三度目の女神  by 栗原真(伝文殿)


<1>
先に手紙が来たのは遊戯の所へだった。
ペガサスからの招待状。ビデオレターでなかった事が、一応安心感をもたらしていたが。
指定日時に空港まで行けば、専用機が待っている。
相変わらず金持ちだよな、と呟いたのは、本田だったか城之内だったか。
「デュエリストじゃなくても、本当に大丈夫なの?」
杏子が遊戯の隣で訊ねれば、本田も同じ思いだったのだろう。雑誌から顔を上げて遊戯を見た。
「うん。『お友達は皆連れて来てくだサーイ』って、書いてあるんだ。
 招待って言ってもデュエル大会じゃなくて、パーティーみたいだし。」
だから、今この飛行機の中には。
招待状が届いた遊戯、城之内の2人のデュエリストに加え、本田、杏子、獏良が乗っている。
「何のパーティーなんだろうね〜?」
獏良が視線を上に向けるのだが、そこに空が有るわけでなく、天井しか見えないが。
「デュエルはするみたい。デッキ持って来るように、とは書いてあるし。」
「言われたから、一応は持って来てるけどよ…俺のデッキなんか、どうしろ、だぜ?」
本田が手にしているのはデッキケースである。あたしも、と杏子がケースを取りだしている。
「おっし!んじゃ、到着するまで、この城之内サマがお前等のデッキを強化してやるぜ!」
見せろ、とばかりに手の平を上にして差し出しているのだが。
「してもらうなら、遊戯だよな。」
「そうよね。」
顔を見合わせて、本田と杏子が言えば、獏良が遊戯の向こう側で既にデッキを開いており。
「僕のデッキはね〜これ、このカードをメインにしたいんだ!」
そう言って示したカードが、ダークネクロフィアだった。
「うげ…お前、ソレ使ってたじゃねぇかよ…。」
「確か、ウィジャ盤とコンボ、じゃなかったっけ?」
バトルシティでの記憶を辿るように言っても、獏良はキョトンとしている。
「そっか、闇人格の方の記憶って無かったんだよね。え〜っと、ソレと、ウィジャ盤でコンボがあってね…」
「うわ!遊戯っ!ソレ教えるのかよ!」
その時のコンボをそのまま実現させようとでも言うような遊戯のアドバイスに、城之内が慌て始める。
「でも、攻略法は分かってるんだよ。だから、デッキの中のコンボの1つ、で入れておくにはいいんじゃないかなぁ、って。」
ダークネクロフィアとウィジャ盤のコンボを破ったのは。
「あ、あぁ…そう、だよ、な。」
闘いの中で、打ち破る戦術を展開したのは。
「うん。もう1人の僕…アテムが、このコンボの弱点を突いたからね。」

闘いの儀により、遊戯はアテムに勝利している。
だから、遊戯がアテムよりも強く、彼がデュエルキングなのだ。
と、遊戯は思えない。
確かに、アテムの渾身のデッキに向かって行った。そして、勝利を収めた。
だが思うのだ。
仮に、その資格があったとして、自分は『神』を3体投入したデッキで闘えるだろうか?と。
『神』が居る、それを前提として、それを打ち破る為のデッキだった。
カウンター的なデッキだったと言えないだろうか?と。
果たして自分は『神』をフィールドに3体、並べる事が出きるだろうか?
デュエルの中で、それが可能だろうか?
『神』の重さに、耐えられるのだろうか?
それを易々と従えられる彼が、キングだと、王だと言われる事には、ひどく納得いくのだ。
海馬の言う「デュエルキングの称号」その重さに、自分は耐えられるのだろうか?と。
海馬にとっては、アテムこそが彼の言う「デュエルキング」なのだろう。


「そういや、俺達が呼ばれる、って事ぁ、海馬のヤローも来るんじゃねぇか?」
「来るかどうか、はともかく、招待はされてる、って見るべきね。」
なんせペガサスの招待なのだから、あの海馬がスンナリと来るかどうか疑わしい。
「あ、御伽君は来るみたいだよ。メール来てたから。」
獏良が、ひょいっと顔を上げて告げる。
世界中を飛び回る父と連絡を取る為に、獏良の携帯は海外へそのまま持っていけるタイプである。
「え〜っと、孔雀舞さん、だっけ?彼女と合流して来るんだって。」
「場所はキングダムだけど、面子はバトルシティみたいね。」
「リシドやマリクも来んのかな?」
イシズ達が来れば、確かにバトルシティでの決勝トーナメント進出者達が揃う事になるだろう。
「ねぇ…これって、ただのパーティー、なのかな?」
ふと遊戯が漏らす。
どういう事だ?と視線が集中する。
「イシズさん達は分からないけど…
 デュエル大会でもなくて、ペガサスが招待するパーティーで、これだけのメンバーを揃える、って、何か変じゃない?」
「確かにな。何かウラがあってもおかしくねぇ。」
本田が相槌を打ちながら返すが、その『ウラ』が何なのか?は、その場の全員が推測不可能だ。
「でも、ま、行ってみれば分かるんじゃねぇか?」
「そうよね。今回は、王国やドーマの時とは違うんだし。」
「仲直りしたいのかもしれないよ。遊戯君とさ。」
喧嘩してた訳じゃないんだけど…というか、喧嘩するような関係でもないような…
遊戯がそんな事を考えて、上手く言えないままでいれば。
「あ〜静香に声掛ければよかったぁ〜!!」
思い出した、と城之内が頭をぐしゃぐしゃにしながら叫んでいた。

