Duel Proposal 03


何せ、そもそもはクリス欲しさに戦争を起こしたヘンリーである。
その肝心要のクリスが怪我をしたとあっては ―― しかも自分を庇っての怪我である。
治療のために己ができる最大限のことをしようとするのは当然のこと。
クリスとブルーアイズのライフラインを考えれば、少しでも聖なる場所での治療が最適と言われたから、イングランドでも有数の聖地でもあるここを択んだのはヘンリー本人であり、森全体には二重三重の結界まで張ってあるという念の入用である。
当然、邪心をもつものはこの森には入れない。
ところが、ここでヘンリーは一つ重大なミスを犯していた。
というのも ――
実はこの森には、クリスが運び込まれる前から戦禍を恐れたイングランド中の精霊たちが避難していた。
そして、得てして精霊というものは綺麗なものを好む。
しかもクリスは、精霊界でも最上級に位置する『青眼の白龍』の主人である。当然その熱烈歓迎振りは並大抵ではなく、逆にクリスに害意や邪心を持つ者にはそれ相応の行動に出て ―― 。
おかげで戦には勝利したとはいえ、ヘンリーはいまだこの城に一歩たりとも足を踏み入れることさえままならなかったのである。



―― ゴォーッ!
旋風が巻き起こり一瞬の砂塵が吹き荒れると、そこには『オシリスの天空竜』の姿があった。
そしてその背からヒラリと飛び下りたのは、まるでちょっと町まで買い物にとでも言うような軽装のヘンリーである。
「ご苦労、オシリス。ここで大人しくしてな☆」
いつものように軽くウインク交じりにそう命じると、巨大なしもべは守備体型となってその場にうずくまった。
王都ロンドンからウェールズの北西にあるアングルシー島までは、馬を飛ばしても丸一日はかかるところである。
しかも、晴れて国王となったからにはヘンリーには日々政務があるはず。
当然、本来なら毎日来ることなど不可能なのであるが ―― それも神のカードを使えば容易いことである。
尤も、物心ついた頃から仕えている老臣サイモン辺りに言わせれば、使い方が違うと嘆くのも目に見えてはいたが。
「戦がなくなった今となっては、立派な有効利用だよなぁ、オシリス」
と同意を求められても ―― オシリスにも答えようはあるまい。
「それよりイシュタルからの連絡によれば、ようやくセトも目を覚ましたっていうしな。明日にでもロイヤルウェディングだぜ♪」
眼下に精霊の森を見下ろせる小高い丘の上に立ち、目的とする城の姿を遠望すると、ヘンリーは無意識に頬が緩んでしまっていた。
あの城には、もう一年以上も口説き追いかけつづけているクリスが待っているはずだから(注:ヘンリー主観で)。
ゾクゾクするほどの輝きを放つ蒼穹のお姫サマは、どんな由緒正しい貴族の令嬢にも負けないほど綺麗で気高くて。
白いウェディングドレスはそれはもう似合うはず。
もちろん、どんなドレスだって ―― 何を着せたって天下一品なことは間違いない。
ついでにそれを脱がせるのも…。
月明かりの下に晒された白い肌が、薄桃に染まる様とか。
気丈な瞳が涙に潤んで、許しを請うように見上げる様とか。
そして何よりも ――
かすれて途切れそうになりながらも、懸命に名前を呼びながら縋りついてくる様とか。
それはもう絶品中の絶品で。
(ったく、もう、堪んないよなぁ〜。待ってた甲斐があったゼ)
たった一度のことでも、思い出すとそれだけで ―― なのは、健全(?)な証だぜとわけのわからぬ納得をするヘンリーである。
しかし、
『仮にもヨーク家の姫を王妃にと望まれるのでしたら、きちんとプロポーズとロイヤルウェディングはお願いしますわね』
とは、いつの間にかクリスの後見役の地位を確保したイシュタルからの厳しいお達し。
だが、クリスを国の内外に見せびらかすことには何の否やもない ―― 寧ろ喜んでといったヘンリーにとっては、それは願ってもないことで、
「よし! 今日こそ、セトにプロポーズだゼ!」
と息巻いて出かける主を、オシリスはただ見送るだけだった。






Duel Proposal 02 / Duel Proposal 04


初出:2003.12.07.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light