Stratagem 05


国王軍の一画に潜入していたバクラが、ヘンリーのいる本陣へ帰参したのは、クリスが国王の命で呼びつけられたその夜だった。
「ヤバイかもしれねぇ、若サマよぉ」
珍しくそんな弱気を吐くバクラに、ヘンリーの顔色が変る。
「何だ? バレたのか?」
「いや…それは大丈夫なんだが…ちょっとな」
国王を戦場に引っ張り出し、その首を取って戦を終結させる。
それはチューダー軍にとって最も犠牲の少ない作戦である一方、幾つかの策略を必要とさせた。
まず、肝心の国王を戦場におびき出すというもの。
リチャード3世の猜疑心の深さは既に周知の限りである。
だからこそ大部隊とも言える軍勢を出しておきながら、自らは王宮の奥深くから出てこようとはしない。
それを引っ張り出すにはそれなりのエサが必要で、バクラはそれをクリスに求めた。
いわく、ヘンリーがクリスを狙っていると。
これは本人であるユギが公言しているし、実際に貴族連中の中には戯言というレベルで知れ渡っている。
何せ戦場だろうと何処だろうと、クリスの姿を見つければ口説きにかかるヘンリーである。今更隠しようはない。
これでリチャード3世がヘンリー並みの独占欲をもっていれば、事の真相を確かめようと王宮から出てくるかもしれないし、もしくはクリスを王宮に返すということも可能である。
そうすれば、流石にクリス相手には本気で戦えないヘンリーも、他の雑魚貴族であれば容赦なく潰せるというものである。
ところが、
「ああ、国王はこっちの思惑どおり王宮から出てきたぜ。既に俺サマの部隊に王都への退路は断つように指示してある」
「それはご苦労。だが、何があった?」
「それがよ、あの国王、ローゼンクロイツが前線から離れたことをわざと公表させてるんだ」
「…何?」
しかもその理由が国王の迎えとなれば ―― 既に国王とクリスの関係が公然の秘密である以上、夜伽を命じてのことと察するのは誰でも容易いことである。
更には、
「それにな、ちょっとロンドンで嫌な噂を聞いた」
クリスを前線に送って3ヶ月。
この時期を黙ってみている貴族はおらず、特に王妃の父である宰相は、これを機に新たな妾姫を画策し何人かの美姫を国王の寝室に送ったらしい。
その結果は ――
「今までに送り込まれた女は ―― あ、男もいたらしいが ―― 全員翌日には行方知れずだ」
「何だと…?」
「ついでに、その翌日に王サマの寝室を掃除に行った召使も行方知れず…ってどういうことだと思う?」
既に合計すれば20に近い人間が忽然と姿を消している。
それが ―― 尋常でないことは一目瞭然である。
「元々猜疑心の強い王サマだ。マジにやべぇかもしれねぇ」
血臭や陰謀を好むと公言するバクラでも、流石にその想像は顔色を変えかねない。
更に言えば、リチャード3世の首一つでこの戦争は終わるということは、裏を返せばヘンリーの首一つでも同じコトで ――
「おい、若サマ?」
呼び止めるバクラに答えもせず、投げ出されていたマントを羽織り、ヘンリーは天幕を出るとカードを高らかに掲げた。
「出でよ、オシリスの天空竜!」
―― ゴォオオオ
大地が震え、満天の星空に暗雲が立ち込める。
やがて、その雲の中から姿を現したのは、
「な、オシリス? おい、ユギ、どうするつもりだ!」
バクラに続き、別の天幕で休んでいたジョーノも慌てて外に飛び出した。
「セトを迎えに行く。邪魔をするな!」
それだけ叫ぶと。ヘンリーはオシリスとともに天空へと姿を消していった。






Stratagem 04 /  Stratagem 06


初出:2003.12.27.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light