天国に一番近い島(33,333 Hits)


「ああ、判ってるって」
どこか心配そうに見上げるモクバの頭をくしゃっとかきあげると、遊戯は苦笑の混じった顔でウインクをした。
「ちゃんと海馬には夏休みを取らせるから。モクバも安心して林間学校を楽しんで来いよ」


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―― ザザザザ…
(波の音…?)
耳鳴りのように聞こえてくるその音に、海馬はゆっくりと目を開いた。
「…どこだ、ここは?」
素肌に触れるのは真新しいシーツの感触。
まぁそれはいいだろう。
だが、開け放たれた窓の向こうに広がっているのは、白い砂浜と真っ青な海。当然、カーテンを揺らしてこの部屋に流れ込む風には潮の香りが伴っており ―― そもそも、こんな部屋は見覚えもない。
(ちょっと待て。昨夜は確か、仕事が終わって屋敷に戻って…)
海馬の所有する屋敷は童実野町でも最も豪奢で一等地に建立されているのは確かだが、そもそも童実野町に海はあってもこんな海岸は存在しない。
というか、どう考えてもここは日本とも思えない。
そして己の設計したバーチャルシステムがいくら優秀だといっても、流石に嗅覚にまで影響を及ぼす性能までは不可能のはずである。
だが確かに届けられる潮の香りは、作り物には思えない。
それに昨夜は ―― と、忌々しい記憶を辿ってみれば、
「やっと御目覚めか、海馬?」
「やはり貴様の仕業かっ!」
諸悪の根源、破滅招来体、息をする非ィ科学的存在なヒトデ頭の出現に、思い切り拳固で応えたのは言うまでもない。
「…イテッ、海馬。お前、コレは相棒の身体なんだぞ。少しは手加減しろよな」
まさか目覚めと同時に拳が飛んでくるとは思わず、見事なクリーンヒットが決まる。だが、
「煩いっ! それよりも、ここはどこだ、遊戯!」
「どこって…オレとお前の愛の巣だぜ☆」
―― バキッ!
流石に第二弾は紙一重で交わして ―― 交わしついでに掴んだ手の甲に口付ける。
「ったく、朝から元気なヤツだな。ま、それはそれで構わないが…それより、腹減ってないか? なんたってオマエ、丸一日眠ってたからな」
「な…んだと?」
外の気配はどう見ても朝である。ということは、遊戯の言うことが正しければ、一昼夜眠り続けて翌々日ということになるのだが、普通に考えればそんなことはありえない。
そう、ましてや寝ている間にどこか別の場所に移されるなんて ―― どこかの凡骨デュエリストとは異なり、そこまで寝つきは深くない。
そもそも元軍需財閥である海馬コーポレーションの若き総帥である。現在はアミューズメント界に転進したと言っても、未だ恨み辛みを引きずっている負け犬どもはゴマンといるし、アミューズメントの世界でも蹴散らしたザコはジュウマンといるだろう。
そんな愚か者どもを更に地獄に突き落とすべく、攻撃は最大の防御と常に臨戦モードである海馬にしてみれば ―― 一昼夜安眠を貪っていたなどと、信じがたいのも当然のことだ。
となれば、考えられるのは、
「…貴様、オレに何をした?」
「何って…覚えてないのか?」
そう言って、取った手を手繰るように抱き寄せれば、流石にこの状況分析に気を取られていた海馬は難なく遊戯の腕の中に抱きとめられ、
「昨夜…いや、もう一昨日か。あんなにイイって言ってたのに、もう忘れたのか?」
耳元でそう囁けば、一瞬にして白皙に朱が走った。
「ま、確かに、仕事明けで疲れてるところを押し倒したのは悪かったけどな。でも、オマエだって随分と気持ち良さそうだったし。そもそもアノ最中にすがり付いてきたのはオマエの方だぜ? もっとって…」
等と、すっかり忘却の彼方に送っていたアレコレを逐一再現されでもすれば ――
「なっ、貴様。そういう意味ではないわっ! ///」
ますますキレイな桜色の肌を艶めかせて、攻撃力3000に匹敵する正拳が飛んできたのは言うまでもない。


