Stratagem 01


既に季節は晩春から初夏へと移りつつあった。
ボズワースの荒野には背の低い草花が咲き乱れ、綿毛が風に飛ばされる様は、まるで粉雪が北風に舞うような趣さえあった。
春の訪れとともに開始された戦況は、ここに来て膠着状態に陥っている。
数の上からいえば国王軍の方が遥かに軍勢は多いのだが、残念ながら士気は皆無に近い。
特に兵士の数だけは多い重鎮ともいえる大貴族クラスは国王の猜疑を恐れて軍を出しているという状態であり、あえて自ら戦おうという気力に欠けている。
逆に、若い貴族の子弟などは与えられた戦力を弄ぶようなこともあったが、戦略も何もない彼らのすることなど、高が知れているというものである。
そして、国王軍の主力はクリスの率いる「薔薇十字団」であるが、少数精鋭を基盤とするため、流石に全ての戦況を把握することはできなかった。
一方でランカスター側は数では少ないものの、どの部隊も実戦に即した編成となっている。
そのため、この地に進攻するまでの間はそれこそ破竹の勢いといっても過言ではなかったのだが、何故かここに来て行軍が停まった状態となっていた。



「ユギ!」
身分の上下などには全く無頓着であるジョーノは、ランカスター軍総司令部に戻ると、唯一の上官を大声で捜し求めた。
「ああ、ジョーノ君。西の戦況はどうだった?」
いざ見つけてみれば ―― 今にもどこかに遊びに行くような軽装で、無論、甲冑などその辺に放り投げているし剣も帯びてはいない。
本来は作戦会議に使用されるはずのテーブルにはカードが並べられ、どう見てもデッキの構築中といった感じである。
実際に、
「…何やってんだ?」
と聞けば、
「新しいデッキの構築だぜ。できたらデュエルするかい?」
と暢気なものである。
「ったく、遊んでる場合じゃないだろ! ここは戦場だぞ!」
「判ってるさ。でも、今は戦況を変える気はない」
「いつまで睨み合いをやってるつもりだ? こっちから撃ってでてやろうぜ!」
「それはダメだな。第一、ジョーノ君の傷もまだ治りかけだろ?」
「こんなの怪我のうちに入らねぇよ!」
初戦では、調子に乗った貴族の子弟の軍を壊滅寸前まで追い込んだジョーノである。
但し、最終的にはただ一人の男に阻まれた挙句に怪我まで負わされた。それは傭兵として名を馳せてきたジョーノにとって、最大の屈辱ともいえる。
ジョーノに敗北の苦汁を飲ませた張本人 ―― 。
国王軍主力部隊『薔薇十字団』総帥、クリスチャン・セト・ローゼンクロイツ。
光属性最高の攻撃力を誇る『青眼の白龍』をしもべ持つ、美貌の騎士である。
「あのヤロウ…次に逢ったら、必ずギャフンといわせてやるっ!」
殆ど治ったとはいえ、無茶をすればズキンと肩の傷が疼き、それが引き金となって忌々しい過去が思い出される。
凍るような視線で人を人とも思わぬように見下す態度とか、唇の端を軽く上げてニヤリと嘲笑う仕草とか ――
そのたびに拳を握り締めて怒りも新に誓うジョーノであるが、
「ん〜、それはちょっと困るんだけどな」
カードを手許に戻しながらさりげなくヘンリーが牽制を入れるのは ―― その敵将が、実は恋焦がれる想い人に他ならないから。
そもそもこの戦争こそ、蒼穹の佳人を手に入れるために起こしたといっても過言ではない。
かの青い瞳の想い人が、最愛の『青眼の白龍』のカードを手に入れるために『薔薇十字団』の総帥となっていたから ―― 。
その『薔薇十字団』はイングランド国王の直属の騎士団であって、全ての支配権を持つのがイングランド国王の称号を持つものだけだから。
だから ―― そのために玉座を手中に収める。
ある意味、これ以上はないほどの私利私欲である。
とはいえ、流石にそれを大っぴらには言うわけにはいかず ―― 但し、軍の主要幹部には既に周知でもあるのだが ―― 表向きは、
「今は敵味方に別れているとはいえ、どちらもイングランドの戦力には間違いはない。なるべく国力の低下を避け、最小の犠牲で最大の効果を得る」
最小の犠牲は、すなわち現国王、リチャード3世の命。
勿論最大の効果は ―― 言うまでもない。
そしてそのためには ―― 権謀術数を駆使することをいとわないヘンリーである。



「国王を戦場に引っ張り出すだと?」
戦略の一端を打ち明けられたジョーノは、流石にその策の奇抜さには息を呑まざるを得なかった。
「ああ、そして、出てきたところを一気に叩く。狙うのはリチャード3世の首だけでいい」
「そりゃ確かに、正論って言えば正論だが…」
既にその策については聞かされていたのか、同席している守役サイモンやバクラには何の驚きの色もなく、だが、
「…というより、それしかこちらに勝機はないんだ」
というヘンリーの半ば投げやりな口調に気を取られていた。
「まず、王都を攻めるには我が軍では軍勢が少なすぎる。ロンドンは街そのものが要塞だし、王宮の奥に潜られては厄介極まりないからな」
その他にも、王都には人質として貴族の妻子が集められているという話である。
これを攻めるということは、いらぬ敵を増やすということと同義になるというもの。
その点、戦場にさえ引きずり出せば、どんなに警備を厚くしようと、その行動は王宮にこもられるよりははるかに把握しやすい。
ましてや既に人心を失っている国王である。戦場で倒せば最早勝敗は決まったも同然であろう。
「だが、もっと簡単な方法もあるぜ」
ニヤリとバクラが邪気に満ちた笑みを浮かべた。
「国王の暗殺だ。ま、オレ様に任せてくれりゃあ…」
「 ―― 却下。それは許さん」
裏で策動することを得意とするバクラがそれを言い出すことは、既にヘンリーの計算にも入っている。
だから、
「それではリチャードと同じ轍を踏むことになる。倒すのはヤツだけで構わないが、白昼堂々と晒すことに意義があるんだ。勿論、おびき出すことについてはできうる限りの策略は駆使する。だが、決戦だけは実力で行くぜ」
と言い切る様は、既に勝利を確信しているといった風情でもある。
この自信はどこから来るのかと問われれば、答えは唯一つ。
(そりゃあ…な。セトのためなら、無様な真似なんかできないってもんだぜ!)






Stratagem 02


初出:2003.12.17.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light