Catch a cold ! 03:闇遊戯編


次に目を覚ましたとき、そこには磯野の姿があった。
「バ…磯野か?」
「瀬人様、お加減は如何ですか? 何かお持ちいたしましょうか?」
「あ…いや、なんでもない」
どうやら、一眠りしている間にバクラは帰ってしまったようだ。それを確認しようと思い、しかし、そこは素直になれない海馬である。
すぐに口を閉ざしてしまった。
それに気付いたのか ―― 何せ伊達に長年海馬に従ってきたわけではない ―― 磯野は黒いサングラスの奥で優しく微笑みながら、海馬の求めていた答えを告げていた。
「先ほどの方はお帰りになられました。くれぐれもご無理はなさらないようにと仰せでした」
「フン…余計なことを」
「それから…」
バクラが置いていった物を片付けながら、極さりげなく伝えてみる。
「風邪に効くからと、玉子酒を造ってお行きになりました。いかがされますか?」
「玉子酒? アイツがか?」
確かに、バクラは料理が得意らしく、事あるごとに手作りだと持参してくる。しかもそれは結構手が込んでいて、更には味覚には煩い海馬でも文句のつけようがない出来であることが多いと来ている。
尤も、中には十分に怪しいものもあり、痛い目(?)にあってるのも事実ではあるのだが ―― 。
(そういえば…ストローがどうとか言ってここを出て行ったとき、帰ってくるのが遅かったな)
いつもならすぐに気が付いてその場で確かめるところであるのに、流石に熱にはスパコン並の思考回路も停滞を余儀なくされるらしい。
更には磯野に聞かれていながら、普段は即決即行を信条としている海馬が、すっかり応えることも忘れていると言うのは…ある意味これほどのレアも無いかもしれない。
「社長…?」
流石に見かねた磯野がそっと呼ぶと、海馬は分散していた意識を取り戻した。
「あ、ああ…あとで不味かったとこき下ろしてやらねばならんからな。一杯だけ飲んでやろう」
「かしこまりました。すぐに温めてまいります」
やや赤い顔でそういう海馬は、どこか照れたようにはにかんだ雰囲気を持っていた。