そして、数時間後。
思い出の地、デュエリストキングダム開催地であった、俗称「ペガサス島」へと到着する。



「ウェルカムで〜す!」
島のほぼ中央に位置する城の入り口で、相変わらずハイテンションなペガサスが両手を目一杯広げて出迎えてくれた。
「さぁ、これで全員揃いました〜!」
ウキウキと言う形容がピッタリな程の足取りでペガサスは城の奥へと進んでいく。
「他の皆様は既にご到着です。どうぞ、ペガサス様の後を着いて行って下さい。」
側近であるクロケッツが幾分腰を折りながら指し示す通りに、全員ゾロゾロとペガサスに着いて行く。
「あの、他に誰が来ているんですか?」
遊戯が目の前の背中に向かって問えば。
「OH〜言っていまセンでしたカ〜これは、失敬。
 エジプトより、イシュタール一族の御三方と、御伽ボーイに、孔雀舞。それに…彼を忘れてはいけまセ〜ン。」
横向けた表情が悪戯っぽく笑っている。
「もしかして、海馬君?」
「勿論、モクバボーイもデ〜ス。」
ニッコリと微笑んで返される。
「それで、一体何のパーティーなんだよ?」
「そうそう。するからには、理由があるんじゃないかしら?」
本田と杏子が言えば、ペガサスはキョトンと目を丸くして足を止めていた。
「WHY?ユー達は、彼の『仲間』、友人だった筈デ〜ス。何故、知らないのデスか?」
「てめーの招待状に、何も書いて無かったのが悪ぃんだろ!」
「日時とかしか、無かったよね?」
城之内の言葉を裏付けるように、手紙を見せてもらっていた獏良が遊戯に問えば、遊戯も頷いている。
それを黙って見下ろしていたペガサスだったが。
「…ふぅ〜ん…そうデスカ…彼は、貴方達には知らせていなかった…成る程。」
先程の悪戯っぽさより、更に、企み顔になったペガサスが呟く。
「どういう事?ペガサス?」
くくくっ、と笑いながら。
「見れば分かりマ〜ス!さぁ、部屋に到着しました。存分に、驚いてくだサ〜イ!」
ドアを開けようとしたメイドの手を制して、ペガサスは自らの手でドアを開いた。

ガランとした空間の向こうに、ベランダがある。
そこに立っている1人が、海馬である事は見知った姿であるから分かるし、その隣にモクバが居る事もすぐに分かった。
海馬を真ん中にして、もう1人。
モクバと反対側に居た、その人物のシルエットは、確かに見覚えがある。
ドアを開いて、その姿を目にした遊戯が立ち止まった事で後ろから着いてきた者達が何事かとのぞき込み。
同様に、声を無くして立ち竦んでいたのだが。
「あれ〜?もう1人の遊戯君じゃないの?」
ドコまで行ってもマイペースな獏良の声が、当人を振り向かせていた。
「あぁ、到着したんだな。」
「何ボサーッ、としてんだよ。早く部屋に入れよな。」
モクバの声に促されて、足は動いていたらしい。


「…どういう、事?」
まだ目を丸くしている遊戯が問うのだが。
「冥界の扉の向こうに行ったけど、戻って来ちゃったの?」
何故か事態を把握しているらしいのは、獏良だった。
「簡単に言えば、そうなるな。向こうでちょっと、色々あってな。一応、現世で生きる事になった。」
「色々、って?」
「話せば、長くなる。成功報酬、って所かな?」
苦笑しながら、彼は答えている。
記憶世界でのゲームで見た、ファラオとしての姿の彼を目の前にしている。流石に、服装はシャツにジーンズとなっているが。
「え、っと…アテム君、でいいんだよね?」
獏良が小首を傾げながら確認するように言っているのを聞いて、ようやく。
「あ、あぁ、そうだよ!遊戯のまんまじゃ、紛らわしいんじゃねぇ?」
「そうじゃないでしょ、城之内。元々、アテム、って名前なのよ!」
「ってか、何時、戻って来たんだよ?」
最後の本田の言葉に、何故か海馬が苦々しい表情をして、ペガサスが答えていた。
「海馬ボーイの所に現れた、ソウデスね?」
「海馬君の所に?」
アテムでなく、海馬でもなく、遊戯はペガサスを仰ぎ見て問うていた。
「ハイ。ミーはそう聞きました。」

ペガサスが言うには。
海馬の元に、ある日突然沸いて出ていたらしい。
そのまま、しばらく過ごしていたのだが、海馬との商談の際同行していた事で知ったのだ、と。
それならば、皆を呼んでお祝いしましょう、と言い出したのはペガサスだったらしいのだが。
「沸いて出た?」
その表現の、余りにもな言い方に突っ込みを入れてしまったのだが。
「目が覚めたら、目の前に居たのだ。沸いて出た、以外にどう言うのだ。」
フン!と、そっぽを向いて海馬が言い放つ。
その『沸いて出た』日から数えて今日は6日目なのだそうだ。
連絡をしようと思っていた、とはアテムの言葉なのだが、その後が。
「よくよく考えたら、相棒の家の電話番号すら知らなかったんだよな。」
ケロリと言い放つ。
知っている番号はあったのか?と訊ねれば、海馬の携帯の番号、と答えが返って来た。
まさか、知ってる電話番号の所に現れた、って訳でもないのだろうが。
「だから、海馬に調べてもらって連絡しようと思っていたんだが、海馬も忙しくてな。
 そしたらペガサスがパーティーをする、と言い出した。だから、まぁいいか、って。」
「…あんまり、良くない。」
ちょっと拗ねるような言い方になってしまったのは、この際仕方ないだろう。
「なんだよ、嬉しくないのかよ?俺、遊戯がすっげー喜ぶだろうな、って思ってたんだぜぃ。」
モクバが一連の遣り取りを呆れたように見ていて、ツイと口を挟んだ。
「だってさ、コイツ、ずっと居られるんだ、って言ってるしさ。」
そうだ。
理由や、何時何処に、なんて事よりも。
「嬉しくないのかよ?」
今、彼はココに居る、のだ。
そして、これからも、共に居られる、のだ。
「…嬉しいよ。」
「…うん、良かった。」
「おかえり、でいいんだよな?」
「やっぱ、俺達は仲間だよな!」
「また、よろしくね。」
どうして?の方が強かったせいで、素直に喜ぶ事が遅れてしまった。
アテムを取り囲むように輪が出来た所で、部屋のドアが開かれる。
「お待たせ!久しぶりだね、皆!」
「アタシも、結構久しぶり、になるのかしら?」
御伽と舞が部屋に入って来て、輪に加わっていく。
その後から入ってきたのは。
「城之内!皆!元気か!」
「マリク!リシド!おう、当ったり前だぜ!」
たたっ、と駆けて来たマリクと城之内が、ガシッと腕を組み合わせている。
その後ろに居るリシドが、体を空けるように動かせば。
「お元気そうで何よりです。」
「イシズさん!」
ニッコリと微笑んでいるイシズの姿があった。
先に到着していた彼等は、アテムと顔を合わせていたのだろう。
特に何か言うでもなくその姿を当たり前のものとして受け止めていた。



