Stratagem 04


借り拵えとはいえ豪勢なテントに設置された天蓋つきのベッドの上で、クリスは白い身体を余すことなく晒しだしていた。
「ご存分にご確認ください、陛下」
甘い吐息を漏らしながら告げる口調は、まるで娼婦のように隠微でありつつ、実は心など何処にもないことはリチャード3世にも気付かれている。
しかし、
「よい覚悟よな、クリス。では久々に堪能させてもらうか?」
そうわざと、殊更焦らすように白い身体に覆い被さると、リチャード3世は乱暴に愛撫の手を加えていった。
クリスを戦場に手放して早3ヶ月。
その間報告された戦況は、決して芳しいものばかりとはいえなかったが、統一の取れぬ軍を率いているにしては善戦していると思われていた。
ましてや、政略的には後ろ盾を持たぬクリスである。
戦果の半数以上は、王都に届く前に他の貴族のものと報告されていることもリチャード3世には判っていた。
それをあえて訂正しようともせず、そのくせ危険な戦場からも離れようとしないのは ―― クリス自身が戦いを好むから。
何かを得るためには、戦って勝つことが必要と。
自らの力で勝ち取るものだけに、その価値を見出す性であるから ―― 。
だから、一時は飼いならした獣を、野に放つことを良しとしたはずだった。
しかし、
『ヘンリー・チューダーの狙いは玉座にあらず。ローゼンクロイツを手に入れることのみ』
そんな報告が王都にもたらされた時、宰相以下多くの重鎮は一笑して相手にしなかった。
玉座より重い価値がクリスにあるなど、誰が信じるものか。
誰もが ―― その報告を述べた使者ですらそう思いながらの発言であったのだから。
だが、
(案外、本気かも知れんな。チューダーの小倅も)
既に神のカードを支配下におくというヘンリーが、他の戦いでは容赦なく神を使役するというのに、クリス相手では戦おうとすらしないという。
最初は、クリスの持つ『青眼の白龍』を恐れてのことかとも思っていたが、国王軍最強と名高い『薔薇十字団』とはいえ、指揮官を失ってはその機能とて低下は免れないはず。
例え殲滅は無理でも一矢報いることは可能なはずと考えれば、攻撃の手を向けない理由は説明がつかない。
だから、わざわざ戦場の前線からクリスを呼び寄せた ―― わざとその留守をチューダーに知らせてまで。
勿論、リチャード3世がその留守を敵軍に知らせているということは、クリスは知らない。
クリスに告げたのはただ一つである。
『チューダーの小倅がそなたに懸想しているという話は王都まで届いておる。そなたも、憎からず思っているのではないか?』
そう問われれば、否としか応えようがないことは判っている。
更に誇り高いクリスのこと。例えどんな屈辱でも甘んじて受けようとするだろうと。
事実クリスは身の潔白を存分に確かめろと、その身を惜しげもなく差し出していた。
「はぅっ…く…」
何の施しも与えずに欲望を押し込めると、クリスの身体が跳ねるように反り返りぎゅっとシーツを握り締める。
「ふむ…相変わらず狭いな。確かにこれは、暫らく男を咥え込んでは居らぬ証か」
「くっ…」
必死に力を抜こうと息をつくが、嗜虐に満ちたリチャード3世がそれを許すはずもない。
乱暴に己を押し進め、かと思えば抜け落ちる寸前まで引き抜いて更に突き立てるという行為を繰り返し、存分に白い身体に陵辱の痕を刻み込んでいった。



リチャード3世がクリスの身体から手を離したのは、既に地平の彼方に朝日の白い線が見え始めた頃であった。
「相変わらず、そなたは気丈よな」
ベッドに横たわるリチャード3世から離れ、穢れた身体のまま軍服に身を包む。
本当は指一本動かしたくないほどに身体は重かったが、このままここに留まるよりは遥かに気が楽である。
「ご確認、いただけましたか?」
流石に顔色の悪さは隠しようがない。
散々喘がされた挙句にその愛撫は、下町の娼婦よりも手酷い仕打ちといっても過言ではなかったから。
事実、リチャード3世が横たわるベッドには、クリスの流した鮮血が点々と花びらのように散っているし、クリスの両腕には無残とも言える紫色の痣がくっきりと浮かんでいた。
「そうだな。此度は単なる噂と信じよう。だが…」
ゆっくりとベッドから身を起こし、クリスの腕を引き寄せて唇を貪る。
そして苦痛に眉をしかめるクリスの耳元に囁いた。
「次にこの話を聞くようなことがあれば、そなたをロンドン塔に閉じ込め、儂だけの妃にしてやろう」
その暗くよどんだ瞳に、流石のクリスも身震いが隠せない。
「…御戯れを…」
「戯れと思うか?」
ククッと低く笑うその声に、クリスの怯えは隠せない。
どんなに自らを叱咤しても、この夜の仕打ちが未だ痕を残すこの体では、その恐怖は計り知れないものである。
そんなクリスの怯えを楽しむようにあえてあっさりと手を離すと、
「そなた武勲を祈っておるぞ。我のために命を賭けよ」
「 ―― 御意」
クリスの白い顔が更に表情を消して冷たく応える。
それを心地よいと思うリチャード3世は、既に自らの狂気を止める気を失っていた。






Stratagem 03 /  Stratagem 05


初出:2003.12.24.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light