Stratagem 07


オシリスの背に乗ったヘンリーの脳裏に、一瞬閃光が走った。
「な…んだ、今のは…?」
眩暈にも似た刹那の瞬間。だが、確かにそこにはクリスがいたと確信した。
「オシリス、南に行け。セトはこっちにいる」
ロンドンの方角とはやや異なる。だが、己の勘に間違いはないと信じた。



「セト!」
大地に足をつける前にオシリスの背から飛び下りると、ヘンリーはクリスの側へと駆け寄った。
しかし、
「キシャア ―― !」
すぐさまイブリーズが攻撃態勢となり、威嚇に満ちた雄叫びを挙げる。
「ブルーアイズ…そうか、お前がセトを助けたのか…」
結果的には自分が仕組んだことでクリスを傷つけてしまったのは事実。
そのことはヘンリーの胸を深く抉っている。
だが、
「頼む、ブルーアイズ。セトを助けたいんだ。俺に預けてくれ」
「グゥルルル…」
いつものふざけた調子は全くない。
真摯に真正面からを見つめる紅い瞳は、イブリーズにかつての姿を思い出させていた。
『判ってる、イブリーズ。セトは俺が守るから…』
唯一の主が、かつて心を開いたただ一人の人間。
赤い瞳の ―― 暑い砂漠の国の王だと言った…
「うっ…ん…」
「セト!」
波立つ水流に傷が沁みたのか、クリスの丹精な眉が歪んだ。
それに気付いたヘンリーはイブリーズの威嚇もものともせずに駆け寄ると、すぐにその身体を抱き上げた。
白い身体に無数に走る陵辱のあと。
流石に穢れは落とされても、身体に刻まれた痣や傷は隠しようがない。
「セト…すまない。俺の…ミスだ」
細い身体を抱きしめると、思いのほか軽くて驚く。
戦場で見るクリスはいつも豪胆で気高く、威風堂々としていたから。
(こんなに細かったんだな、セト…)
気が強くて高飛車で、人を人とも思わなく己の信じる道だけをまっすぐ突き進む。
他人に弱みを見せるのが嫌いで、頼るのが嫌いで ―― こんな姿を晒したと知れば、きっと舌を噛んでで死んだ方がましだと叫ぶだろう。
だから ―― こんな目にあわせたヤツを許すことはできない。
「セトを…傷つけたのはリチャードだな?」
クリスの衣服を整えてそっと身を横たえると、ヘンリーはイブリーズに問い掛けた。
その紅い瞳は、闇にも似た輝きに覆われている。
「グゥ…ルル…」
「判った。リチャードは俺が必ず殺してやる。お前はセトを守れ」
「グルル、ルル…」
「フン、いわれるまでもない、か。そうだな」
ニヤリと笑みを浮かべると、地平の彼方にヘンリーを追ってきたジョーノ達の姿に気付いた。
「もう少しだけセトはお前に預けるゼ。任せたぞ!」
そう告げると、ヘンリーはオシリスの背に飛び乗り、ジョーノ達と合流した。



「一気に国王軍を叩く! 狙うはリチャード3世の首だ。他の雑魚には構うな!」



そうして ―― ボズワース最後の決戦の火蓋は切って落とされた。






to be continued.





Stratagem 06


初出:2003.12.27.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light