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事の起こりはいつものアンティルールだった。
当然、海馬の狙いは遊戯の持つ三幻神のカード。
それに対する遊戯の方は、
「オレが勝ったら…そうだな。夏休みのオマエを独占する権利が欲しいぜ」
「夏休み…だと?」
その日は丁度一学期の終業式の日で、普通に言えば明日からが夏休みである。
7月の後半から8月一杯という、約1ヵ月半にも及ぶ長期休暇は、はっきり言って学生だけの特権である。
しかし、
「ああ、だが心配は要らないぜ、海馬。夏休みっていっても、まさか明日から9月までとは言わないからな。KCの夏休みは8月のお盆を挟んで3日間だろ? その期間だけでいいぜ」
そう、学生なら1ヵ月半にも及ぶ夏休みも、社会人ともなればそうは行かないというもの。ましてや世界に名立たる海馬コーポレーションの総帥ともなれば、たかが3日といっても確保できるとは限らないものだ。
そして、もし確保できたのなら、当然のごとく最愛の弟であるモクバとの時間にあてがわれるところだろうが、
「今年の夏休みは、モクバは林間学校に行くって言ってたはずだよな? だったらオマエは特に予定もないだろ?」
「フン、そもそも夏季休暇など、取る予定もないわ」
確かにそんな事をモクバが言っていたのは聞いている。
そのため、この夏はモクバには一切のビジネスの予定は組み込まず、小学生らしい夏休みを満喫できるようにと配慮させているのも事実。
そうなれば、当然海馬への負担が大きくなるのは眼に見えているのだが、
「オマエな…社長がちゃんと休みを取らなきゃ、下に付く社員だって休みづらいだろ? たまには磯野サンにも里帰りさせてやれよ」
「…余計な世話だ」
確かに磯野のほかにもスタッフは数多く存在しているが、海馬の並外れた言動についてこれる者といえばその数は恐ろしく限られてくるのも事実である。おかげで磯野の夏休みの申請は受理されても、それが申請どおりに実行された試しは ―― 海馬が社長になってからは皆無と言ってもいいほどで。
勿論それは海馬が社長命令で撤回させたというものではなく、磯野自身が後々の苦労と引き換えに自ら取り下げているのも事実なのだが ――
「それとも何か? まさか仕事に梃子摺って、休みすら取れないなんていうんじゃないよな?」
そんなことをニヤリとしながら呟けば、
「な…んだと? 貴様、言うに事欠き…」
「そうだよな。天下の海馬コーポレーションともあろうものが、たかが夏休みを3日くらいとったところで、どうこうするとも思えないし」
「当たり前だわっ!」
―― となるのはお決まりというもので。
そして、海馬本人がアンティにかかるデュエルに、遊戯が負けるはずもない。
見事な三連勝を飾ると、怒りにわなわなと震える左手に口付けて、
「約束だぜ、海馬。楽しみにしてるからな」
そう言って遊戯は窓から出て行くと、KCの夏休み前夜まで姿を現さなかった。
そして、負けたことを認めるのは癪であっても、そこは真面目な海馬のこと。
翌日からはいつもより20%増の稼働率で仕事をこなし、KC全社が夏休みに入る前夜には、全ての課題業務は終了させていた。
「流石、兄サマだぜぃ」
一人だけ夏休みを満喫することには流石に気が引けていたモクバも、その夜遅くに帰宅した海馬を迎える目にはいつも以上の尊敬が浮かんでいて、
「じゃあ、兄サマも明日から仕事を休めるんだね!」
「ああ、大丈夫だ」
「良かったぜぃ。やっぱりオレだけが休むのって気が引けちゃってさ。じゃあ、オレも明日は早いからもう寝るね。兄サマも楽しんできてね」
明日から林間学校に出かけるモクバである。確か明日は童実野駅に早朝集合だとは聞いていたが、「オレも」という同格系の副詞が気になるところ。
だが3日の休みをもぎ取るために、KCのマザーコンピューターにあらゆることを想定してプログラミングしてきた疲れには流石に勝てず、
「あ、ああ。モクバも気をつけろよ」
そんなふうにありきたりに応えて自室に戻ったときには、既に日付は変わっていた。
そう、既にその時点で「夏休み」になっていたと言われれば ―― それは確かにそのとおりで。
「お帰り、海馬。約束の「夏休み」だぜ☆」
そう待ち構えていた遊戯にいいくるめられて、ベッドに連れ込まれたのはそれから30分後だったところまでは記憶に残っていた。


