Stratagem 02


ランカスター軍が指揮官であるヘンリーの元で統一されているのに比べ、国王軍はあくまでも大隊や中隊の集合で、特に戦場における統一性など皆無に等しかった。
元々、それぞれが政敵のようなものである。
権謀術数の渦巻く王宮での政争は得意でも、実際に血を流して戦うなどということは彼らの好むところではない。
そのため戦意は当初からゼロに等しかったが、だからといって兵を引くこともできない。
それは、この戦いにおいての功績が、今後の政治における発言権の大小にも関わってくるからである。
そして ―― 今現在、その最有力候補となっているのは、国王軍最強と名高い『薔薇十字団』総帥クリスチャン・セト・ローゼンクロイツである。



「所詮、奴等など烏合の衆よ。我ら国王軍の敵ではないわ」
戦略会議などと称して集まった貴族の重鎮たちは、いつしか憂さ晴らしに口にしたアルコールに身も心も酔わせて、大言を吐くまでになっていた。
勿論、彼らがこうしている間も、はるか前方の戦場では、名もなき兵士たちが血と汗と泥にまみれて戦っていることだろう。
しかし、
「戦など、下賎のものにやらせておけば良いのだ。そう、あのローゼンクロイツ辺りにな」
「そうですな。いや、全く…」
目の前に出されているのは山海の珍味に高級な酒の数々。
それらが惜しげもなく彼らの腹に収められ、または無駄に捨てられていく様を、ただ一人冷たい視線で見ている男がいた。
白い髪に紫の瞳 ―― いつの間にか国王軍にもぐりこんでいたヘンリーのスパイ、バクラである。
「お言葉ですが…これ以上、ローゼンクロイツ卿の功績があがるのはいかがなものかと思いますが?」
口調はあくまでも恭しく、しかし、策略に満ちたその目の鋭さに気付くようなものはここにはいない。
「ローゼンクロイツ卿に対する陛下のご執心は並大抵のことではないと聞き及んでおります。ここでこれ以上の功績を挙げられましては、いずれ王宮における卿の発言権が増大するのは確実かと」
「ふむ…それは判っておるが、あの者が戦に長けておるのも事実だ。だが、宰相閣下と折があわぬらしいという話も聞くな」
宰相は現国王、リチャード3世の舅にあたる。
すでに王宮では、クリスと王妃が国王の寵愛を巡って対立する立場という構図が出来上がっていた。
無論、そのような気はクリスにはないのだが、下世話な話というものは例え身分が高いとされている貴族連中にしても酒のツマミになるものである。
ましてや、クリスのあの美貌を前にしては ―― その気のない者でも淫心を抱くというものである。
そして実質お飾りの王妃より、何度も召しだされているクリスの方が国王の寵愛を受けていると見られるのは仕方のないこと。
だがその一方では、何の後ろ盾も持っていないというのも事実である。
だから宰相の敵意が露になっているこの時勢では、クリスに対する貴族の印象はあまり良くはなかった。
表立ってクリスを害して国王の反感を受けるわけには行かないが、かといってクリス側について宰相を敵に回すわけにも行かないといったところである。
「そういえば、チューダーの小倅もローゼンクロイツに執心していると話がありましたな?」
そんな状況が手に取るようにわかっているからこそ、バクラは貴族連中を手玉に取る算段をつけた。
「まさかとは思いますが…ローゼンクロイツ卿とチューダー、つながりはありますまいな?」
「まさか…?」
ザワッと、アルコールに帯びた吐息に不安のかげりが滲み、バクラの冷たい微笑だけがその場を支配していた。






Stratagem 01 /  Stratagem 03


初出:2003.12.17.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light