Decisiveness 04


ヘンリーの率いるチューダー軍はこのとき三千の軍勢。
対する国王軍は、国王直轄の軍が『薔薇十字団』のペガサス軍も含めて約五千。
それに右翼と北に陣を張っているスタンリー兄弟の軍がそれぞれ一千で、数の上ではヘンリーは倍以上の敵と戦うということになるはずだった。
しかし、
「王都ロンドンに人質として捕らえられていた貴族の子弟は全て我がチューダー軍の手によって解放された。無益な戦いを望まぬものは兵を引け!」
突如高らかに宣言されたその言葉に、一番の驚愕を得たのはほかならぬリチャード3世だった。
「黙れ! そのような戯言。誰が信じるか!」
「見苦しいぞ、リチャード3世。臣下の妻子を人質に擁しておらねば戦場に出ることもできぬ猜疑心の塊が。貴様のようなやつに、玉座を得る資格などない!」
「言ったな、小僧!」
飾り立てた白馬に跨り、ヘンリーめがけて突進するリチャード3世。
それを、ヘンリーは正面から受けて立ち、馬上にて白刃が煌いた。
「指揮官が自ら戦に出るなど愚の骨頂。だが、貴様だけはオレが殺す!」
「貴様のような若造に、儂が倒されるか!」
未だ30代前半のリチャード3世は、美丈夫と名高かった亡き父エドワード4世の血を濃く継いでおり、その剣術も優れていた。
だが、ここ数年の王宮での安穏とした生活に慣れ、自ら剣を取って戦うなどということは久しくなかったというのは紛れも無い事実。
その剣豪とさえ謳われた才能も、磨かねば錆び付くのは必然である。
一方のヘンリーは年の上では遥かに若く流石に荒削りな所があるとはいえ、常日頃からの実戦は比べようにない。
(まさか…チューダーの小倅がここまでやるとは…)
既に防戦一方で息さえも上がっているリチャードである。
しかも、自軍の兵が次々と投降している姿に加え、チューダー軍に並び立つスタンリー軍の旗を見たとき、己の敗北を予想した。
その一瞬の隙を、ヘンリーが見逃すはずもない。
―― ガシッ!
鈍いくぐもるような音が耳元で響き、それとともに腹部に灼熱感とドロリとした血の感触が流れ出す。
「まさか…スタンリー軍を寝返らせるとはな」
「トマス伯父上は我が母上の幼馴じみ。まさか知らなかったわけではあるまい?」
リチャードの腹部を抉った剣を引き抜き、ヘンリーは馬上で崩れ落ちる国王の姿を見下ろした。
ドッと倒れるその眼からは、ゆっくりと光が消えていこうとしている。
しかし最後の一瞬にククっと唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべると、
「そうか、フン。よくもたばかってくれたものよ。だが、貴様にクリスは渡さぬ」
自らの命を糧に懐から取り出した1枚のカードから魔獣を呼び出した。
「出でよ、『ファイブ・ゴッド・ドラゴン』! 我が命に従い、クリスチャン・セト・ローゼンクロイツを葬り去れ!」
「何 ―― !?」
―― ゴォォォーッ!
遥か上空に暗雲が立ち込め、中から禍々しい5つ首の竜が姿を現す。
その5組の視線の先には ―― 白き聖獣を従えたクリスの姿が映っていた。



「貴様ごとき凡骨相手に、この強化カードを使うとは以外ではあったな」
悠然と佇むクリスの甲冑には、ジョーノが繰り出した『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』のメテオ・フレアによる傷の一つも付いてはいない。
「くそぅ…マジかよ…」
逆に返り討ちにされたジョーノは傷だらけの姿で地に膝を着き、しかしその眼に闘志は消えていなかった。
例え敗れたと言っても、未だ失わない闘気を持つ瞳を向けられることは、天性のデュエリストであるクリスにとって心地よい他ならない。
無論、情けを掛ける気もないが。
「ククッ…命乞いでもするか? 哀れに這い蹲るなら、考えてやらんこともないぞ?」
「誰がっ!」
逆に煽るようなことを言ってみせれば、更に苛烈な視線が向けられることを知っているから。
しかしその時、
「セト! そこから逃げろっ!」
突然聞こえてきたヘンリーの声に、咄嗟にクリスが振り向いた。
そしてそこに ―― 『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』より遥かに禍々しい5つ首の暗黒竜の姿を見つける。
「あれは…まさか、『ファイブ・ゴッド・ドラゴン』?」
本来なら地、水、炎、風、闇の属性を持つ5つのモンスターを生贄に捧げる『邪龍復活の儀式』によって召還される特殊モンスター。
よってその攻撃力は『青眼の白龍』どころかヘンリーの持つ『オシリスの天空竜』でさえ凌ぐ邪神竜。
(確かあのカードは、陛下が持っていたはず…まさか !?)
「リチャード3世崩御! 国王軍は即時軍装を解け!」
戦場に響き渡る伝令の声に、クリスは全てが終わったことを確信した。
今更、嘘の伝令をヘンリーが流させるとは思わない。
リチャード3世が崩御したのは事実だろう。
そして、あの国王ならば ―― 決して一人で逝く事はないだろう、と。
事実、『ファイブ・ゴッド・ドラゴン』の5つの首が見据えているのはヘンリーでもジョーノでも ―― 勿論、『青眼の白龍』でもない。
5つの口からエネルギーが奔流となって放たれる。
その向かう先は ――
(フッ…魔獣に殺されるなら本望か?)
そう自嘲気味に自分に向けて冷笑を浮かべたその時、
―― キシャアーッ!!
白く輝く聖獣がクリスを包み、全ての攻撃をその身に引き受けていた。






to be continued.





Decisiveness 03


初出:2004.01.14.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light