Stratagem 03


「陛下が親征するだと?」
その報告を受けたのは、既に国王リチャード3世が王都ロンドンを出た翌日のことだった。
「はい。なお、ローゼンクロイツ卿には早速の迎えに参られるようにとのご命令です」
そう伏し目がちに告げる使者に、クリスは氷のような視線を投げつけて唇を噛んだ。
「…私に、前線から離れろと?」
アイスブルーの瞳が更に冷たく輝き、心なしかその声も氷の刃のごとく冷たく研ぎ澄まされている。
しかし、
「陛下のご命令です」
そう言われれば ―― クリスに否といえる立場はない。
ここは戦場で、しかも前線の司令部である。
風に乗って聞えてくるのは、興奮した馬の嘶きや行き交う兵士の叫びに近い声。
届く香りには血臭さえ混じることもある。
それらを、一人でも多く帰還させるために指揮する立場である自分を召し出すとは、何を考えていると怒鳴ってやりたいところであるのが本心。
だが、クリスが苦渋の上に発したのは、
「…承知した。陛下にはよしなに取り計らってくれ」
そう応えた声には何の感情も、抑揚さえなくなっている。
しかし、そんなことには気が付かない使者は形式だけの挨拶を告げると、さっさと帰路へと戻っていった。
残ったのは、氷のように冷たく研ぎ澄まされた表情のクリスと、そのクリスを補佐すべく詰めていたイシュタル。
「よろしいのですか、クリス?」
返される言葉はどんなものかそれが判らぬイシュタルではないが、一応、尋ねなければいけないような気がした。
そして、
「 ―― 差し出た口をはさむな、イシュタル。俺が決めたことだ」
そう言い放つと、クリスは何事もなかったかのように戦場の地図に目を移した。
「俺の留守をヤツ ―― チューダー軍に気取られぬようにしろ。大規模な攻勢は必要ないが、防戦一方では怪しまれる。その辺りの采配は貴様に任せる」
「…承知しました。他には?」
「ない」
ただ一言そう告げると、クリスは軍服の襟元を正して部屋を後にした。
「…セト…」
決して本人がいる前では呼ばない名前 ―― そして、イシュタルの瞳は哀れむような憂いに満ちている。
初めてクリスと会ったのは、まだ正式に英国に渡る前のエルサレムの神学校だった。
当時10歳に成るかならぬかというクリスは、既に神学校の教官ごときでは太刀打ちできないほどの知識と才覚を持っていた。
無論、そんな状況であったから、今更授業になど出る必要もなく、一日の殆どを並立する図書館で過ごしており、イシュタルが逢ったのもそこでであった。
『青眼の白龍というカードを知っているか?』
それまで、どこか冷めたような表情を崩すことがなかったクリスが、唯一子供っぽいキラキラと輝く瞳で尋ねた。
『幻のカードといわれているが、絶対に存在する。もし話を聞いたら教えてくれ。どんなことをしても手に入れなければならないんだ』
そう言われたから ―― 英国でその存在を知った瞬間、自らの精霊を差し向けてクリスに知らせた。
それが ―― こんなことになるとは思わなかったが。
(もういいではありませんか、セト。少なくとも1枚は貴方の手に在るのだから…)
伝説のカードはこの世に3枚存在する。
1枚はクリスの手にあるブルーアイズ・イブリーズ。
だが、残りの2枚については風の噂ですら聞き及んだことはない。
それでも ―― その存在を確信するクリスは、例えどんな屈辱に遇おうとも欧州の情報を一括して握る英国王室から離れることはできなかったのである。






Stratagem 02 /  Stratagem 04


初出:2003.12.24.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light