Decisiveness 02


「前方に『青眼の白龍』です!」
その報告に、ジョーノはニヤリと嬉しそうに微笑んだ。
「流石…ユギの読みは大当たりだな」
正面から挑まれれば、必ずクリスは出陣する。
そう読んだヘンリーの思惑通り、国王軍の先頭には『青眼の白龍』を随えたクリスの姿である。
研ぎ澄まされた白い美貌に、不敵な笑み。
そして何よりもかの聖獣を従えた姿は、まるで天界を駆けるワルキューレである。
まさに戦いと死の女神。氷の微笑に映る敵は悉く地に倒されていく。
これが自分の陣営なら恐ろしく頼もしいところであるが、敵に回せば厄介極まりない。
「ま…いいか。ユギに伝令を出せ。『お姫様はご機嫌麗しくご出陣の由』と」
ここ数日の戦いでは姿を見せなかったクリスであるが ―― その理由が先日の国王からの仕打ちによる体調不良であることは恐らくヘンリーにだけは判っていた。
それならばと、ヘンリーとしてはこの機会にクリスが王都に戻ることを ―― 敗戦の責をクリスに押し付けるわけにはいかないから ―― 望んだのだが、あの誇り高いクリスがそんな逃げるような真似を良しとするはずもない。
それならばせめて国王の元から離すようにというのが今回の策であるわけだが ―― 。
(しっかし、マジにやっていいのかよ?)
ただの『真紅眼の黒竜』では既に一度対戦し、あっさりと敗北を帰している。
何せ相手はドラゴン族最強の『青眼の白龍』。同じ上位級であっても格の差は歴然である。
尤も、今回のジョーノの役目は実はクリスをおびき出すというもの。
勿論だからと言って手を抜くつもりはないが ―― 多分、そんなことすれば返り討ちは必定である ―― かといって本気でやりあって、クリスに怪我でも負わせたらと思えば、流石にいい気はできないものである。
『大丈夫さ。クリスが戦場に出てきたと判ればこっちも作戦を決行させる。ジョーノ君には1時間もクリスの足止めをしてくれればOKだゼ』
(ったく、簡単に言ってくれて…相変わらずの策士だよな、ユギは)
少ない兵力で多数の敵と戦わなくてはならない以上、策を張り巡らせるのは当然のこと。
しかし、ヘンリーのその辺りに関する悪巧みははっきり言って常識をかけ離れている。
(それもこれもあの『お姫様』のタメだって言うんだから…恐ぇよな、マジで)
ある意味、エライのに惚れられてしまったクリスに同情する気も無きにしも非ずであるが、あちらもあちらで派手なことは極まりない。
もしかして結構お似合いなかもと思いつつ、軍の先頭に立つジョーノであった。



ジョーノ軍を射程距離に捉えたクリスの元へ、新たな伝令が飛ばされてきた。
「チューダー軍が動きました! 北から迂回して我が軍への進撃を開始した模様です」
「何?」
青眼の白龍を侍らせたまま、クリスの脳裏には戦場の地形や配置がインプットされている。
そのデータを迅速に確認しながら、
(北には我が軍の右翼が展開している。どういうつもりだ?)
兵力の分散ではあるが、北から東に展開する国王軍の本陣はやや東に位置している。
そのため、北から攻めるということは幾ら各個撃破を狙ってと言っても、国王軍全てを相手に取るようなものとなる。
そんな消耗戦をヘンリーがするとは到底思えない ―― 忌々しいが、恐らく現在の国王軍の中で、正確にヘンリーの能力を把握しているものはクリスだけであろう。
一見ふざけたような態度でありながらその知略は並大抵のものではなく、確かに兵力は少ないものの、無駄な消耗は一切していないため、戦が開始されてからというもの、その軍容が減少したという話は一切聞いていない。
寧ろ増えていると言っても過言ではなく、ウェールズの貴族の大半は国王を見限ってヘンリーの元へと走っているというのが事実である。
クリスは何らかのトラップを予想し、すぐさま情報の収集を急がせた。
数は多いとはいえ、国王軍側も実際に動かせる兵力には限りがある。
後詰めのノーサンバーランド伯には万が一を考慮して王都と戦場の間を守るという大儀がある以上、恐らくこの戦自体に戦力を割くことはないだろう。
左翼のノーフォーク公の部隊は既に戦闘に突入し、一進一退の攻防を繰り広げているため、援軍の要請は不可である。
一方で右翼にはスタンリー卿トマスの軍があり、さらにその北を弟のサー・ウィリアム・スタンリー軍が擁しているはずであった。
確かに、ボズワースの荒野は南に沼沢地を持つため、南を旋回しての移動は困難を極める。だが、それだからと言ってこの状況で北に回るということは下手をすればスタンリー軍に側背をつかれるということもありうるわけである。
そんな危ない真似を、あのヘンリーがするとは思えない。
そこで思い出したのが、スタンリー卿は元を正せばウェールズの出身。
しかも兄のトマスはヘンリーの生母ボーフォート女伯マーガレットの幼馴染といわれている。
だとしたら ―― 考えられるのは唯一つ。
「ローゼンクロイツ卿、陛下よりの伝令です」
伝令の声に、クリスは悪い予感を感じずにはいられなかった。
案の定、
「陛下の軍が北へ移動されました。スタンリー軍とともにチューダーの主力を北と東から挟撃に入るとのこと。ローゼンクロイツ卿もジョーノ軍を撃破されましたらすぐに北へ向かわれよと…」
「愚かな! スタンリー卿はもとはといえばウェールズの出身。チューダー軍と通じている可能性もある。すぐに陛下をお留めせよ!」
「し、しかし、既に…」
その伝令が陣を立った時には、既に国王軍の進撃は開始されていた。
最早その位置は、より北に移動しているのは火を見るより明らかなことで、
「では良い。俺がすぐに陛下の下へ ―― 」
とクリスが国王軍へ向かおうとしたその時、
「ジョーノ軍が動きました。先頭に立っているのは…あ、あれは『真紅眼の黒竜』ではありません!」
悲鳴にも似た兵士の声が陣を駆け巡る。
「あれは…『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』です!」
「なんだと !?」
暗雲立ち込める戦場に、突如として現れた悪魔竜。その禍々しい姿に、一介の兵士たちは恐れおののき戦意を喪失していく。
「成程、これがあの男の策と言う訳か」
ジョーノの持つ『真紅眼の黒竜』とヘンリーの持つ『デーモンの召喚』を融合させた悪魔竜。
その攻撃力は流石の『青眼の白龍』をも上回る。
しかし、
―― キシュアアー!
そんな悪魔竜の姿を見ても全く臆することなく、猛々しくうなる青眼にクリスも怯む姿など見せるはずがない。
「フッ…この程度で、この俺を倒せると思うなよ」
蒼穹の瞳が気高く輝き、一枚のカードを引いた手が高々と上げられた。






Decisiveness 01 /  Decisiveness 03


初出:2004.01.07.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light