Duel Proposal おまけ


そろそろ夜も更ける頃
クリスは取り寄せた古文書を書棚に戻そうとして、ゾクリと身を震わせた。
「やっと逢えたな、セト」
いつの間にか開け放たれていた窓辺に腰掛けるようにして、ヘンリーは嬉しそうにニヤリと微笑んだ。
驚いたクリスの手からは羊皮紙の古文書が滑り落ち、しかし、クリスには身動き一つできなかった。
「ほら、大事な古文書だろ?」
そう言いながら落ちた本を拾い、驚いて目を見開いているクリスに手渡し ―― その隙にたおやかな手を取る。
「結婚しようぜ、セト」
まるで女王陛下に忠誠を誓う騎士のように、ヘンリーは膝を付いてその手に口付けた。
「お前だけを永遠に愛してる。神に ―― いや、お前だけに誓ってやる」
一方的に言われた言葉を漸く理解したクリスは、その手を振り払おうとし ―― しかし離してはもらえない。
「な…馬鹿なことを言うな! 俺は男だぞ!」
「そんなの…大したことじゃないゼ」
ニヤリと笑う様は相変わらずの大胆不敵。
どこから沸いてくるのだと聞きたいほどの自信に満ちていて、クリスを容易く捕まえると二度と離すことはなかった。
「離せ!」
「やだ。二度と離さない」
「っつ…」
きつく抱きしめれば傷が痛むのか、一瞬クリスの丹精な眉が顰められる。
勿論それに気付かないヘンリーではなく、
「大丈夫か? 痛むのか?」
と腕の中を見つめれば、クリスはあのキラキラと輝く蒼穹を惜しげもなくヘンリーにぶつけていた。
「こんな…貴様には関係ない! 大したこともないわっ!」
気丈すぎるお姫サマは、口が裂けても誰かのために怪我をしたなどとは言わせたくないらしい。
そんな素直じゃないところが、らしいといえばらしいのだが、
「俺の命は ―― お前のものだぜ、セト」
掴んだ手の甲にキスをして、ヘンリーはクリスの耳に囁いた。
「お前がくれた命だ。好きにするがいい」
突然囁かれた真剣そのものの声に、クリスは訝しげにヘンリーを見上げた。
「な…んだと?」
「殺したければこの場で殺せ。そうすれば、お前は自由だゼ」
と、懐の短剣をクリスに持たせる。
戦場では、躊躇わずに振るっていた剣よりもはるかに小さいそれが ―― 何故かずっしりとした重みを感じさせる。
持ち上げることも、振り下ろすことなどできはしないほどに。
だから ―― 暫くその刃を見ていたクリスは、やがて力なくその刀を手から滑らせると、疲れ切ったように呟いた。
「貴様は…狡い…」
「まぁな。でも、俺だって命がけだからな」
ま、お前になら殺されても本望だけどな ―― と、その瞳だけは笑っていない。
「側にいてくれればいい。国も権力も要らない。お前だけが欲しいんだ」
サァっと白皙の頬が朱に染まり、蒼穹の瞳がその蒼を更に増していく。空よりも高く、海よりも深いセレストブルー。
何者にも染められない、孤高のその蒼だけが ―― 欲しかったもの。
そのためなら、幾らでも戦って戦って ―― 勝ち続けてみせる。
気高く気丈な姫君は、勝者にしかその存在を認めようとはしないから。
「…ユギ…」
優しく抱きしめられて ―― ただそれだけなのに和む心は確かに存在する。
ただ、それを容易く認めることができるほど、落ち着くことはできなかったから、
「フン…まぁいい。俺以外のヤツに殺されては堪らんからな。側で見張っていてやるわ」
我ながら陳腐な言い訳だとは思う。
しかも、
「セト?…ってことは…」
側にいることを認めるというその言葉の意味に、ヘンリーの表情は見る見るうちに喜色に染まり ―― ええい、そう露骨に喜ぶな!とクリスの心が赤面する。
「い、今はその気にならんだけだ。いつか気が向いたら殺してやる。そのときのために側で見張っていると言っているだけだ!」
素直でないお姫サマは真っ赤に顔を染めて ―― 妙な意地を張っているところも愛おしくて堪らない。
「ま、いいさ、ずーっと側にいてくれよな、セト♪」



何も恐いものはない ―― この蒼が側にいれば。
そして、この蒼だけが ―― 己の存在理由。



「セト、愛してるゼv」
「ええいっ、好い加減に離せ! 鬱陶しい!」
「離さないって言っただろ? もうこのまま教会へLet Go!だぜ☆」



そして ―― その3日後、
盛大なロイヤルウェディングが王都ロンドンで執り行われた。






to be continued.





Duel Proposal 05 


初出:2003.12.07.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light