Instrument 06


翌朝、気がつくと瀬人は広いベッドに一人で寝かされていた。
咄嗟にここがどこかを理解できず、起き上がろうとした瞬間、身体中の関節が軋むような劇痛が走る。
「…っ!」
思いもかけない痛みに、その上、何も着ていないことに気がつく。そうすれば否応が無しに昨夜のことが走馬灯のように思い出された。
何も纏っていない身体にはあちこちに鬱血の痕があり、しかも、在られもない場所に感じる鈍痛と違和感に胃液が競りあがるような吐き気を覚える。
「…うっ…」
それを抑えようとシーツにすがり付けば、鼻に異臭が突き刺さった。
汗と唾液と ―― 精液の臭い。
それが自分のものだけではなく、別の男のものであることも思い出されて、瀬人は逃れるようにベッドを降りた。
そのままこの上に横たわっていれば、自分の身体にまで染み込んでくるような気さえして。
しかし、
「あっ…ぅ…」
力の入らない足では立ち上がることもできず、グラリと倒れそうになった、その時、
「おや、目が覚めましたか?」
ゾクリとするほどに冷たい声が届き、瀬人の身体が抱きとめられた。
「昨夜は初めてでしたから仕方がありませんが…あの程度で意識を失ってはいけませんね」
「 ―― っ!」
まるで他人事のように言うのは、昨夜、散々瀬人の身体を弄んだ男のもので。
瀬人は相手を突き飛ばすか逃げ出したい思いで一杯になりながらも、気丈に睨みつけた。
(やはり、この子は…)
昨夜は生理的なものとはいえ散々涙で濡らした瞳であるが、やはりこうしてきつく向けられる視線の方が遥かに美しくて。
汚しても汚しきれない魂の姿を、垣間見たような気にさえなる。
しかし、コウの口から出たのは、そんな賛辞ではなかった。
「快楽に溺れてはいけません。ベッドでなければ得られない情報もあるのですよ。それを逃す手はないでしょう」
それはつまり、瀬人に身体でビジネスをしろと言っているようなもので。
その意味を理解し、瀬人は叫んだ。
「俺はそんなことは!」
「そう思うのは瀬人、君だけですよ。君を見る大人たちが皆、聖人君子だと思っているのですか?」
「 ―― !」
判っている。ビジネスは綺麗事だけでは済まされないと言うことは。
だが、男でありながら女性のように組み敷かれることを瀬人のプライドは許すはずもなかった。ましてやそれは、自分が納得してのことではない。
おそらくは剛三郎も承知の上とは思うが、全て勝手に仕組まれたことだ。
そんな、他人の手でいいように踊らされることなど、その気丈すぎる魂が認めることなどありえなかった。
しかし ―― 今はまだ、思うがままに逆らう力も瀬人にはない。
それが判っているから、
「それよりも…始末の仕方を教えてあげましょう。次からは自分で処理できるようにしないといけませんからね」
そう言って抵抗もできない瀬人をバスルームに運ぶと、泣き叫ぶ声が上がるまでその身体に教え込んでいた。



「服を着なさい。君の義父上がお待ちです」
再びベッドに戻すと、コウは昨夜手ずから脱がせた服を瀬人に放り投げた。
勿論、着替えの手伝いをする気はない。
瀬人もそれは判っていたから、見られているという屈辱に唇を噛みながらも服を身に付けた。
立ち上がるのも辛いが、かといってベッドに倒れこむにはプライドが許さない。
なれない体位を強制された身体は軋むような悲鳴を上げているが、それを知られることも屈辱だった。
だから、
『殺してやる、いつか…必ずっ!』
そう叫ぶ視線を投げつけると、瀬人は何事もなかったかのように部屋をあとにした。
まだ14歳の身でありながら、あれほどの屈辱を受けても絶望に囚われないその強さには、汚した張本人でありながら感心せざるを得ないところだ。
(まるでダイヤの原石のようですね)
そんなことを思いながら、残ったコウは乱れたシーツを惜しむようにベッドに横たわった。
天然の鉱物で、最も硬いものはダイヤモンドと言われている。
だがそのダイヤモンドは、原子に返せば炭素の塊 ―― その辺の炭クズと変わりがない。
それが地球内部の途方もない高温と高圧という環境に追いこめられることによって、自然界で最も硬く美しい輝きを放つ宝石へと転化する。
蝶よ華よと育てられるのではなく、試練と困難の中でこそ美しく輝く存在。
あらゆる苦難も己の糧とし、踏み越え乗り越える力を手に入れて。
その身をどんなに汚そうとも、ダイヤのように硬く輝くその心は、決して壊されることはないだろう。
(最高の素材ですね、君は)
正に最高の芸術品。
この素材の美しさを最大限に引き出すためなら、どんなに憎まれてもそれさえ喜びに替えられそうで。
「どこまで輝くことができるのか…そうですね、彼らにも協力してもらいましょう。フフフ、将来が楽しみです」



それがどんな将来なのかは ―― まだ誰も知らない。






to be continued.




05


初出:2007.05.27.
改訂:2014.09.06.

Paine