<2>
「さぁ、役者は揃いまシタ!クロケッツ!磯野サン、お願いしマ〜ス!」
ウキウキとした口調でペガサスが、一段声を高めれば。
海馬とペガサスの側近が仲良く並んで部屋に入って来る。2人共、1台ずつワゴンを押している。
「マシン作動します。」
磯野が低い声で告げれば、ブゥンと軽い音がしたようだった。
そしてクロケッツが。
「皆様、本日はお集まり頂き有り難うございます。
 アテム様の生還記念パーティーを開催いたしますに、ペガサス様より2つのご提案がございます。
 まず1つ目ですが、この後お部屋を移動して頂きますが、そこは簡易カジノとなっております。
 チップは実際の金銭に換金出来ませんが、最終的に一番勝ちの多い方には賞金を出させて頂きますので、皆様是非楽しんで下さい。
 ディーラーは、そちらにいらっしゃる孔雀舞様、と、もう一方お呼びしております。」
ニコニコしている舞は、この為に呼ばれた訳でも無いだろうが、昔の経験がある所を見込まれたのだろう。
「もう一方、舞様のお手伝いをして頂く方を選んで頂きたいのですが…どなたか、ご指名はありますかな?」
クロケッツに言われて、舞がぐるっ、と辺りを見回す。
「じゃあ…杏子ちゃん、どうかしら?女同士なら気兼ねも無いし、やりやすいわ。」
ススッと杏子に近寄った舞が、その耳元で囁く。
「それに、バイト料出るわよ。」
「やるわ。」
即断即決。杏子は頷いて、舞のサポート+フロアレディとなった。
ウェイトレスじゃないの!と叫んだ杏子の言葉は聞き流すとして。
ゲームに参加して賞金を、という訳にはいかないものの、この面子を前にして勝てるような気はしない。
ならば地道にバイト料をもらった方が将来の為でもある、と瞬間に判断出来る辺りが、女の強さだ。
「決まったようですな。では、お二人はこちらの鍵を。」
手渡された鍵を持ち、着替えの為に移動して欲しいと言われる。
舞は普段の露出の多い格好だが、そのままでディーラーをやる訳にもいかないだろう、と制服を準備してあるらしい。
「その方が、気分がシャキッとするわね。」
杏子にも準備されているらしく、2人は部屋を出て行った。

「さて、もう1つですが…」
クロケッツはチラと視線を磯野に流した。それを受けて頷いた磯野が息を吸い込むと。
「もう1つは、皆様にパーティー用に準備しました服装に着替えて頂きます。
 どのような服装になるか?は全て、くじ引き、ビンゴマシーンで決めて頂きます!」
磯野が言い終えると、ソリッドビジョンのダークラビットが現れる。
「服装は既に準備済み、このラビットが止まった方が、その服に着替えて頂く事になります。」
そして、磯野はペガサスへと顔を向ける。
「それでは、始めまショウ〜!ファニィ〜ビンゴーっ!」
ペガサスのどテンションの高い声と共に、ラビットは『ケケケケケ』と笑いながら部屋の中をはね回り始める。
「まず最初の衣装は!『タキシード』デ〜ス!」
言えば、ラビットの服装がそれに変わる。
そして、このラビットが取り憑いた者がその服を着る事になる、という事だろう。
「ストーップ!」
ペガサスが声を掛ければ、数度はね回った後、1人の人物の上に浮かぶように停止している。
「OH〜アテムボーイですカ〜。」
つまり、そうやって衣装を決めて行こう、という事で、それがペガサスの『お遊び』なのだ、とは分かった。

「さぁ〜どんどん行きマァ〜ス!」
アテムには、クロケッツより鍵が手渡される。その鍵の合う部屋に衣装があり、ソコで着替えろ、という事らしい。
「次は〜『ブラック・マジシャン・ガール』!」
ペガサスの言葉に素早く反応したのは、童実野高校生達だ。
「って、コスプレかよー!!」
「マジシャン・ガール、って、女、居ねぇし!」
「ここに居りますわ。」
思わず叫んだ城之内と本田が、イシズの微笑みに『どうもスイマセン』と素直に小さくなっていた。
その影で『恐い、恐い…』とマリクが言っていたとか、いないとか。
そして、ラビットが止まった人物は。
「…本田、お前ぇ、どっかで運落としてきたな…」
「言うな、城之内…」
「本田君のBMガールかぁ〜胸、どうするの?」
「言うなぁー!獏良ぁー!」
クスクス笑っているイシズが、意趣返しなのはともかく。クロケッツに鍵を渡され、ガックリ肩が落ちる本田であった。

「そして、次は〜『ブルーアイズホワイトドラゴン』!」
「って、ソレ着ぐるみかー!」
跳ね回るラビットが、正しく、着ぐるみ状態で。海馬が嫌〜な顔はしていたのだが、特に文句は出ていなかった。
そして、止まった人物が。
「オヤ?ミーですカ?」
ペガサス本人であった。
「あら、てっきり瀬人の所だと思っていましたわ。」
イシズの呟きに、何故か一様に頷く一同であったが。仮にコレが海馬に当たったとしたら、海馬の着ぐるみ姿を拝めた訳である。
「デュエルモンスターズ生みの親、という事で勘弁してやる。」
鷹揚に海馬はそれだけを告げていた。
一方で、着ぐるみを着用する事に何故かウキウキ気味なペガサスが居たのだが。

