Stratagem 06


何とかリチャード3世の天幕から退出したクリスは、自分の馬の元まで来ると、力尽きたように地に倒れこんだ。
(く…身体が…)
もはや指一本動かすことも無理である。
身体の奥が燃えるような熱さと、凍えるような寒気に襲われ初め、ぎしぎしと軋む音さえ聞えてくるようである。
実際、よく気が狂わなかったものだともう。
元々、嗜虐趣味のリチャード3世は、この3ヶ月のブランクなど全く考えずに、むしろブランクを埋めるかのようにクリスを陵辱し尽くした。
おそらく、貴族の柔な娘であれば一晩で廃人か死んでいてもおかしくはないだろう。
(次は…本当に殺されるかも知れんな)
戦場ではなく、陵辱の上に殺されるというのが可笑しくもあったが ―― それもありえない死でないことは最初から知っていた。
一度だけ ―― 見たことがある女の死。
リチャード3世の寝台の上で、虚空に目を見開き、下肢を限界にまで開かされ、口や鼻から血を流して死んでいた女の姿。
あの死に顔が、いずれは自分の姿と覚悟は決めていたはずだった。
それでも ―― どうしても、自分と同じ蒼い瞳の聖獣に遇いたかったから。
「グゥルルル…」
気付くと、いつの間に実体化していたのか、『青眼の白龍』イブリースが心配気にクリスの身体を見下ろしていた。
そして、その背にクリスを乗せようとするが、
「よせ、イブリース。今の俺では…お前が穢れる」
光属性最強の聖獣。
その高貴な獣を、己の穢れた身体に触れさせてはならないとクリスが拒絶する。
しかし、
「グゥ…ルル…」
イブリースはかすかに首を振ると、クリスの拒絶も構わず、その身体を自らの背に乗せ静かに地を蹴った。
「…主の命を聞けぬか…フッ、そうだな。今の俺はお前の主に相応しくない」
「グゥ…グゥルル…」
「好きにするがいい。お前の命なら従うことに異存はない」
そう呟くと、クリスは深い眠りについていった。



ボズワースの南部に広がる湖沼地の一画に羽を休めたイブリースは、そっとその背からクリスを降ろした。
ぐったりと意識のないクリスの身体は熱を帯び、白い肌は血の気を失って青白くさえある。
「グゥ…グルル…」
傷ならば塞ぐことはできる。
だが、熱を帯びた身体を癒すことはイブリースには不可能である。
だから、せめて穢れた身体を清めるくらいと、爪や舌を器用に使って服を脱がせると、静かに湖に身を漬けた。
「うっ…ん…」
傷が沁みるのか、一瞬だけ身じろぎながらもクリスが意識を戻すことはない。
イブリースは自らも湖に身を浸すと、己の持ちうるエネルギーをクリスへと送り込んだ。
他の人間相手では絶対に不可能な行為。
それは主従を超えた青眼との繋がりを持つクリスだから可能であった。
例え、クリス自身が時の彼方に全てを忘れているとしても。
自分たちとクリスは半身の契約を結んだのだから。
遥か時の彼方 ―― 暑い砂漠の国で。
―― 唯一の我が主。どうか、思い出して…
イブリースはそう願いながら、そっとクリスの隣に身を横たえた。






Stratagem 05 /  Stratagem 07


初出:2003.12.27.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light