Duel Proposal 05


南向きの日当たりの良いテラスで午後のティータイムと読書に寛いでいたクリスは、ふと思い立ったように視線を森へ向けると、怪訝そうに眉を顰めた。
「どうしたの? セト様」
一緒に紅茶を飲んでいたモクバが尋ねると、
「…森が騒がしいな。誰か来たのか?」
何気なくクリスが視線を向けた先は、紛れもなく王都ロンドンの方角。
しかし、
「そう…かなぁ? 別に気が付かなかったゼ」
とモクバが答えれば、
「そうか…まぁいい」
とクリスも深くは追求しなかった。
(今、誰かが俺を呼んだ気がしたが ―― ありえんな)
一瞬思い浮かんだのは、特徴のある髪型に忌々しい程に不敵な笑い方をする紅い瞳の男の姿。
だが、すぐさまその面影を打ち消すように脳裏から排除すると、再び視線は古い書物に向けられた。
身体に負担をかけないようにと、カウチに横たえたクリスの足元には、当然のように『青眼の白龍』イブリースが休んでいる。
ミニチュア版の利点ともいえるほどクリスに寄り添って、至福のときを過ごしているのは間違いない。
そこへ何食わぬ顔をしたイシュタルが現れた。
「クリス、ちょっと来て頂けます? 王立図書館から頼んでいた古文書が届いたそうですわ」
「…わかった」
流石に颯爽とはいかないが、しかしケガをしているなどとは絶対に思えない優雅な姿。
そのあとをイブリースもパタパタと付いていく。
そして丁度クリスの姿が見えなくなったとほぼ同時に、テラスへ張り出していた枝から飛び移るようにして白い影が舞い降りた。
「みゃあ〜v、あ、セトは?」
猫なで声で一鳴きして、そこにクリスがいないとわかると、途端にノアは豹変した。
「今までここにいたんだけど、イシュタルさんに呼ばれたよ」
「ふ〜ん、あ、そうだ、またヤツが来たよ。モクバ、どうする?」
ちょっと残念そうに部屋の方を見て、しかしノアはモクバに擦り寄ると忌々しそうに呟いた。
「ヤツって…ユギか?」
「ああ、ま、一応コボルトやボガードを嗾けておいたけど」
コボルトもボガードも妖精の一種である。どちらも人間に悪戯をすることを生きがいとしている種族で、特に気に入った人間の娘に近づくものは徹底的に攻撃するという、それはそれはすばらしい性格の持ち主である。
「サンキュ、でも、セト様も薄々気が付いてるかもしれないな。どうしようか?」
「いっそのこと、ディナ・シーの軍隊を呼んじゃうとか?」
ディナ・シーというのは妖精界でも高位の一族で、その王国には強力な軍隊を擁していた。
ちなみに、モクバはこの一族に連なるもので ―― つまり妖精の血族であったりする。
「う〜ん、そうだな、オレは構わないけど、アレでも一応国王らしいし…」
とはいえ、人間界がどうなろうと、実は全く気にしていないモクバである。
はっきり言って、この森の外の世界がどうなろうと関係ない。
セト様がいてさえ下されば ―― 。
ところが、
「ったく、エライ目にあったゼ」
よっこいしょとテラスの塀越しに現れたのは ――
「「ユ…ユギっ!?」」
モクバとノアが驚愕に目を見張る。
「な、なんでお前がここに来るんだよ!」
「なんでって…そりゃあ、愛しい姫サマにプロポーズしに♪」
「コボルトやボガードはどうしたっ!」
「妖精みんなが俺の敵だと思うなよ? な、ブラウニー」
見れば、体中に茶色の毛がもじゃもじゃと生えた丸っこい妖精が、ヘンリーの足元で懐いている。
「ブラウニー? あ、しまったぜ…」
ブラウニーもコボルトやボガードと同系列の妖精であるが、決定的に違うのは ―― 気に入った人間にはとことん尽くし、それが娘であったら結婚できるように最大限の手助けをするということ。
もちろんこの場合の「娘」はクリスであって、クリスが結婚できるようにというコトは…。
チっと舌打ちをするモクバの一方で、既にノアは毛を逆立てて臨戦体型である。
「で、でも、ここからは一歩たりともいれさせないゼ!」
勿論、モクバも一歩も引く気配はない。
だが、そんなお子様相手にたじろぐヘンリーでもなく、ましてやその向こうには、夢にまで見た愛しい姫サマがいるのだから ――
「さぁて、お子様たちにはお仕置きが必要だよな。散々、邪魔してくれて…」
ニヤリと微笑むヘンリーの、そこはかとない闇の気配にゾクリと背筋を凍らせたその時 ――
―― ゴォォォーッ!
「な、何っ !?」
モクバとノアの間を縫うように光の閃光が走り、ヘンリーに直撃した。



「…どうした? イブリース」
立ちすくむモクバやノアを不審に思いつつ、クリスはテラスへと戻ってきた。
その肩には、ミニチュア版とは言え『青眼の白龍』の姿。
そして、そのサイズであっても、最大の攻撃である「バーストストリーム」は生身の人間一人くらいなら当然効果覿面で ――
『…ここ、3階だったよな』
『う…ん、ま、このくらいじゃ死なないだろ?』
『だよな〜、多分…』
と、そっと階下を覗き、無理に納得するモクバとノア。
一方で、
「元気になったのは判ったが、無闇にバーストストリームを出すなよ、イブリーズ。まだ本調子ではないのだからな」
と愛しげにクリスが声をかけると、褒めてもらったと認識しているブルーアイズは幸せそうに擦り寄っていた。



「あら、陛下。こんなところで寝ていられましたら、お風邪を召されますわよ」
ただ事ではない物音と共に落ちてきたヘンリーに、イシュタルはまるで他人事のように声をかけた。
「ま〜た、プロポーズはできませんでしたの? 困りますわね。そろそろウェディングドレスの準備も始めたいと思ってますのに」
「…イシュタル〜」
「しっかりなさってくださいませ。このままでは、クリスは行かず後家になってしまいますわ」
やっと城までは到達することができたというのに、愛しい姫サマには最強のしもべが常に侍っている。
それは例え身体が小さくなっても威力は衰えることがなく、ついでに遠慮も躊躇いも全く無いときていた。
「いっそのこと夜這いでもおかけになりましたら?」
「お、おい、イシュタル…」
いいのかそんなこと言って…とかえってヘンリーの方が躊躇うが、
「折角、王都からウェディングドレス用の生地も取り寄せましたのよ。まさか無駄になどされませんわよね」
イングランド王家史上最高のロイヤルウェディングにしてみせますわvと、盛り上がっているイシュタルに適うものなどいるはずもなく、
更には、
「フン、任せろ。サイコーの花嫁を見せてやるぜ!」
とこちらも打たれ強さには定評のある国王サマであった。






Duel Proposal 04 / Duel Proposal おまけ

1,111Hitにそめきちサマからリクを頂いたものです。
お題は、「男女共に(更に動物、精霊にも?笑)モテモテなクリスさんに
ヤキモチをやくヘンリーさんがなんとかクリスさんを振り向かせようと頑張るお話」
だったんですが…調子こいて「Alba Semi-plena 」の番外にしてしまったため、
なんと前・後編。しかも…ヘンリー様、クリスちゃんにまだ逢ってませんね。

それじゃ、ちょっとかわいそうなので…更に続きはオマケにてv


初出:2003.12.07.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light