更にビンゴは続く。
「次は…『ハーピーレディ』!」
どうやら、ここに来ているデュエリスト達のデッキのメインモンスター達を選んでいるらしいのだが。
「舞、居ねぇぜ。」
いちいち突っ込みを忘れない城之内は流石だ。
「杏子も居ねぇしなぁ。」
それに律儀に返す本田も慣れたものだ。
ハーピィーコスのダークラビットが跳ね回り、停止した人物は。
「…良かったな…城之内。」
共に墜ちろ、と本田がガッシリと肩を掴んでいた。
「ちょ、待て待て待てーっ!いくらなんでもコレは無ぇだろっ!!」
BMガールよりも露出の多いハーピィーレディだ。その姿を想像すれば、ナカナカにキモさ抜群ではなかろうか。
「ん〜ソレでわ…次は『死者蘇生』としまショウ。
 コレが止まれば、もう一度やり直しが出来る、というコトでどうですカ〜?」
ペガサスの提案に、コクコク頷くのは城之内だけではなかった。
そして、止まった人物は。
「アレ?僕?どういう格好になるの?」
獏良だった。
「この他にも、途中でトラップ・マジック系カードがあります。それが止まった方は、もう一度ビンゴチャンスがありますので…」
磯野が付け足すように言えば、ほぅ〜っ、と本田と城之内の口から大きく息が漏れた。

そして、ビンゴは続く。
「ファラオのモンスターですのね。」
そう言ったイシズに止まったのは『クィーンズナイト』で、無難と言えば無難だっただろう。
「サイコショッカー…ですか。」
トラップデッキを駆使したリシドに、トラップサーチ&破壊能力のあるモンスターとは、皮肉なのか上手い取り合わせなのか判別しかねる所だ。
「悪魔のサイコロ。なんか、イースターみたいだなぁ。」
御伽にコレが止まった時、城之内が心底悔しがった。『オレのカードぉおおおお〜!』と。
「コレはトラップカードなので、もう一度チャンスがありますが、どうしますカ?御伽ボーイ?」
「あ〜でも、充分コスプレ出来そうだから、あるなら、コレでいいけど。」
クロケッツが強く頷いている所を見れば、準備されているのだろう。
もう一度、と言って、女性モンスターが当たるよりは、イースターちっくな格好の方がマシというものだ。

「え〜僕『聖なるバリア=ミラーフォース』?どういう格好?」
獏良に止まる。これは流石に何もやりようがないから、とリチャレンジの対象カードのようだ。
「死霊伯爵、かぁ…確か、獏良のデッキに居たと記憶するんだが?」
「え?そうなの?」
マリクがチラと獏良を見るが、実際闘っていたのは闇人格の方だった為、当人に記憶は無い。
「ちくしょー!マリク、変わりやがれー!」
例え『死霊伯爵』と言えども、格好だけはかなり普通なのである。中身がゾンビというだけで。
「いいじゃないか。まだ、トラップ・マジックは出てくるんだろ?」
いくらなんでもハーピーレディと交代、は頬を引きつらせながらお断りしてしまう。
その、城之内&本田の一筋の光明は。
「ええ〜?『融合』〜?」
獏良に止まってしまう。

「さぁ、まだチャンスはありマ〜ス!次は…『エルフの剣士』!」
ここまでで決まっていないのは。
海馬、モクバ、獏良である。そして、止まったのは。
「へぇ、モクバか。」
「う〜〜〜〜、どうせなら、兄サマのモンスターが良かったぜぃ。」
「モクバ!ソレが嫌なら、俺と変わろう!なっ、なっ?」
城之内と本田の2人に迫られて、モクバが一瞬驚いていると、間に海馬が割り込んでくる。
「平等な条件の元に指定されているのだ。文句を言う権利は貴様等には無いし、ましてや、モクバと交代なぞと言うでないわ!」
「んだ、とぉ〜っ!じゃあ、海馬っ!お前ぇんトコに、コレが来てたらどうした、ってんだよ!」
クロケッツに渡された鍵をずいっ、と差し出す。
その部屋にはハーピーレディの衣装が待っている。
「フン。この俺に、そんな雑魚モンスターが止まる訳無かろう。
 よしんば止まったにしても、貴様のように女々しく文句なぞ言っておらぬわ!」
「っかぁ〜っ!言いやがった、なぁー!じゃあ、何が来ても、着るんだな!」
「勿論だ。このビンゴのシステムは俺がチェックした。ランダムさに関しては、全く問題は無い!」
つまり、海馬監修の元にこのビンゴシステムが動作しているのだ。
くじ引きのようなものだが、ゲームに関しての『公平性』を保つ事には海馬は信頼出来る。
バトルシティ決勝戦での組み合わせや、準決勝の組み合わせにしても。
そこに、自分の意志だけが入り込む事を完全に排除する形のものを、としていたのだから。
「はい、ハ〜イ!良いデスカ〜?次に行きマース!『六芒星の呪縛』!」
そのまま海馬と言い争いをしていそうな城之内だったが、トラップカードを告げられて、期待を孕んだ瞳になる。
「止まれ〜止まれ〜俺に止まれ〜!」
念じるように、本田と2人で力んでいるのだが。
「え〜、また、僕トラップカードぉ〜?」
止まったのは獏良である。

ガックリと項垂れる2人をよそに、ペガサスの声が続く。
「さて、次は…『ドレス』ですカ。」
そんな名前のカードに心当たりは無い、とペガサスに向けられる視線に答えたのは、クロケッツだ。
「最初に、アテム様が『タキシード』でした。コスプレでないもの、として1組入っているのです。」
言い終わる頃には、ダークラビットが真っ赤なドレスを着ていた。
そして、見事、海馬の上にラビットが止まる。
「っしゃああああ!着ろよ!ぜってー着ろよな!海馬ぁああああ!」
勝利の雄叫びをあげたのは城之内だったが。
それでもハーピーレディよりも『普通』な格好である。
「ふ〜ん…俺と1対、な訳だ。」
先程自分が言った事もあった手前、苦虫を噛み潰した表情の海馬に、アテムが楽しそうな声で告げる。
「運命、かもな?」
「うるさいわ。まだ、チャンスは残っている。」
最後まで諦めないのがデュエリストのいい所でもあり、悪い所でもあるだろう。

