Duel Proposal 01


後に薔薇戦争と呼ばれたイングランド最大の王位継承権を巡る争いは、赤薔薇の紋章を掲げるランカスター家の勝利によって幕を閉じる。
勝者となったヘンリー・ユギ・チューダーは最期の決戦となったボズワースの荒野で戴冠し、正式にヘンリー7世として即位することとなった。
更に、ヨーク家から唯一の生き残りであるクリスティナ姫を王妃に迎え、名実共に赤薔薇と白薔薇の一つにあわせた紋章チューダーローズを創案することになる。
その華燭の展が執り行われる少し前のこと、
国内が安定に向かいつつある中、チューダー家発祥の地でもあるウェールズのアングルシー島では、再び不毛な争いが起こりつつあった。



「だ、誰が姫だとっ!?」
今にもベッドから飛び起きそうな勢いでそう叫ぶと、クリスは丹精な眉をややしかめながらも蒼穹の瞳をイシュタルに向けた。
白い夜着に身を包んだクリスは、(黙っていれば)さながら深窓のお姫様である。
しかし飛び起きたと同時に肩を抑え、それでも苦痛の悲鳴すら漏らさないのは相変わらずの気強さであった。
ややはだけた胸元には白い包帯が巻かれ、それは右袖の中にまで続いている。
一方、そんなクリスに爆弾発言をかましたイシュタルの方は、相変わらずのにこやかな表情を崩すことなく、
「いけませんわ、クリス。まだ起きては。もう暫くお休みになっていたほうがよろしいですわよ」
そう言ってベッドに寝かせようとするが、クリスはそれを唯一自由になる左手で払いのけた。
「ええぃ、うるさいっ! それより、今の話はどういうことだ!」
口調だけを聞いていればどこが病人かとも思わせるが、身体をほんの少し動かすだけでも痛みが走り、それでなくても白皙の肌が血の気を失って青白くさえ見えている。
そのためイシュタルもここは早々に立ち去った方が ―― と思いつつ、ついいつもの調子で余計な事を話してしまっていた。
「まぁ、私としたことが。病に伏せている大事な姫サマにこんな難しい話をしてはいけませんわね。もう少し、お体が良くなられましたらお話ししますわ」
「だ、誰が病に伏せているだと? こんなもの、単なるかすり傷だ!」
傷のことを言われると、血の気を失った肌が一瞬にしてサッと赤く染め上げられていく。
そのため「姫」と呼ばれたことは ―― この際、思いっきり聞き逃していた。
とはいえそれ以上に、ちょっと身体を動かすだけ ―― 声を荒げるだけでも肩から背中にかけて激痛が走るのは事実。
表面の傷自体はほぼ塞がり、やがては痕も判らないくらいに消えるといわれているが、いまだ体内に燻る痛みは癒えてはいない。
勿論、その治療の全てを看てきたイシュタルには、それらのことは全てお見通しである。
だから、
「…かすり傷で、一ヶ月近くも意識不明にはなりませんわ」
そう呟くイシュタルは、キラリと鋭い視線でクリスを見ると、使役する魔道器千年タウクをクリスの目前に突きつけた。
「私は、『青眼の白龍』を託すために貴方をエルサレムよりお呼びしましたのよ。あんな荒野で野垂れ死にさせるためではありませんわ。あまり我侭ばかりおっしゃるなら、今すぐにでも陛下をお呼びして、既成事実を作ってしまってもよいのですよ」
実は既にお手つきなのでしょうけど ―― とはあえて口に出さないが、言われたクリスにしてみれば冷や汗ものどころではない。
他人の言いなりになるなど、この高すぎるプライドが許すはずもないが、余計なことを言って更に悪化させるのが得策ではないということはわかりきっている。
だからあえて口惜しくも黙っていれば、
「まぁ良かったではありませんの。ちょっと読み方を変えれば女名前になりますし。おかげで他の大貴族の方々からの反対も、今のところはないそうですわ」
「…貴様…」
絶対に遊ばれていると、確信したところで何の益にもならないことはわかっている。
しかもケガで体力を失っているこの状況では、なんの攻撃手段も取れないのは確実であった。
(ええぃ…覚えておれ、このケガさえ癒えたら…生かしておいたことを後悔させてやるわっ!)
とクリスが思うのは自由であるが、既に薔薇戦争が終わって一ヶ月。
時間を味方につけていたのは寧ろ新国王ヘンリーの方であるということには、さっぱり気が付いていないクリスであった。






Duel Proposal 02


初出:2003.12.07.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light