Catch a cold ! 02:闇バクラ編


「社長~、起きてる?」
次に目が覚めたとき、そこにいたのはバクラだった。
しかも手癖が悪くて口も悪い、もちろん性格も根性も態度も悪いという、3000年前の亡霊の方である。
「…何しに来た?」
偶然ではあるが、本日二回目の同じ台詞。すると返ってきた答えもほぼ似た様なもので、
「見舞いだぜ、お・み・ま・い♪ 風邪引いて寝込んだって聞いたからよ」
「見舞いなどいらん、帰れ」
「い・や・だ。大事なオレ様のお姫様だもんなぁ~。しっかり看病してやるぜ」
「誰が貴様のお姫様だっ!」
と怒鳴ると、折角落ち着いていた熱が一気に上昇し、クラリと世界が歪んで見えた。
「くっ…」
歪んだだけならともかく、そのついでに襲いくるような寒気 ―― いや、これはヤツのオカルトグッズのせいだけではないだろう ―― に、不覚ながらもベッドに突っ伏してしまった。
ヤバイ、この体勢は…しかし、熱に浮かされた身体は鉛のように重くて寝返り一つうつのも辛い。
「…社長、誘ってる?」
ごくりと生唾を飲み込む気配と共にバクラはベッドサイドに腰を下ろすと、そっと海馬の身体に触れてきた。
「貴様…」
枕に突っ伏した顔をなんとか向けるが ―― 海馬にはバクラが2人に見えた。しかも性悪なヤツが。
はっきり言ってこの状況で押し倒されたら(いや、既に倒れてるって)抵抗などできるわけもなかろう。
ところが、何を思ったのか、
「う~ん、やっぱ熱が高いな。社長、普段が冷血動物だから、こりゃキツイだろ?」
「…俺は爬虫類か?」
「そうだな、ブルーアイズってやっぱ爬虫類なのか? ま、いいか、そんなことは」
と言いながら、海馬の身体をあっけなく仰向けにすると、布団をかけなおし、額に濡れたタオルを置いた。
冷やりとした冷たさが心地よい。
「社長、メシ食った?」
「…食欲は無い」
「だめだぜぇ~、具合が悪いときはしっかり食わねぇと。特に水分は取っておいたほうが絶対いい。ということで、社長はヨーグルトとプリンと桃缶、どれがいい?」
チラリと見れば、サイドテーブルの上は試食の見本のように各メーカーのプリンやらヨーグルトやらが所狭しと並べられていた。
「宿主サマのお気に入りはこっちのプリンなんだけど、生クリームは消化に悪いよな」
もう1人の無害な獏良は、確か甘党だとか言っていたななどと思い出したが、そんなことはどうでもよく、
「…ヨーグルトでいい」
ついそんな返事を返してしまったら、バクラはお気に入りの飼い主に拾ってもらえた子犬のような目を向けてきた。
「そうか? ストロベリーとブルーベリーとアロエと…色々あるけど、どれがいい?」
「…プレーン」
「OK」
その上、ヤツの手にはコンビニの袋がまだあり、そこからはペットボトルが数本覗いている。
「水分も取ったほうがいいだろうし…あ、ストローつけてもらうの忘れてきたぜ。ちょっくら下に行って貰って来るわ。先に食ってな」
そういってパタパタと部屋を出て行くと、1人残された海馬は熱の余韻もあって呆然とベッドに沈んでいた。
…アイツがこんなに世話好きだとは思わなかった。
熱を出して看病してもらうなど、もう何年ぶりのことだろう。
幼少の頃は病弱でよく熱を出しては母に看病してもらっていた。
やがてモクバが生まれて、母が亡くなり ―― 自分が幼い弟を守らなくてはと思うようになり ―― それから海馬の家に入ってからも、どんなに無理をしても熱を出すなんてことは無かったと思う。
それほどまでに張り詰めた生活だったから。
「フン、たまにはいいか…」
枕を背中に当てて何とか身体を起こすと、海馬はバクラが置いていったヨーグルトに手を伸ばしていた。