「『マジカル・シルクハット』デ〜ス!」
ペガサスの声が、応えるようにマジックカードの名を告げる。
そして、ダークラビットが止まった人物は。
「僕、シルクハット4つ被るの?」
またもや獏良だ。
「獏良ぁああああ!」
その当たりの良さなのか、外れの良さに、流石にペガサスも海馬も呆れかえっていた。

「ふ〜む、残っているのは『ダークラビット』くらいデス。後は、トラップ・マジックでショウ?」
並んでいるクロケッツと磯野を見れば、手元で何やら確認をしており、ペガサスの言葉に頷きながら。
「他では『炎の剣士』『闇・道化師のサギー』『墓荒らし』くらいですね…。」
『墓荒らし』はトラップだが、カードの絵柄のままにコスプレが可能である、という事なのだろう。
「こうしまショウ。決まっていない獏良ボーイは、この中のドレかをする事になる訳ですから選んで頂いて。
 あと1回、トラップ・マジックでビンゴをして、終わりにしまセンか?」
これでリチャレンジしたとしても、残ったコスプレ衣装は今ペガサスが言ったものしか無いのだ。
「ならば『墓荒らし』でビンゴをして、それが獏良に止まれば決まり、
 他の者に止まったならば、まず獏良に選ばせ、残った中からその者に選ばせる、にした方がいいだろう。」
海馬が言えば、成る程とペガサスも頷いた。
「それでいいデスカ?獏良ボーイ?」
こっくり、と頷いた獏良を確認した所で声が上がる。
「あの〜僕も、決まって無い…」
ふと見れば、遊戯が手を上げていた。
「OH〜!説明を忘れていました!1人は、何の衣装もありまセ〜ン!」
なんだか、ここまで準備されていて衣装ナシは、つまはじきな気分にもなるのだが。
城之内や本田を見れば、無いならその方がいいのかな、とも思ってしまう。
いや、まだビンゴは続いていて、獏良か遊戯が『衣装ナシ』になるのだろうが。

そして、ようよう全員が決まった結果では。
獏良が衣装ナシとなった。ラビットはその姿のままで遊戯の上に止まったのだ。
「ふぅ〜む…思ったようにはいかないモノですネ〜。」
全てのビンゴを終えてペガサスが呟く。
同じ着ぐるみ、でも、やはりトゥーンを着たかったらしい。
そして、ブルーアイズホワイトドラゴンは海馬用、と思って準備したものだったらしいのだが。
それぞれ、部屋の鍵を持ち、メイドに案内されて移動する。獏良だけは、先に会場となる部屋に案内されるようだ。
さて、その出来映えや如何に?



<3>
獏良が案内されて行けば、わざと、であろう。照明のみで明るくされた部屋に通される。
カジノの定番、ルーレットやカードゲーム用のテーブルなどが大きな顔をして部屋の中を占めており、一角にはバーカウンター的なものもある。
「ほぉ?宿主サマはコスプレを免れた、って訳か?」
真っ黒なベストに蝶ネクタイをつけた、伸びっぱなしの白銀の髪をした男が1人、その部屋には居た。
「?君…」
記憶にあるような、無いような。だが、知っているようなそんな気がする人物。
「もう少し待ちな。皆来れば、説明してくれるだろうぜ。」
ニヤと笑った右頬に、大きな傷がある事に気付く。
「今日はオレ様、ディーラーなんだ。ま、せいぜいカモられないようになぁ〜?ひゃはは。」
上品とは言い難い笑いだったが、まだ誰も到着しないのだから、獏良はしばらくその男を相手に話していた。

まず入って来たのは、舞と杏子だ。
舞はディーラーらしく、ベストに蝶ネクタイ、白いシャツ、そして黒いズボンという出で立ちだったが、杏子はふんわりとした膝上のスカートに同じくベストに蝶ネクタイ。
踵の低い靴は舞のアシスタントとして動き回る事を想定した上での事だろう。
「あっ!」
部屋に入ってきた時に、杏子が息を呑む。それを見た男は、ニヤリと口の端を上げた。
「よぉ、王様も戻ってんだろ?オレ様が居ても、おかしくねぇよなぁ?」
「誰?杏子、あの男?」
「まぁ、まぁ。全員来てからの方が、説明は一度で済むぜぇ?」
「何か、企んでるの?」
あからさまな敵意を瞳に宿して、杏子が睨み付けるのだが、男は意に介さない。
「いんや〜?オレ様も予想外でな。今の所は、何もするつもりは無ぇぜ。」
信じられるもんですか、と物語る表情を舞が不思議に思いながらも、男の姿を見留めて。
「ひょっとして、アンタもディーラー?」
「あぁ、そうなるな。オレ様と…孔雀舞、アンタがこの場の『親』だ。
 アンタ1人で全員相手すんのはキッツイだろうが?んん?」
やれなくはない、だろうが、別のテーブルと掛け持ちで、というのは、それなりにキツイ。
ゲームに対する集中力が途切れるのだ。
見知った仲とは言うものの、プロの意地もある。
チップは賭けるが、それが直接金銭に直結しない。
勝ちが多ければ賞金がもらえると言うものの、純粋にゲームの勝ち負けを競える部分もある。
「そう。じゃあ、お互い勝ち越しを目指しましょうか。」
「そういうこった、な。」
「イカサマはするなよ。」
その場に居る事を認識していない人物の声が、不機嫌さを伴って聞こえてくる。
「よぉ。博打にイカサマは憑き物、だろーがよ?それに、見破れる、ってーぇなら、お手並み拝見?」
「フン。言ってろ。」
タキシードに身を包んだアテムが、ドアの所に立っていた。
ごく普通の服装だったせいか、一番準備が早かったようだ。
「へぇ〜似合うじゃない。」
舞が言えば、そうか?と苦笑混じりに首を傾げている。
その姿に、杏子が少し頬を染めた事に気付いたのは、舞だけだっただろう。

「リシド、それハズした方がいいんじゃないか?」
サイコショッカーの顔面につけられたマスクが、リシドの視界を奪っているらしく、かなり歩きづらいらしい。
メイドに手を引かれながらも足取りがおっかなびっくり状態だ。
「いいんでしょうか?」
くぐもった声で、死霊伯爵の格好で隣を歩くマリクに訊ねている。
「普通に歩けないんじゃ、カジノゲームも出来ないだろ?」
言われてみれば、そうだ。
「何か言われたら、もう1回つければいいさ。」
と、廊下の片隅にしゃがみ込んだリシドのマスクを、メイドとマリクと2人で外す光景があった。

