Catch a cold ! Epilogue


『あ~もう、信じらんないっ!』
朝になって目を覚ました表遊戯は、思いっきり心の世界で叫んでいた。
『そりゃあね、普段ちゃんと勉強していない僕がいけないって言われたら仕方が無いけど、でも、あの宿題の山をどーするつもりなの!』
遊戯が指さした方向には、山積みになったノートと教科書。
主要教科の殆どから出された昨日の課題は、勿論指一本だって触れられてはおらず、しかし、無常にも朝はやってきていた。
「悪かったって、相棒。オレだってまさかこうなるとは思わなかったんだから…」
とさりげなく弁解を試みてみるが ―― 3000年前の自称古代エジプトの名も無きファラオも、現代にいれば器である本来の人格サマには適うわけが無い。
特にこの表遊戯は、他の連中にはマスコットのように可愛がられてオモチャにされていると言うのに、何故か誰もが一目置いているはずの「もう1人の僕」には滅茶苦茶強気である。
『大体ね、週末はともかく、週初っから朝帰りなんて、許されると思ってるわけ?』
「…いや、悪いなぁとは思ったんだが…」
という弁解も、怒り心頭の器サマには全く効果なしである。
『あのね、思うだけなら誰でも出来るの。大体キミには自覚とか自制とかってものがないわけ? 迷惑をかけちゃいけませんって、基本中の基本でしょ!』
端から見れば、かなり異様な光景である。いつもより心持ちシャキッとした遊戯がぶつぶつと独り言を言っているわけであるから。
更に ―― 目つきも普段の遊戯よりは鋭いように見えて、実はかなり顔色が悪かったりもしている。
ついでにいうならやや頬が赤い感じで ―― 弁解している声もどこかかすれているようで、
『しかも…何、その声。ホントに風邪を貰ってきちゃったって訳?』
「…」
『そりゃあね、海馬君の風邪なら、キミなら嬉しくて仕方がないだろうケド、僕は知らないからねっ!』
「お、おい、相棒!」
『とにかく! ちゃんと風邪を治してから呼んでね。それまで僕は自分の部屋で寝てるからっ!』
―― バタンッ!
それこそ叩きつけるように心のドアが閉められ、置いてきぼりを食らったユウギはがっくりと肩を落した。
「 ―― そりゃ無いぜ、相棒…」



一方の海馬邸の方は ――
「兄サマ、もう大丈夫なの?」
広い庭先に待機したヘリに向かう海馬に、モクバがやや不安そうに尋ねた。
「ああ、心配かけたな、モクバ。もう大丈夫だ」
モクバにだけ見せると言われる幻の微笑を浮かべて、海馬はくしゃっとモクバの頭を撫でた。
「俺の代わりに随分とがんばってくれたようだな。おかげで仕事には支障が無かったようだな。…そうだ、今夜は早く帰るから、たまには夕食を一緒にするか?」
「いいの? 嬉しいゼ、兄サマ♪」
満面の喜びを浮かべて抱きついてくるモクバを、海馬は愛しそうに抱きとめた。
モクバのことは、いつまでも守り続けていたい海馬である。しかし、モクバという存在自体が、自分が走り続けることが出来る原動力であるということも事実だろう。だからこそモクバのためなら、世界の全てを引き換えにしても構わないとさえ思っている。
そう、この笑顔を守るためなら ―― 風邪など引いている場合ではない。
そんなモクバが、ふと思い出したように呟いた。
「あ…そうだ。兄サマが元気になったから、一応来てくれた人にお礼とかしておいたほうがいいかな?」
「それは必要ない」
優しいモクバの心遣いに半ば感動しながらも、海馬はほぼ即答で応えた。
城之内には新型のデュエルディスクをくれてやっているし、バクラは人から物を貰うと言うことは基本的に受け付けないらしい。(そこは、亡霊でも『盗賊王』?)だから必要ない ―― と。
しかし、
「でも兄サマ、じゃあ、ユウギは?」
それに対して海馬の答えは ――
「心配はいらん。ヤツにはレア中のレアをくれているわ。わははっ ―― 」
(何せ、この俺がダウンするほどの風邪だ。これ以上のレアがあるか?)
レアってなんだろう?と、マジで悩みこむモクバには気が付かず、完璧復活を遂げた海馬は意気も高らかに仕事へと向かっていった。





その日の午後 ――
ある意味では最高の「看病」してくれたユウギの元へは、あらゆる風邪薬のサンプルが宅配便で送られてきて、しかし、海馬その人が見舞いに行くことは決してなかった ―― とか。



Fin.



03


オチは…ありきたりでスミマセン。
でも、マジにレアだと思うんですけど。
社長の風邪なら浅葱も欲しいです!

初出:2003.10.29.
改訂:2014.09.28.

evergreen