ストローを取りに行ったという割には随分とかかってから、再びバクラが部屋を訪れたときには、ようやく海馬はヨーグルトを1つ片付けていた。
「少しは顔色も良くなったか? ま、あんまり無理すんなよ」
「…余計なお世話だ」
言い方はぶっきらぼうであるが、当然のように海馬が食べ終わったカップをバクラに渡すと、すぐさまストローのつけられたペットボトルが返されてきた。
「一気に飲むと却って身体によくないからな、ストローでちまちま補給ってのがいいぜ」
流石は3000年前の盗賊王。妙な知識だけは山のように持っている。
「フン、まぁいい。一応は考慮してやろう」
尤も、海馬も素直に礼などは言えない性格であるから、どうしても会話は刺々しくなってしまう。
それでも、「会話」が成立しているだけでも奇跡のようなものなのだが。
とにかく、喉を潤すと海馬は再びベッドに横になり、バクラは再び布団をかけなおしたりと介護に余念が無かった。
モクバにさえ ―― いや、愛する弟だからこそ ―― 弱っているところなど見せられないのだが、何故かバクラにはそんな気すらしなかった。
もちろん、海馬は気が付いていない。はるか昔、3000年前もこうして守られていたなどとは ―― 。
(ホント変わらねぇよな。どんなに辛くても、弱音も吐かねぇ可愛くないヤツで、心底惚れてる王サマにだって甘えねぇのによぉ…)
海馬の見つめる先にいるのが、3000年前から立ちはだかるファラオであることはバクラには痛いほど判っている。
それはファラオのほうでも同じであり、本来ならそこに他人が入り込む隙間などは無いはずだった。
それがここまで拗れてしまったのは ―― 3000年前からの因縁としか言いようが無い。
(ま、そのおかげで俺サマもいい思いができるんだけどなv)
全ての因縁は千年アイテムにある。
しかし、千年アイテムがあったがために自分もファラオも3000年の時を超えて再び蘇ることができた。
肝心のセトだけが、その記憶を残すことは無かったが ―― 。
―― 遥か魂の交差する場所に、我を導け ――
そう刻んだ本人だけが3000年の時の彼方に記憶を封印してしまっているというのに。



やや楽になったとはいえ、熱に浮かされた海馬は珍しく無防備だった。
一応枕の下には海馬ご愛用のベレッタが眠ってはいるが、今はその存在すら忘れたように警戒はしていない。
バクラの方も今日は手を出すつもりは全くないようで、時折シルクのパジャマから覗く鎖骨のラインにドキリとしながらも、怪しい手つきは一切見せなかった。
(しかし社長ってば、色っぽいわ。こりゃあ、復活したらモトをとらねぇとな)
熱のせいで少し潤み気味の瞳といい、ほんのりピンクに染まった肌といい、苦しそうな息使いさえなければ今頃はMaking Love確実である。
(そういやあ、オレ様の前に城之内のヤローが来たって言ってたけど、手ぇ出されなかったみたいだな)
バイトがあるからとかいって午後の授業をすっぽかした城之内が、先にきていたというのも腹が立ったが、まあ何も無かったようだから今回は大目に見るとして、最大の問題は宿命のライバルとも言える名も無きファラオである。
しかし、肝心の表遊戯は本日補修で ―― 城之内が逃げた分、しっかり担任に掴まっているはずである。
おそらくみっちり補修を受けて、さらには山のような課題も出されているはず。
(ま、うちの宿主サマと違って、あっちはパーだからな。やっぱ、器はしっかり選らばねぇとな。ククク…)
ここで点数を稼いで一気に逆転狙い。盗賊王の名にかけて、セトは今度こそ俺サマが頂いてやる!
…そんなバクラの下心も気付かず、海馬は再び浅い眠りに落ちていた。




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最近、バクちゃん好きだわ♪
絶対、世話好きだと思うんだよね。特に神官サマには…。
本誌でも王サマと取り合いしてるしv(って違う?)

初出:2003.10.19.
改訂:2014.09.28.

evergreen