「うわ!イシズさん、クィーンズナイトなんだ!」
盾と剣までご丁寧に持ったまま、イシズがクィーンズナイトの格好で到着する。
「似合うでしょうか?」
足の露出が多い為、少し恥ずかしいらしいのだが、
「似合ってる、似合ってる!ね、杏子!」
「うん!イシズさん、スタイルいいなぁ〜。」
女性達は三人で輪を描いて、きゃいきゃいやっている。
模造品の盾と剣は役に立つものではないし、かなり軽く作ってあるらしい。
一応持たされはしたものの、持ったままではゲームは出来ないだろう、なんぞと話をしていると、マリクとリシドも到着する。
「中身がゾンビじゃないと、あんまり雰囲気出ないもんだね。」
マリクの格好を見た獏良がポツンと漏らした。
「あっちの方なら、イケたんじゃねぇ?」
「アレはもう居ないぜ。」
アテムと頬に傷のある男が言う『あっちの方』は闇マリクの事だろう。
そうしていると、向こう側から賑やかな声が聞こえてくる。

「ほら!皆待ってるだろうから、行くよ!」
御伽の少し高めの声がする。
「〜〜〜〜っ、でもよぉ…。」
「だよなぁ…。」
「そんな事言ったって、しょうがないだろ!ほら、キリキリ歩くっ!」
低くブツブツ言う声は、城之内と本田だろう。2人を追い立てるような御伽の声の方がよく通って聞こえてくる。
「あ〜もうっ!ココまで来て、隠れたって同じだろー!」
『悪魔のサイコロ』の格好の御伽は、カードの通り、巨大なサイコロを背中に背負っている。
手に持っているのが本当なのだろうが、今その両手はドアの影に隠れている2人に伸ばされていた。
「あ!遊戯君、手伝ってよ!この2人、ここまで来て入りたくない、って言うんだ!」
半分怒り混じりに、廊下の奥へと声を掛けている。
最初に見えたのは、ウサギの耳だ。
「ほら、城之内君、本田君も、もう諦めなよ。」
着てしまった(着せられてしまった?)状態でココまで来たのだから、開き直ってしまってもいいじゃないか、と思ったりもするが。
せぇ〜の、という掛け声と共に、雪崩れるように入ってきた4人を見て。
「きゃ〜っはっはっは!城之内ぃ〜、アンタがハーピィーに当たったのぉ〜?」
「本田が、BMガールぅ〜?ちょっと、ソレ、アタシ用だったんじゃない!?」
ペガサスの意図としてはそうだったかもしれないのだが。
「うるせーっ!だったら、お前等が着ればいいじゃねーかっ!」
「着たいなら、今すぐ変わってやるっ!」
ドアの所でもんどりうった体勢を立て直して反撃する城之内と本田のお陰で、遊戯の着ぐるみには注目されなかったようだ。

「それは、いけまセ〜ン!パーティーが終わるまでは、その格好で居て頂きマ〜ス!」
上から降ってくる声に振り向けば。
ブルーアイズホワイトドラゴンの着ぐるみを着たペガサスが立っていた。
「アウッチ!」
部屋に入ろうとして、アタマの部分がつっかえてしまい、仰け反るものの何とか入って来た。
ただでさえ背の高いペガサスだが、その顔の上にブルーアイズの頭が来ているのだ。
尻尾まで含めれば、全長3メートルくらいにはなっている筈である。
そのまま部屋を見渡して、
「海馬ブラザーズがまだのようデスネ〜。」
そう言えば。
「オレなら、今来たぜぃ。」
ブルーアイズの後ろから、ひょこ、とモクバが顔を出すのだが、その拍子に兜がズルリとずり落ちる。
「んなデカイ格好でドアの前に立ってんなよな、ペガサス!」
モクバの言う通り、羽を広げた格好のブルーアイズの着ぐるみを着て立っていれば、正直邪魔でしょうがないと言うものだ。
「オ〜、ソーリー。ちょっとお待ち下サ〜イ。」
のっしのっし、と言う表現が適切な、幾分滑稽な動作でペガサスは歩いて移動する。
エルフの剣士、の兜を直したモクバは、よっこらせ、と剣を抱えて部屋に入ってきた。

「そちらの剣は、重いのですか?」
イシズが気になった風で訊ねてくる。
自分が持たされたものはとても軽く、子供であれば重さでなく大きさで苦労するだろう、程度だったのだ。
「うん、重いぜぃ。」
イシズの方がモクバに近寄り、手にしていた剣を持てば。
「確かに…コレは…本物じゃありませんか?」
そう、実際の使用に耐えうる代物ではないか、と見当をつければ、ペガサスが「その通りデ〜ス」と呑気に答えていた。
「ファラオなら、大丈夫かと思っていたのデ〜ス。」
一応、これらのコスプレにも『誰に何を』という想定があったらしい事を知るのだが、それも今更である。
「そのような物騒なモノを、モクバに持たせておけるか。貸せ。」
何時の間にやら。
真っ赤なドレスに身を包んだ海馬が、ひょい、と剣を奪う。
女性の正装の1つとなるローブデコルテのドレスに身を包んではいるものの、左足の側に深く入り込んだスリットから覗く白さが視線を奪う。
首に付けられたチョーカーには、ドレスと同じ真っ赤な、小さな薔薇がアレンジされている。
細い腰を惜しげもなく晒すそのラインに、アテムの目尻と口元が緩んでいた事を付け加えよう。
それは確かに、アテムのタキシードと一対なのだ、というのも頷ける。
そして、その姿でエルフの剣士の剣を片手にブラ下げている、というのも…。
「海馬…それは、しまってもらおうぜ。」
さりげなく、言ったつもりだったのだが。
「なかなか、良さそうだな。不埒者に持たせるには勿体ない程だぞ?」
ニマリと笑むその表情に、背中を冷たいものが降りて行ったのは1人2人ではなかっただろう。
「兄サマ、これ使えるの?」
「ふむ…もう少し、研ぎを入れた方がいいな。このままでは、突き刺すか殴り倒す事は出来ても、切り刻む事は出来んな。」
「するのかよ!海馬っ!」
自分の格好も忘れて、城之内が食い付いていけば。
「されたいのならば、してやるが?」
モクバが重いと言っていた剣を、軽く振り、正しく『エルフの剣士』よろしくポーズを決めれば。
「やめとけ!城之内!刃物持った海馬に逆らうんじゃねぇ!」
背後から本田が止める。
「ほぉ…?何やら、聞きずてならん台詞が、今、出たようだが?」
「わーっ!駄目だよ、本田君!海馬君刺激しちゃ!血の雨が降るよっ!」
「遊戯、貴様も命は惜しくないと見えるな?」
じりっ、と足が顕わになる事も気にせず間合いを詰める海馬に3人が一塊りになって後ずさる。

