Catch a cold ! 01:城之内編


「オレだって兄サマの部屋には入れてもらえないんだからな!」
応接室 ―― といっても、軽く普通の家の二部屋か三部屋ほどもありそうな一室に招き入れられて、城之内はモクバに怒鳴られていた。
「大体、お前はまだ学校の時間じゃないのかよ!?」
「なもん、サボりに決まってるだろうが。って、それをいうならモクバもそうだろ?」
「オレは兄サマの代理として、仕事があるからな!」
城之内とは違って、これでも副社長だゼと手を腰に当てて胸を張る。
そんな二人を見守りながら、磯野はニコニコと紅茶を差し出した。
(良かった。モクバ様もお元気になられて…)
海馬が倒れたのは昨夜 ―― 新作発表の後に設けられた記者会見と宣伝のために仕方なく開いた完成パーティとを済ませた後だった。
勿論この発表のためにここ数日働き詰めだった海馬である。
しかも完成間近でバグが発生したために三日ほどは文字通り不眠不休でもあった。生きた人間なら、倒れないほうがおかしいほどである。
そんなオーバーワークな兄をモクバが心配しないはずがなく、さらには倒れたときも
『モクバには知らせるな。心配をかけたくない』
そしてベッドから起き上がれないと知ると、
『モクバはこの部屋に入れるな。あいつに移したくない』
といわれてしまえば ―― これ以上、自分のことで気を使わせることはできなかった。
だから、大事な兄サマが寝込んでいても側についてはあげられないモクバは、当然心配で胸が張り裂けそうな思いをしていたのだが ――
(でも…今回、瀬人様がお倒れになったのは疲れからのことで、移るとかという問題ではないと思うのだが…)
磯野としてはそう首を傾げたいところであるが、海馬が言うことは絶対である。そして、それはモクバにとっても同じことだった。
だから城之内が見舞いと称して訪れてくれたのは、本当にありがたいことで ―― モクバも内心は嬉しいものの、そこは海馬瀬人の弟であるから、あからさまな礼は口には出せなかった。
むしろ口には出さないどころか、ヘンに勘ぐってしまったりして ―― 。
大体、なんで城之内が見舞いに来るのだろう?
兄サマとの相性は最低サイアク…あえば、滅茶苦茶に言いくるめられているはずなのに。
まさか具合が悪いから、弱ってるところを見に来た?
いや、それにしては親身になっているのは間違いないし、そもそも学校をサボってまでくるか?
いや、城之内のことだからそれもアリかもしれない (←信用ないな、城之内…)。
「とにかく、ちょこっと顔見りゃ帰るからよ」
呼ばれもしない見舞い客(客でもないか?)のくせに逢わせろとはデカイ態度をと思わなくもなかったが、なんだかんだと言って仕事がらみでなく来てくれる存在は嬉しくないはずがない。だから、
「…ちょっとだけだぞ」
結局、最後は折れてしまうモクバであった。