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「…で、オマエが眠っている間に、磯野サンに頼んでおいたバトルシップを出してもらって、ここまで運んでもらっただけだぜ☆」
結局、一昨日眠りつく寸前までやっていたあんなことやこんなことを再現され、白皙の肌をうっすらとしたピンク色に染め上げた海馬は、ぐったりとベッドに沈み込んでいた。
―― が、確かに身体は何度も追い詰められた快楽に耐えかねていても、スパコン並の演算能力を誇る海馬の頭脳までがフリーズすることはありえない。
「それだけではあるまい、遊戯」
「えーっと…そうだな、あとはここがモクバが今回の夏休みのためにって、用意してくれたってことか?」
「そんなことではない。この俺が、勝手にバトルシップに乗せられて気が付かずに眠り呆けておったなどと、普通では考えられん」
激しい情事の後である。先ほどまで追い詰められて流した涙に濡れて、海馬の蒼穹は深い海の色のように艶めいているが ―― それでも、事と次第によってはただでは済まさないと、その瞳が語っている。
「言え、遊戯。何をした?」
「だから、大したことじゃないぜ。折角眠っているのを起こすのが忍びなかったからな」
「…それで?」
「えっと…ちょっと催眠ガスを…」
無味無臭で後遺症なしということらしいが、元々そう言ったもので好き勝手にされることは鳥肌が立つほどに毛嫌いする海馬である。
(まぁ普通、好き好んで催眠ガスなどを吸いたがるものもいないだろうけどな)
そして案の定、その一言を聞いた瞬間、海馬の蒼穹は海よりも深いコバルトブルーに染め上げられていく。
「遊戯…貴様…!」
と同時につい先ほどまでは縋るようにシーツを掴んでいた繊手が空を切り、
「うわっ…と、まぁ怒るなって、海馬」
「煩いっ! よくも人を謀りおって…」
少し頬が赤いのは、恐らく今までの情事の後遺症というよりは、不覚に眠る自分の姿を想像してのことであろうが。本気半分、照れ隠し半分と読み取る遊戯だが、海馬の場合、本気が5%でも入っていればそれだけで十分殺傷能力はあるというもの。
だから、すこしでもフォローしようと、
「心配するなって。ちゃんとオマエを抱き上げてシップに乗せたのはオレだし、可愛い寝顔だって他のヤツには見させなかったぜ?」
「抱き上げて…だと? しかも、この俺の寝顔だと…!?」
実は全然フォローになどなってはいないと思うのだが、既に一杯一杯な海馬である。
勿論、目が覚めれば絶対に怒るだろうとは思っていた。
だがそれでも ―― そんな風に騙すようにつれてきたのは、
「だって、オマエ。そうでもしなけりゃ、絶対に仕事から完璧に手を離すなんてこと、ありえないだろ? こんな南の島にまでパソコン持込じゃあ、折角の休みが勿体無いぜ?」
ノートパソコンだけでなく、ご愛用のデュエルコートにはKCと直通で話せる小型マイクが仕込んである。衛星を介しているとか、まぁ難しいことはさっぱり判らないが、とにかく二人きりでいるには、余計な雑音は極力避けるのが得策というものだ。
「貴様…」
「まぁいいだろ? 元々、アンティは夏休みのオマエを独占することだったんだから。それに、3日あるって言っても、往復で2日使っちまうんだから、ここで楽しめるのは1日だけなんだぜ」
そう、今は一切のしがらみから開放されていても、明日の夜にはKCのバトルシップが迎えに来ることにはなっているから。
「いいだろ、たかが1日だぜ? それくらいは会社もモクバも青眼も忘れて、二人だけの時間を過ごそうぜ☆」
折角のプライベート・アイランドだ。
蒼い海で心行くまで泳いでもいいし、砂浜を散歩してもいいだろう。時間は1日と限られているのだから、精々有効活用すべきと促せば、
「まぁ…いいだろう。元々、アンティ・ルールでもあるしな」
そう自分に納得させるように呟く海馬は、それでもどこか楽しそうに感じたのは気のせいではないようだった。



しかし ――



「ところで、遊戯。俺の着替えはどこにある?」
「え?」
「いつまでもこんな格好でいるなど、幾らバカンスとはいえ自堕落にも程があるぞ」
そう言って、シーツを巻きつけたままベッドから降りると、海馬は細い腰に手を当てて
「折角だからな。散歩でも海水浴でも楽しむべきなのだろう?」
そういう態度は、既に「俺がここにつれてきてやったのだ」とうような気がするのは ―― 間違いない。
そして、
「えっと…ほら、ここに来るのに、オレはオマエを抱き上げてて、両手が塞がってからな」
「…で?」
「だから…オレが持ってきたのはオマエだけで…」
因みに遊戯も今は一糸も纏わぬ姿だが、床には一昨日の夜と同じTシャツとジーンズが包められて落ちている。
その一方で、海馬の着ていたスーツや、バスローブでさえここには見当たらないようで、
「ほう? まさか貴様、この俺にこんな格好でいろというわけではないだろうな?」
キングサイズ用のシーツをまるで天女の羽衣のように纏うと、空よりも海よりも深い蒼が遊戯をとらえた。
「ま、気にするなよ。ここは俺たちしかいないプライベート・アイランドなんだから。楽園のアダムとイブみたいに生まれたままの姿で愛し合えれば…」
「冗談ではないわっ!」
速攻で否定した挙句、思いっきり遊戯のヒトデ頭を枕で押しつぶしたのは言うまでもない。


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