「ほぉ〜流石、神官サマは容赦ねぇなぁ〜。」
場の緊張をものともしない呑気な声が聞こえて、海馬の手が遊戯達の前から消えた。
ひゅっ、と音がしたかと思ったら、ゴッ!と鈍い音がして、バクラが蹲っている。
どうやら。海馬が剣をバクラにぶち当てた音だったらしい。
「ってぇええええ!何すんだよ!」
「俺は海馬瀬人だ。神官などではないわ。」
フン、と鼻を鳴らして剣を床に突き刺し手を置いてふんぞり返っている姿は…確かに、海馬瀬人だろう。
例えドレスを着ていたにしても。
「頑丈ですのね。あんな重い剣で殴られて、赤くなるだけで済むなんて。」
バクラが前髪に手を差し入れて「痛てて…」とやっているのを見ながらイシズが呟く。
「手加減してやったのだ。ディーラーを寝込ませる訳にはいかないだろうが。」
基準が今ひとつ分からないのですが、海馬サマ。
「磯野、コレは適当に処分しておけ。モクバが扱って怪我でもしたら困る。」
一体何処に居たのやら、磯野が出てきて、海馬から剣を受取り部屋を出て行った。
「よぉ、昔の方が可愛気があったんじゃねぇ?」
「今も充分、可愛いぜ。」
「それで、コイツは何者なの?」
どうやら知った顔らしいが『アタシは知らないんだけど』と舞が説明を求める声を上げた。


「はぁ…つまりは、敵だった、って事?ソイツが何で、一緒に居るのさ?」
簡単に説明されたとは言うものの、裕に30分は越えている。
「コイツも、千年アイテムの犠牲者だから、だろうな。」
アテムがポツリと呟くのに、けっ!と嫌そうな表情をするバクラである。
「盗賊王と言われた『バクラ』は確かに居た。だが、俺達が記憶世界で闘ったのは『ゾーク』だ。
 ゾークは、バクラを傀儡にしていたんだ。クル・エルナの唯一人の生き残りである、バクラを利用した。」
その辺りの区別を、他の者に理解させる事は難しいだろうと思い、そこで説明をやめた。
「今は、バクラだ。ゾークじゃない、それでいいんじゃないか?」
「てめぇにもらうお許しなんざ無ぇぜ。」
「貴様もだが、俺だって記憶を取り戻しているんだぜ。」
ニヤリとアテムが口角を上げれば、バクラは瞳を伏せた。
「さ、ソレでいいデスカ〜?ゲームを始めまショウ〜!」
よっこいせ、とクロケッツに手伝われながらペガサスが立ち上がる。皆、コスプレ衣装はそのままだ。

ディーラー2人が付いた席は、ルーレットにカードテーブルだ。
「コレ、クラップスだよね?俺、親やろうか?」
テーブル上に描かれた図を見ながら御伽が告げる。2個のダイスの出目合計で勝負をするゲームだ。
「ルールが分かるのデスカ?」
「まぁ、一応ゲームデザイナーが職業ですし。」
一通りのゲームルールについては精通しているつもりだ、と付け加える。
ルールを完全に把握しているのであれば良いだろう、とペガサスがオッケーを出して、それぞれテーブルに付き始める。
御伽のクラップスのテーブルについたのは、マリクとリシド、モクバ。
バクラのカードテーブルには、城之内、本田、獏良、遊戯。
舞のルーレットに、アテム、海馬、イシズ、ペガサス。
杏子は、テーブルの間をワゴンを押しながら移動している。
チップを受取り、ゲーム開始となる。
それぞれのテーブルで歓声や落胆の声が上がり始め、盛り上がりを見せだした。


マリクもリシドも、そしてモクバも、カジノのような場所で遊ぶのは初めての事である。
「一番簡単な方法でベッドしようか。」
クラップスには、いくつかの賭方法があるが、
1回サイコロを転がすだけで勝ち負けが決まる「フィール・ベッド」という方法を御伽は教えていく。
「まず、このフィールドボックスに、賭ける分のチップを置く。全員賭け終わったら、サイコロを振る。
 2つのサイコロの合計値が2,3,4,9,10,11,12が出れば、賭けた人の勝ち。
 5,6,7,8が出れば負け。2,12が出た時には、賭けチップが倍になって戻ってくる。OK?」
うんうん、と3人が頷くのだが、頷く度にモクバの被っている兜がズレる。
「ソレ、取っちゃった方がよくない?」
「デカイんだよなぁ…コレ。」
頭を動かす度にずるっ、と視界を塞がれる事にうんざりしていたらしいモクバは、御伽の言葉に同意しながら、かぽっ、と兜を外した。

「さぁ〜て…何をやるかね?ポーカーでもするか?」
トランプを手の中でバラバラと弄びながらバクラが見回せば、コックリと頷くのは遊戯と獏良だ。
ルールを完全に把握しているのは、この2人、という事だろう。
「役とか、そういうのは知ってるけどよ…こういうカジノで、ってのはよく分かんねぇ。」
本田が言えば、チップを賭けるタイミングくらいのもんだから大丈夫だろう、と告げられてシャッフルしていたカードが配られていく。
5枚のカードを手にしながら、
「さぁ、始めようぜ。」
ニヤリと頬の傷を歪ませたバクラがゲーム開始を宣言していた。

