず戦って勝ち取ることを潔しとしていたから ―― 。






Declaration 02 / Declaration 04


初出:2003.12.03.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light