Duel Proposal 02


それは、戦が終結し、ヘンリーが新王として戴冠の儀を行った直後。
密かにヘンリーを狙っていたヨーク側の残党に気が付いたのは ―― 敗軍の将として列席を命じられていたクリスだけ。
無論、その手には剣も弓も ―― 甲冑すらなかった。だから、自らの身体を盾としてヘンリーを凶刃から庇った。
何故助けたかなど、クリス本人が聞きたいくらいだ。
ただ気が付いたときにはその身体を晒し、数本の弓と剣を受けていた。
そして何よりも ―― ヘンリーが無事だと気が付いて、ホッとし、良かったと ―― 心からそう思った(尤も、すぐ後に即行で否定していたが)。
勿論、口では「貴様を殺すのはこの俺だ」と罵ってやったが ―― それだけ言ってやったのは覚えているが ―― その後、どうなったかなどは預かり知らぬところ。
ただ ―― 再び目を覚ましたときには、すでにこの城に幽閉状態となっていた。
別にそれについて文句はない。
確かに敗軍の将である自分に、その身に関する決定権などないことは承知している。
無論、あの場でそのまま打ち捨てられても仕方がなかったはずだ。
それをあの男は ――
「け、結婚だと? 俺は男だぞ!」
「構いませんわ、ヘンリー陛下は貴方を御所望なのですから」
「俺が構うわっ!」
「あらあら、往生際の悪い。貴方は負けたんですもの。敗者は勝者に従う。これは鉄則ですわね?」
ニヤリと微笑む姿は ―― はっきり言って楽しんでいるとしか思えない。
何せ相手はイングランド最高の女魔道師。
イシュタルに適うものは、恐らく誰一人としていないはず。
『先の戦争が終わるちょっと前に、あなたは先王の養女として入籍しておりますのよ?』
正確にはヨーク側の敗戦が決定し、リチャード3世が処刑された直後のこと。
クリスの身の保証を図るため密かにヘンリーが企んだらしいが、その辺りの詳しいことは当然闇に葬られている。
ただ、はっきりしているのは ―― いつの間にか変えられていた己の名前。
クリスティナ・セト・ローゼンクロイツ・オブ・ヨーク
―― つまりは、戦が終わってヨークの人間が途絶えたのをいいことに、クリスを唯一生き残ったヨークの姫君ということにしてヘンリーと結婚させ、名実共となる赤薔薇と白薔薇の融合によって王権の正当性を計ろうということ。
血筋の正当性だけを求めれば、ランカスターの傍流であるヘンリーよりも、ヨーク家の方が濃いのであるから。
尤も、本来は全くヨーク家とかかわりのないクリスを担ぎ出してくるということは、それが思いっきり建前でしかないことは明白である。
『貴方が(意識不明で)眠っていらした間に、世の中は変ったのですわ。早く現実をお受け入れなさい』
自分でも馬鹿な真似をしたと思っているところにそんなことを言われても、素直に受け入れることなどできはしないクリスである。
(フン、簡単に言いおって…)
絶対に阻止してやる!と息巻いたところで、今の状態ではベッドか起き上がるのがやっとのクリスであった。。



―― トントン
「セト様、起きた?」
ノックとほぼ同時にドアが開けられ、ひとりの少年が顔を覗かせた。
「包帯を変えにきたんだけど、具合はどう?」
「モクバか? あぁ…大丈夫だ」
イシュタルとの掛け合いで、気分はサイアクであるが、流石に八つ当たりをするほどの大人気なさはない。
モクバと呼ばれた少年は、年の頃は10歳頃。
諸事情により、極力クリスの周りには人を置けないため、イシュタルがクリスの身の回りを世話させるためにいずれからかつれてきた少年である。
人間嫌いなクリスには珍しく気に入っており、今ではすっかり兄のように慕われているようである。
そして、
「クゥ…ン」
モクバに続いてパタパタと軽い羽音共に、白い影がベッドに舞い降りた。
「あ、だめだゼ、ブルーアイズ。セト様はまだ怪我が…」
「構わん。来い、イブリース。お前の方も傷は癒えたか?」
すっと腕を差し伸ばせば、かの聖獣はそっと掠めるようにその腕に止まり、頬を寄せてきた。敵を切り裂くための爪もクリスに向けられることはない。
寧ろ重みすら感じさせずに懐く姿はその本来の姿を知る者が見れば驚愕に言葉を失うことだろう。
かつては全てのものを威圧し、戦慄に震えさせていたその姿が、今は凡そ鷹や鷲と代らぬくらいのミニチュアなっていたから。
何せ、伝説の聖獣といわれる『青眼の白龍』である。対等に戦えるのは恐らくヘンリーが持つ『オシリスの天空竜』くらいなもの。
当然、戦争の終わった今では脅威にしかならぬため、小煩い外野を黙らせておくためにも封印されるのは必定である。
しかし、その聖獣はクリスの半身。
命に関わる重症を負ったクリスにとっては側に置いたほうが傷の癒えるのも早いはずと、完全な封印ではなく、ヘンリーによって「収縮」の枷を嵌められているというのが現状である。
それは ―― 丁度、イブリース自身も戦傷を受けていたため、体力温存にもその効果は害ではないということもある。(そうでもなければ、こんなことをクリスが許すはずもない)
「顔色も随分良くなったみたいだね。良かったゼ」
「そう…か? まぁいつまでも寝てなどおれんからな」
そう答えながら夜着を脱ぎ背中の包帯を外すと、透けるような白い肌にうっすらとピンクの線が数箇所浮かんでいた。
「表面の傷口は塞がってるけど、中はまだ治ってないからね。絶対に無理しちゃダメだぜ」
「ああ、判っている」
精霊たちの力によって癒された傷は、表面を塞ぐことはできても完治には若干の日数を必要とした。
基本的に精霊の治癒能力というものは、己の生命力を分け与えることに近い。
そのため、普通の人間相手であれば格の違いから楽に治せるのであるが、『青眼の白龍』の主人でもあるクリスでは、生命力の強さも並大抵ではないのだった。
そのこともあって、クリスが『青眼の白龍』と共に傷を癒せる場所として選ばれたのが、このアングルシーの精霊の森にある古い城である。
精霊が棲むといわれているこの森が、イングランドでも最も聖なる地に近かったから ―― 。
しかし、
―― Woo、Woo、Woo…
傷口に薬布をあてがって包帯を巻きなおしていると、不意に森の中から犬の遠吠えが聞こえてきた。
コレが初めてというわけではなく、恐らくクリスがこの森にきてから ―― クリス自身は意識を取り戻してから、ほぼ毎日聞こえている遠吠えであるため、今更驚く気配もない。
ただ、手馴れた仕草で包帯を巻いていたモクバが、一瞬だけ忌々しげに舌を鳴らす気配だけはクリスにも気が付いていた。
「どうした? 何かあるのか?」
「ううん、何でも。ただ…しつこい狼がまた来たなと思って」
「狼? 犬の遠吠えだろう、あれは」
そもそもこの森に、狼がいるとは聞いていないが。
「そうだよ。でも狼がテリトリーに入ってきたから、威嚇してるんだゼ」
とどこか誇らしげに語るモクバを、そんなものかと深くは追求せず、クリスは治療を終えるとその身をベッドに横たえた。






Duel Proposal 01 / Duel Proposal 03


初出:2003.12.07.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light