Pledge 01


既に夜も更け中空に浮かんでいた月も西に傾き始めていた。
しかし、勝利の美酒に酔った兵士たちの喧騒は未だ続いているようで、時折思い出したようにざわめきが夜風に運ばれてくる。
そんな賑やかな宴の席からはやや離れた場所に、物々しい数の兵士に警護された天幕はひっそりと静まり返っていた。
外からの襲撃を防ぐのではなく、あくまでも中の者を押さえ込むための警備であることは誰もが知っている。
しかし、
「ご苦労、中の様子は?」
一応剣は携えているがそれ以外は全くの無防備でその天幕の前に立ったジョーノは、兵士の一人にそう尋ねると、どこか呆れたような自嘲気味の笑みを浮かべた。
「はい、静かなものです。起きてはいるようですが」
「相っ変わらず気丈なお姫様だな。ま、そうでなくちゃ面白くないか」
そんなことを言いながら、中へ入ろうとするので、
「お、お待ちを! ここには誰も入れるなと陛下の…」
「ああ、その『陛下』の命令だ。お姫様を連れて来いってさ」
そう言い放つとさっさと中へ入った。
中は調度の類は一切なく、ランプ1つさえ置かれてはいなかった。
ヘンリーはその心配は無いといったのだが、火を放って逃亡を図られてはという他の兵士たちの懸念を避けるためであり、一方で自害でもされてはということから、寝具の類も与えられてはいなかった。
だが、
「起きてるか? うちの『陛下』がお待ちだぜ?」
そうジョーノが告げると、薄闇の中でガチャリと無粋な音が響いた。
「フン…わざわざ将校クラスが出迎えとは大層なものだな。たかが一般兵士ごときでは俺が恐ろしくて押さえ切れんということか?」
そういうクリスの両腕と両足には鈍い光沢を放つ枷がはめられている。
それが軽く身体を動かすだけでガチャリと音を立てるが、戒められた本人は全く気にしてはいないようだった。
寧ろ、捕らえた立場であるはずのジョーノのほうがいたたまれなくなる。
この男が、鎖で囚われるなどあってはならないことだと思うから。
孤高で苛烈で美しくて。
最初見たときは王宮のお飾り人形だと思っていた。だがこの生き物は、決して人に飼われるものではない。
決して人には懐かない野性の肉食獣の目である ―― と。
(確かに…普通の兵士じゃ気負けするのがオチだぜ)
そういう自分も戦場では、既に二敗を帰しているのは事実である。
にも関わらず勝者としてこの男の前に立つということが何となく気が引ける気がしていたのだが、
「それだけ減らず口が叩けりゃ平気だな。ユギが待ってんだ。行こうぜ」
そう言って当然のようにクリスの足かせを外すと、手を差し伸べた。
勿論それに対する返答は、
「…無用だ。一人で歩ける」
差し伸ばされた手を無視して、クリスは毅然と立ち上がった。



後世において『薔薇戦争』と呼ばれることになるこの戦いは、この日終結を見た。
勝利をその手中に収めたのは赤薔薇の紋章を旗印とするランカスターの血族、チューダー軍。
その総帥であるヘンリー・ユギ・チューダーは、明朝、最終決戦の場となったこの地 ―― ボズワースにて戴冠の儀を行い、晴れて新国王として王都ロンドンに入ることは決定の未来である。
既にヨーク家の最後の総帥、リチャード3世は戦死した。
よって残った旧国王軍は既に武装解除され、今は虜囚の身となっているのが殆どである。
「旧国王軍に連なるものでも、俺に従うというならば命までは取らない。人質も無用だ」
そう言って、却ってリチャードによって集められていた王都の人質まで解放してしまったヘンリーに、多くの貴族は忠誠を誓うことは否とはしなかった。
当事者であるランカスターやヨーク家にとって見れば己の存在をかけた大戦であっても、対外的に見れば単なる内戦である。
これ以上の国力の低下は、欧州の諸国に火種を放つ元ともなりかねない。
それを防ぐためにも、迅速に事の収束を図る必要があるのは事実だった。



「流石だな。見事な出来栄えだ」
他の天幕とは一線を画した豪奢なつくりのその中で、ヘンリーはバクラから一通の書状を手渡されていた。
「そりゃあな。何せ『ホンモノ』だからよ」
「フッ…それもそうだ」
手に取っただけで判る高級な羊皮紙に達筆で刻まれた書状。
その末筆には見まごう事なき『イングランド王』の刻印が刻まれている。
「…で、王妃の身柄はどうする? 本人は修道院に行きてぇって言ってたぜ」
「そうか…ではそのようにしてやれ。欲しいというならリチャードの遺体も渡して構わん」
「そりゃま、随分とお優しいコトで」
茶化すように言うバクラの思惑など、ヘンリーにはどうでもいいことである。
欲しいものはただ1つ。そしてそれは既に、この手に掴めるところにいるのだから。
(アレさえ手に入ればあとはどーでもいいってか? ったく、我侭な王サマだぜ)
思ってはみても口に出さないのは、言っても無駄だということが判っているから。
そして、
「ユギ、連れてきたぜ」
天幕の向こうから聞こえてきたジョーノの声に、ヘンリーの顔色が一変するのを確認すると、バクラは早々に退散を計っていた。






Pledge 02


初出:2004.01.21.
改訂:2014.08.30.

Studio Blue Moon