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「いいな、兄サマの顔を見たらさっさと帰れよ。寝てたら起こすなよ!」
「判ってるって」
部屋の前で ―― 流石に小声で念を押されて中に入ると、そこは城之内が住んでいるアパートよりもはるかに広くて、はるかに物が少ない殺風景なものだった。
流石は海馬コーポレーション社長のプライベートルームであるから、その全ての家具調度が一流のブランド品であろうコトは想像に容易いが ―― それだけである。
無駄なものは一切ない。
大きなマホガニーのデスクに、ノートとディスクトップのパソコンが2台。
壁にはなにやら訳の判らない本がぎっしりと並べられた堅牢な本棚。
それから作りつけのクローゼットに ―― 天蓋付きのキングサイズのベッド。
そしてそのベッドには、この部屋の住人が静かに眠っていた。
「海馬…」
囁くというよりは、音にすらならないように口の中でその名を呼んでみたが、呼ばれた当人はやや荒い息を継ぎながら目を伏せていた。
おそらくは発熱によるものであろう。いつもなら透けるような白皙の肌がほんのりとピンクに染まり、それでなくてもスレンダーな身体が、更に心なしか小さく見える。
酷く頼りなく、切なく見えるのは ―― おそらくあの蒼穹の瞳が伏せられているからだろう。
「ったく、なんでこんなになるまで無理するんだよ…」
同じ高校生なのに、海馬と自分では背負っているものが余りにも違いすぎる。普通の高校生なら、とてもその重圧には耐えられないだろうと思うのに。
海馬だって、普通の高校生となんら変わりはないはずなのに。
普段なら絶対に思わないが、こんなふうに弱っているところを見てしまうと、無性に切なくて見ているだけでも辛く思ってしまう。
いつでも1人で強がって見せて、どんなに辛くても弱音なんて吐かなくて。それどころかそんな辛さすら自分を鼓舞する糧にして。
まるでダイヤモンドの原石のようだ。地球という強大な重圧の元に輝きを増していく、世界で最も硬い原石のように ――
いつかは、その重圧に耐え切れず、元素に戻ってしまうのではないかと思ってしまえるほどに ―― 。
そんな言い知れない不安を感じたその時、不意にその場の雰囲気が一変した。
「…何しに来た?」
いつもと比べれば流石にその威力は半減しているが、しかし、海馬の蒼穹は迷うことなく真直ぐに城之内を見つめていた。
「あ…悪い、起こしたか?」
「偶然目が覚めただけだ。それより質問に答えろ」
やや力もないが、それでもその高慢な口調は健在である。
「質問?」
「…何故、貴様がここにいる?」
「あ…見舞いに来てやったんだよ。寝込んだってモクバから聞いたからよ。モクバのヤツ、すげえ心配してたぜ」
と、少なくともそれは嘘ではない。
ただ、遊戯たちと一緒に来なかったのは、学校が終わってからではバイトがあってくることができないのと、できたら1人だけで来たかったという気がしたから。
「お前、モクバも締め出してるんだってな。守ってばかりじゃなくて、たまには信用してやれよ。モクバだってお前の役に立ちたいと思ってるんだぜ?」
と柄にもないことを言うと、
「…貴様に言われるまでもないわ」
プイっと視線を一瞬そらした姿は、まるで悪戯がばれた子供のようにあどけなかった。
しかし、そんな珍しい表情もすぐにいつもの不敵なものに変わってしまい、
「フン、どうせ貴様のことだ。それを口実に新型ディスクを貰い受けようというのだろう?」
「あのな、幾ら俺がビンボーだからって…」
「違うのか?」
珍しく単刀直入に言われて、流石に城之内も「違う!」とはいえず…
「ふん、愚か者め。待っていろ、今、モクバに持ってこさせてやる」
「え? あ、いいよ、そんな…」
「黙れ、言うとおりにしろ」
そう言って海馬はベッドから身体を起こすと、サイドテーブルの電話を取り上げ、なにやら通話をしていた。
そしてものの5分とたたないうちに大きな箱を抱えたモクバが姿を現した。



「兄サマ?」
「ご苦労だったな、モクバ。それをこの凡骨にくれてやれ」
モクバに対するときと城之内に対するときとではまるで別人のような違いが顕著である。
もちろん今更気が付いたことでもないので、城之内もあえて文句は言わないが、
(ま、少しは本調子に戻ってきたってコトか? それならそれでいいか)
「受け取ったら、貴様は帰れ」
「兄サマ !?」
既にこの辺りの傾向は城之内も読んでいる。だからあえて反論はする気もなかったが、流石にモクバはそうは行かなかった。
まぁ大事な兄サマが、凡骨と見下している城之内と仲良く談笑なんてありえないのはわかっているが、一応は見舞いに来てくれたのだから。
しかし、
「貴様は今日もバイトがあるのだろう? こんなところで油を売っている暇があったら、少しでも稼ぐことを考えるべきだな」
「あ…」
バイトがあるなんて話はモクバだって聞いていない。それなのに海馬は今まで熱で浮かされていたのに全て把握しており ―― 「仕事」ということに関しては自他に厳しいことをモットーとしている海馬だから、自分のせいで差し支えがでたなどとは言わせられないのだろう。。
「そうだな。俺も生活がかかってるからよ。まぁそんだけポンポンと言ってくれるならもう大丈夫だな。あまりモクバに心配かけんなよ」
「フン、貴様には言われたくないわ」
迫力にはやや欠けるが、それでもその瞳はデュエルしているときのようにキラキラと輝いている。
(やはり海馬はこうでないとな、こっちの調子が狂うぜ)
そんな思いを胸に閉じ込めて、城之内はドアを開いた。
「じゃ、これはありがたく頂いとくぜ。また、学校でな」
「…そのうちな」
返事など期待していなかったのにそんな答えを貰って、城之内は嬉しそうに笑うと、そのまま海馬邸をあとにした。




Prologue / 02


一応、W闇サマがいらっしゃる世界では、まだ城海じゃないんですよ。
友達以上恋人未満ってやつ?
モクバとは精神年齢が近いせいか気が合うみたいだけど?

初出:2003.10.12.
改訂:2014.09.28.

evergreen