Duel Proposal 04


―― Woo、Woo、Woo…
一歩森に踏み込んだ途端に聞こえてきた犬の遠吠え。ヘンリーは思いっきり舌打ちをすると。
それでも構わず先を進んだ。
「ま〜た来たんだ? 懲りないねぇ」
そんなヘンリーの頭上の枝から冷たい声が降り注ぎ、ヘンリーは忌々しげに顔を上げた。
「ノア…また、お前か」
ヘンリーの頭上にいるのは、パッと見は極普通の白いネコ。
純白の毛並みに翡翠色の眼をした綺麗なネコで、しかし、何の不思議もなく人語を話していた。
「ク・シーの遠吠えが聞こえたからもしやとは思ったけど、ほ〜んと、諦めが悪いね、キミは」
枝の上で寝そべるように余裕をかましているのは、この森に住む妖精猫(ケイト・シー)の長、ノアであった。
「セトは僕のものだって言ったでしょ? いい加減、諦めなよ」
「冗談じゃないゼ。化け猫ごときにやすやすとセトを渡せるか!」
「ククッ…そんなこと言って、未だ城までたどり着けないくせに」
ネコ特有の人を見下したような口調に、ヘンリーの敵愾心はヒートアップをせざるを得ない。
ケイト・シーは自分たちだけで独立した王国をもつという妖精の血の入ったネコの一族である。
中には何食わぬ顔をして人間に飼われているものもいるらしいが、このノアもその口らしい。
ちなみに、先ほどの遠吠えの主ク・シーというこちらは妖精の血の入った犬のもの。
縄張り意識が強いため自分の領地に何者かが入ると、3回遠吠えをして威嚇するといわれていた。
それはさておき、
「ねぇ、知ってる? 今日はね、僕、セトの膝の上に乗せてもらったんだよ」
「何ぃ〜」
「セトっていい匂いがするんだよね〜。なでなでもしてもらっちゃったしv」
眼下のヘンリーを煽るように挑発しながらも、ノアは毛並みの手入れに余念がない。
そして、
「ま、無駄な努力だと思うけどね。せいぜいがんばってみたら? 僕はおやつの時間だから先に城に行ってるよ。じゃ、バイバイv」
「こら、待て! ノアっ!」
ムクっと身を起こすと、軽々と枝を飛び移って城へ向かう。流石にネコの身軽さには、速攻を得意とするヘンリーも追いつけるわけがなく、
「退屈だったらコボルトとでも遊んでなよ。いつでも相手をしてくれるよ」
というなり、頭上に降って沸いたのは茶色い毛玉のような妖精たち。
流石の集団攻撃に、ヘンリーも体勢を崩されずにはいられなかった。



元々、ドラゴンや精霊、更には妖精といったものたちはキレイなものが大好きである。
それゆえに、秘宝を守るドラゴンの話や、地下の金鉱を知っている妖精の話などは枚挙に上り、数多く言い伝えられている。
そして、それらの宝物を手に入れるためには、それなりの試練に耐えるのは ―― 古今東西お決まりの物語のお約束。
とはいえ、本来なら神のカードを持つヘンリーである。
その力を持ってすれば妖精ごときを制圧するなど大したことでもないはずなのに、それができないのは ―― 全ては愛するクリスのため。
あの時 ―― ヘンリーの身代わりとなって重症を負ったクリスを助けたのは、その半身とも言える『青眼の白龍』。
それは自らの命をクリスに分け与えるという行為で、ヘンリーは改めてその絆の強さを思い知らされた。
『今の青眼とクリスは命が繋がった状態ですわ。ですから『青眼の白龍』がこのまま息絶えるような事になれば、当然クリスも…。『青眼の白龍』の生命力を高める場所 ―― 聖なる地での絶対安静が必要ですわ』
イシュタルのその忠告に従ってイングランドで最も聖なる地 ―― アングルシーの精霊の森にクリスを連れてきたのはヘンリー自ら。
しかし強大すぎる力をもつ『神のカード』ではこの地の精霊たちを脅かしてしまいかねないため、専ら「神のカード」の使用目的は王都とこの地の移動手段としてのみ。
しかも、基本的に闇属性のカードを主体とする自分のデッキでは、使えばこの森に影響を与えかねないため、クリスに逢いたければ自らの足でということしか方法がない。
おかげで、いまやこの森自体がヘンリーにとっては敵のようなもの。
『青眼の白龍』に熱愛されているクリスは、ただそこにいるだけで、いつしか精霊たちの絶対的存在になってしまっていたのだから。






Duel Proposal 03 / Duel Proposal 05


初出:2003.12.07.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light