Declaration 04


朝の挨拶がてら、いつものように昨夜はどこへ遊びに行っていたのかと問い詰めようとした老臣サイモンは、その日、初めてヘンリーの真剣とも言える表情を見た気がした。
いつもなら、何にも囚われず何にも興味を持たず、唯一興じたカードゲームでさえその刹那でしかなかったというのに、今朝はどこかが違っている。
更に ――
「白薔薇ヨーク家に宣戦布告を告げる。直ちに出兵の準備に入れ」
「わ、若?」
「どうした? オレに王位を取らせるのがお前の望みだったはずだ。折角その気になったというのに、何を呆けている?」
そういう表情には、生まれてからずっと使えてきたにも関わらず、はじめて見る「何か」が輝いており、サイモンはゾクリと身震いを感じずにはいられなかった。
何かが、自分が仕えるこの若き当主に火をつけたらしい。
それも全てを焼き尽くすような劫火である。
しかもこれから宣戦布告というのに、この若き当主は ―― 既に心は王位を授かったも同時の誇りを勝ち取っていた。
まさに、生まれながらの王とでも言うべきか。
「ヘンリー、本気ですか?」
気が付けば、いつしかそこには優しい母も姿を現していた。
「本気で王位を狙うと? そう言われるのですか?」
「母上…」
「薔薇の宿命などに囚われることはないのですよ。貴方には貴方の生き方があるのですから」
ヘンリーが王位を狙うとなれば、当然、絶えかけていた戦火が再び広がるのは眼に見えている。
そうなれば、民衆にも危害が及ぶことは考えられる。
単純な数だけでも、いまのヘンリーには国王軍に対抗するに等しい力など有してはいないし、援軍を得る可能性にいたっては皆無にも等しかったから。
猜疑心の強い国王は、有力な貴族からは人質として妻子を王宮の一画に住まわせており、しかも国王軍にはイングランド最強と言われる『薔薇十字団』が控えているのだ。
戦えば、勝てないとは言いたくなくとも、無傷ではいられないはず。
それなのに、何故 ―― と。
そんな母の想いが判っていたから、ヘンリーは本心を隠さず告げた。
「どうしても、欲しいモノがあるのです。オレの一生をかけても構わないと思えるほどに。そのためには王位を得なくては ―― きっと手には入らないから」
あの蒼穹の瞳を持つ愛しい佳人は、戦って勝ち取るしか手に入れる方法はないだろう。
あのヒトが国王の配下にいるのなら、自分が王位を奪うしか手にいれる方法はあるまい ―― と。
どうしても欲しいから、そのためならどんなコトだってやってもいいと思う。命を懸けるにふさわしい価値。
それこそが己の真の気持ちであるから。
そして、そんな息子の思いに気付いたのか、母は柔らかな笑みを浮かべると、小さな箱を差し出した。
「そう…ですか。判りました。では、これを貴方に差し上げましょう。貴方の想いが本当であれば、きっとこの箱の中のものも応えてくれるでしょう」
「母上…?」
「母はもう、何も言いません。貴方は貴方の望む道をお行きなさい」
そういって立ち去る母を見送って、ヘンリーは渡された小箱のふたを開けた。
「これ…は、まさか? オシリスの…天空竜 ―― 」
そこにあったのは ―― この世に三枚しか存在しないといわれている幻の神のカードの一枚。
その瞬間から、ヘンリーは「神をも使役する伝説の王」と呼ばれることになる。



サイモンが檄を飛ばすと、ウェールズを中心に国王に反旗を翻す勢力は日ごと数を増やしていった。
とはいえ、多くは戦から暫く離れていた貴族が多く、直接の戦力としては心もとないのは否めない。
しかし、
「まさか、お前がヘンリー・チューダーだったとはな」
そう言ってヘンリーの屋敷に現れたのは傭兵としても名高いジョーノであった。
「確か、デュエルでの負けは5敗…いや、6敗だったっけ? な、戦に協力するから、負けはチャラってのはどうだ?」
「ジョーノ君…?」
「ついでにアンズの店のつけも払ってくれると助かるんだけどな」
と口調はあくまでも今まで通りで、流石のヘンリーも面食らっていた。
隠すつもりはなかったし、当然騙すつもりもなかった。
できたら単なる友達という関係でいられたらと思っていたというのが本心である。
だが、素性を晒した今となってはそれも終りかと思っていたのに、
「アンズがさ、またいつでも来いって言ってたぜ」
「アンズが…騙してたことを怒ってないのか?」
「騙してたんじゃなくて、言わなかっただけだろ? ま、俺たちも聴かなかったし。いいんじゃねぇの、そんなの関係ねぇよ。俺たちは友達だもんな」
そう言って手を差し出すジョーノに、ヘンリーは躊躇うことなくその手を取った。
「いいのか? 今回の戦は…はっきり言ってオレの私戦だぜ」
赤薔薇ランカスターの最後のプリンスとして、白薔薇ヨーク家に最後の戦を仕掛け、王位を奪還する。
国内に飛ばされた檄文はそうなっているが ―― 無論、それに間違いはないが ―― ヘンリーにとっての最終目的は王位ではない。
欲しいのはただ一人の人間 ―― それをジョーノも知っているはず。
しかし、
「いいんじゃねぇの。惚れた ―― ま、男だけど ―― ヤツのために命を懸けるなんて、それはそれで立派な理由だぜ」
そう言ってくれたジョーノの言葉は本当に嬉しかった。
尤も ―― そう言った張本人の方は、後日その言葉を後悔する羽目になるのだが ―― 。



そして、王都に向かって出兵したヘンリーの元へ、国王軍が薔薇十字団を出撃させたという一報が入るのはまもなくのことであった。






Declaration 03 / Declaration 05


初出:2003.12.03.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light