Decisiveness 03


既に東の陣を発っていたリチャード3世の脳裏には、確実な勝利への計算ができていた。
北へ進軍したチューダー軍の主力を、自軍と右翼のスタンリー卿トマスの軍、更に北に配置させているサー・ウィリアム・スタンリー軍で挟撃する。
北と東から圧倒的な物量で襲い掛かれば、数でも劣っているチューダー軍は南へと転進を余儀なくされるが、そこにはクリスの率いる『薔薇十字団』が待ち構えている。
(最後の情けだ。せいぜいクリスの手にかかることをありがたく思うことだな)
北へ進軍を開始したチューダー軍の先頭には、総指揮官であるヘンリーが立っていると報告には聞いている。
そのヘンリーが玉座より欲しているのが『薔薇十字団』の総帥、クリスチャン・セト・ローゼンクロイツ。
多くの国王側の貴族たちが戯言と聞き流している噂を、リチャード3世だけは本気で信じていた。
あの ―― 蒼穹を手にしているからこそ。
そして、クリス自身も、恐らくは ―― 。
「まぁよい。チューダーの小倅の命は、クリスにくれてやろうではないか。儂からのせめてもの手向けだ」
無論、クリスが裏切るということも脳裏にないわけではない。
だから ―― その時のための布石は既に打ってある。
ククッと含み笑いを残しながら、リチャード3世はこれより繰り広げられるだろう血の饗宴を舌なめずりするように待ち構えていた。



一方のチューダー軍の方は ――
「よ、お待たセ」
進軍を開始したヘンリーのすぐ横に、黒馬に乗ったバクラが姿を現した。
「バクラか、首尾は?」
「万事抜かりなしだゼ。ついでに他の人質達も解放させたが、良かったのか?」
「ああ、じゃあ心置きなくやれるな」
ニヤリと微笑んだヘンリーの視線の向こうには、確実に兵力の上回る国王軍が陣を張っている。
当然、そこに薔薇十字団の ―― クリスの姿がないことは確実で。
今こそが唯一の勝機であると言うことをヘンリーだけが確信していた。
策略どおり国王リチャード3世を戦場に引きずり出した。
そして薔薇十字団総帥であるクリスとは別行動を取らせる。
そうしなければ ―― 国王軍の重鎮であるがために、クリスは自らの命を盾にしてでも国王を守る立場に追い込まれてしまうから。
それが、自分を汚し陵辱する相手だとしても。
そしてクリスがその立場を固持する以上、ヘンリーに国王を倒す術はありえないから。
ヘンリーが欲しいのはイングランド王の玉座などではなく、ただ一人の愛しい人 ―― クリスだけだったから。
玉座などクリスを手にいれるための手段でしかなくて、クリスさえ手に入ればいつでも欲しいやつにくれてやっても構わない程度のものである。
そのために起こした戦で、そのためだけに勝利も譲れない戦である。
そんな私情100%で起こした戦だから、少しでも犠牲者は少なくと思ってはいたが、
「リチャード3世の首はオレが取る。誰も手出しはするなよ」
チューダー軍の旗印であるヘンリーがまるでその側背を晒すように陣を動かせば、必ずリチャードは動くと計算の上である。
いわばヘンリー自身が囮であるが、リチャード3世を自らの手で葬るにはまたとない好機であるのも事実。
世俗のことに関しては殆ど興味を持たなかったヘンリーである。
唯一興味を持ったのはデュエルと、そして遠い記憶の過去から捜し求めていた蒼穹の瞳 ―― クリスのことだけ。
そんなヘンリーが、己の虚無ともいえる闇を曝け出してまで殺意を抱いた唯一の相手。
現イングランド国王リチャード3世。
クリスを欲しいままにし、陵辱の限りを尽くしている憎き恋敵。
先日見せ付けられたクリスの陵辱の痕を、あれ以来何度夢に出て気が狂いそうになったことか。
直接逢ったことなど無いはずなのに、夢の中のかの王は常にクリスを腕に抱き、白い身体を貪りながらヘンリーをせせら笑っていた。
貴様にコレが奪えるか? ―― と。
(ああ、絶対に奪って見せるゼ。セトは俺だけのものだ!)
前方に翻る白薔薇を基調としたヨークの旗を、ヘンリーの紅い瞳が視界に捉えたとき ―― 最後の戦いの火蓋が切って落されていた。



『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力は『青眼の白龍』の攻撃力を上回る。
しかし、その姿を目の当たりにしても、クリスに怯む気配は全くなかった。
却ってその悠然とした姿に、出したジョーノの方が躊躇を禁じえない。
何せ目の前にいるクリスはヘンリーの想い人である。
まかり間違って怪我などさせたら ―― それはそれで後が恐いというもの。
『心配は要らないぜ、ジョーノ君。セトのことだから絶対に対処法は既にあるはずだ。舐めてかかったら、怪我するのはジョーノ君のほうだぜ』
(…って言ってたけどな。ホントに大丈夫かよ?)
ヘンリーから『デーモンの召還』を預かったときに交わされた台詞ではそう言っていたが、今こうして目の前にいるクリスに、いつもと違うところなど全く見当たらない。
寧ろ全くの無防備と言ってもいいほどで、その冷笑が向けられなければ躊躇うことなく降伏を勧告するところである。
しかし、
「わざわざ融合までさせて出した『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』であろう? 出しただけで攻撃して来ぬとは…それは飾りか? それとも貴様ごとき凡骨では操ることもできぬというわけか?」
蒼穹の瞳が完璧に見下して冷笑を突き刺す。
基本的にジョーノも無益な殺生は好まぬ性質であるが、そのクリスの言い様には流石に腹に据えかねるものがあった。
「この野郎…人が心配してやれば言いたいこと言いやがって…」
「心配だと? 馬鹿か貴様は? 敵に情けをかけられるほど落ちぶれてはおらんわっ!」
「チッ…あとで後悔すんなよ!」
降伏を勧告しても、到底聞き入れられることなどないとは思っていた。
しかし、だからと言って無闇に力を振りかざすことができないのがジョーノの弱さでもある。
だが相手が全くその気が無いのなら、思い知らせてやるという気が起きないということもなく ――
「行け、『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃! メテオ・フレアー!!」
だがその瞬間、
「魔法カード発動、『ドラゴンの秘宝』! 行け、イブリーズ! 『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』を撃破しろ!」
―― キシャアーッ!
魔法カードの効果によりパワーアップした『青眼の白龍』の攻撃力は『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』を上回り、メテオ・フレアを打ち破るとともにその悪魔竜を返り討ちにしていた。






Decisiveness 02 /  Decisiveness 04


初出:2004.01.14.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light