「フン、まずまずだな」
磯野が置いていったカップの玉子酒を一口舐めて、海馬は忌々しそうにそう呟いた。
一応未成年ではあるが、会社社長という立場上酒を飲む機会は結構あり、付き合い程度の飲酒はザラにあるが、どちらかといえば日本酒は得意ではない。
それでも、バクラが作ってくれたと言うこの玉子酒はかなり飲みやすく、身体を温めるには程よいアルコール量でもあった。
「温まるが…汗も掻いたな。シャワーでもするか…」
「じゃ、脱がすの手伝ってやろうか?」
飲み終えてカップをサイドテーブルに置こうとしたとき、突然沸いて出てきたその声に、海馬はビクッと手を引いた。
反射的に向けたベランダへと続く窓の元に、不敵な笑みを浮かべた自称ファラオが佇んでいる。
「貴様…何しにきた? いやその前にどこから入ってきた!」
本日三回目の似たような台詞。当然、返された台詞も、
「勿論、見舞いに来たに決まってるだろうが。オレの可愛いお妃様がご病気とあっちゃあな」
「誰が妃だっ!」
まったくどいつもこいつも、俺の事をなんだと思っているのだ!
しかし、かなり回復してきたらしく今度は眩暈もしなかったが、流石に落ちている体力ではちょっと声を荒げただけでも息が上がる。
それも腹ただしい事の一因であるのは間違いがなく、海馬は手に持っていた武器 ―― この場合、ヘレンドのティーカップとも言う ―― を投げつけようとした。
「おっと…フン、やっぱ熱があるんだ」
しかしそこは3000年前の名も無きファラオ。相違相愛(?)のお妃の行動は既に把握済みか、すぐさまその腕を掴み、凶器となりかけたカップを奪うとそのままベッドに押さえ込んだ。
「それに、また痩せたな。…ったく、働きすぎだって」
「貴様に言われる筋合いはない。離せ!」
「それは却下。口惜しかったら、振りほどいてみろよ」
「くっ…」
身長はかなりの差で海馬の方が上回っているが、体力勝負となれば勝ち目はない。そのため枕の下の銃に手を伸ばそうともするが、その辺りは既にバレバレである。
「あのな、お前。風邪でダウンしてるときくらい、安心して寝てろって」
「煩い、貴様のようなヤツがいるから安心できんのだろうがっ!」
「…なんだ、期待してたのか? そうならそうと…」
「期待などするか ―― !」
という海馬の抵抗など、自称ファラオにはノープレブレムである。
あっさり押さえ込むと覆いかぶさるように唇を奪い、ゆっくりと舌を絡めた。
「ん…? 何だ、この味?」
病人を呼吸困難に陥れさせながら、いつもと違う味わいに疑問を浮かべると、そこは真面目な海馬である、
「はぁっ…あ…さっき、玉子酒を飲んだからな」
「玉子酒? 何だそれ?」
「…貴様、そんなことも知らんのか?」
押さえつけられたままで睨みあげるのは、実は闇遊戯を煽ることになるのだが、その辺りは全く学習能力の無い海馬である。
「ああ、知らない。酒の一種か?」
こういうところは素直に知らないと言える闇遊戯のほうが一歩も二歩も上手である。そのせいでつい説明に入ってしまう海馬であり、
「玉子酒と言うのは…日本酒を煮立てて溶き卵と砂糖と生姜で味付けしたものだ。民間療法の一種だが、風邪の時は良く効くといわれている。確かに成分的にも、卵の良質タンパクやビタミンなどは身体に良いし、糖分やアミノ酸は栄養源にもなる。その上アルコールは血行を良くして体温を上げ寝つきを良くするという効果もあるから、体力が落ちているときの回復には持ってこいだろう」
「成程…」
と素直に聞いていた闇遊戯であったが、
「…で、誰が作ったんだ? 民間療法なんて、信用するお前じゃないよな?」
と聞き返されて返答に詰まった。
「大体、こういうものを作りそうなのは…城之内君かあの盗賊のどっちかだよな」
「…」
「でも、城之内君は金が無いから材料を持ってくるとは思えない」 (←ある意味、失礼だぞ、王サマ…)
「…」
「ってことは残った方ってことになるけど…?」
沈黙がそれを肯定しているのは火を見るより明らかである。
尤も、海馬にしてみれば、
「…貴様にどうのこうのといわれる筋合いは無い」
なのであるが ――
「ふぅ~ん、そういうこと言うのか、この状況で?」
それでなくても体力のない海馬である。
簡単に押さえ込まれている上に、シャワーでもしようかとパジャマのボタンを外しかけていたために、はだけた胸元からはやや熱のある薄紅の肌がチラリと覗いていて ―― 海馬に対しては一ミクロンの理性でさえ危うい闇遊戯が手を出さないわけが無い。
「くっ…離せ…」
「い・や・だ」
押さえつけられた腕が痛いのか、丹精な眉がやや歪められ、そんな仕草でさえ闇遊戯を煽らずにはいられない。
元々、嫌な予感はしていた。
海馬がダウンしたと聞いた途端、バイトがあるからと早退した城之内も怪しければ、表の人格が日ごろの行いよろしく居残りになったのをニヤリとほくそえんで先に帰った獏良といい、絶対に何か企んでいるだろうとは思っていた。
ただ、意外だったのは ――
その2人がこんな美味しい状況にもかかわらず手を出してはいないらしいということで ――
(ま、いいか。それならオレが頂いても文句は無いもんなv)
と1人納得すると、
「オレも実はいい民間療法を知ってるぜ」
「…な…に…?」
「風邪ってのはさ、人にうつすと早く治るらしいぜ」
そういうと、早速実行するファラオであった。




02 / epilogue


料理上手なバクラ様。ご家庭に1人配備して欲しいところです。
しかし、社長…相変わらずウンチクを語るのが好きで、闇サマを煽ってますね。
でもって、やっぱり王様はただでは帰らない;

初出:2003.10.29.
改訂:2014.09.28.

evergreen