「見た事はありますが、こういうのは初めてですわ。」
イシズが微笑みながら言えば、
「簡単よ〜色は赤か黒、後は数字、コレを選んでチップを賭ける。後は、この玉が止まった場所が当たり。
 色と数字がドンピシャ当たればそれが勝ち。」
だから、複雑な事は余り考えなくていいのだ、と舞が言う。
「ハ〜イ、どちらかお好きな色、そして、自分の好きな数字に賭ければ良いのデ〜ス!」
「まるっきり、運まかせ、ですの?」
「カジノゲームとは、たいがい、そういうモノだ。」
赤いドレスで腕組みをしてふんぞり返っている海馬が漏らす。
隣には、タキシード姿のアテムが、それを楽しそうに眺めている姿があった。
「海馬、勝負しようぜ?」
「しているだろうが。何を寝言をほざいている。」
「そういうのじゃなくて、だな…ルーレットじゃあ勝負がつきにくいか。カードにしようぜ。」
「アテムボーイ、トランプはいいですが、今夜はデュエルは禁止デ〜ス!それは、明日のイベントの予定デ〜ス。」
ペガサスの頭の中で思い描かれている「ペガサス島滞在プラン」を話してもらえる事は無かったが、どうやらデッキ持参にも理由はあるらしい。
「舞、ちょっと俺達は離れるぜ。」
アテムは一言断りを入れると、海馬の腕を引いて立ち上がらせ、空きテーブルへと移動する。

2人、向かい合わせに座って杏子が持ってきたトランプを受取り、シャッフルを始めた。
「ブラック・ジャックにしよう。いいな?」
「それは構わんが。」
海馬がアテムの意図を掴めず訝し気な表情をしている。
「俺が勝ったら、今日これからのゲームにお前は参加しない事。俺の膝の上で見ていてくれ。」
「はぁ?」
珍しく素っ頓狂な声を出した海馬と、自分の間にシャッフルしたカードを置くと。
「お前、ゲームしてる時が一番ヤバイ瞳してるの、自覚してるか?」
「何だソレは。」
してないな、と思いはするものの。
ゲームをしている時の海馬の表情は、イイ。
真剣勝負になればなるだけ、目まぐるしく、魅力的に、その表情を変えていく。
目の前で対戦していられれば文句は無いが、それを他人に拝ませるのは御免被るというもので。
デュエルは仕方ない、と諦める事も出来る。
自分以外との対戦で、ソコまで熱くなる事は余り無いから、というのも理由になるだろうか?
「膝の上、というのが分からんな。」
山札をカットしながら海馬が問う。どうやらゲームをする事に異存は無いようだ。
「オレに当たったコレ、と、お前のソレ、ペアなんだろ?」
言いながら、自分が着ているタキシードと海馬の着ているドレスを指差す。
他はモンスターのコスプレなのだから、例えドレスと言えども、まだ普通に見えるから不思議と言うものだ。
「それと膝の上と、どう関係があるのだ。」
「俺達は『お揃い』だ、って見せ付けられるじゃないか。」
テーブルに肘をついて、無邪気に笑いながら言われても、その根拠が全く不明である。
『そんな危険な格好のお前を、その辺に放置しとける訳ないぜ。』
というのがアテムの本心ではあるが。
そんな事を言おうものなら、着替える、と言い出しかねない。
渋々ながら。自分が関与したくじ引きマシンで当たった事もあって、ちゃんと着ているのだから。
これは、このままでいてほしいのも、正直な気持ちだ。
立ち居振る舞いは満点以上。しかも躊躇わず、何時も通りに振る舞うせいで、スリットから覗く脚線に視線が固定される。
開いた胸元、肩、背中。そんなものを他人に晒すのは余り気分の良いものではないのだが、だからといって、頼んでもこんな格好はしてくれないだろう。
たまには(?)眼福を味合わせて頂こう、という心積もりもある。

「こういうゲームに、そこまで興味はそそられないのでな。見ているだけ、と言うならそれでも構わん。
 だが、貴様の膝の上というのは却下だ。」
「何だよ、勝利の女神を抱いてちゃいけないのか?」
「誰が、だ。」
「お前。」
今度は海馬がテーブルに肘を付いた。ただし、額にその細長い指を当てて、頭痛を抑える仕草の為だが。
「ゲームは1回でケリを付けようぜ。賭けるのはチップじゃない。いいな?」
つまりそれは、負けたら膝の上、という事なのだろう。
この男の思い付く事は分からん…と思いながらも。生来の負けん気が出てしまう。
要は、勝てばいいだけの事なのだから、と。
「親はどっちが?」
「お前が決めていいぜ。」
ならば、と海馬が親となり、カードを2枚ずつ配る。
ブラックジャックは、カードの合計値が「21」に近い方が勝ちである。
2〜10の数札は、そのままの数字で計算するが、絵札の3枚は「10」として計算する。
そして「A(1)」は、「1」「10」のどちらかを選択出来る。
「21」ちょうど、になるのは「A」と「10、絵札3枚」の組み合わせしか無い。
そして、海馬は1枚のカードを表にした。親は、最初に引いたカードの内1枚を表示するルールである。
表にされたカードは「A」。
『成る程…流石、引きがいいな…これで、海馬がもう1枚カードを引けば、今の手札は9以下だって事だ。』
アテムの手元には、3とクイーン。合計値は13である。
もう1枚追加するにしても、それが9以上のカードであれば合計値が21を越えてしまい、自分の負けとなる。
「俺は、もう1枚引く。」
言って、海馬は山札から1枚引いて確認すると、場にカードを伏せた。
これで海馬の手札合計が最初は10以下だった事が分かる。何をひいても、21を上回る事はないだろう。
「さ、どうする?」
アテムの側は、かなり際どい所だ。21以下となるカードは7枚。それを越えるカードは6枚。
だが、海馬がカードを引いた、という事は。今の自分の手札合計「13」では、勝率はかなり悪い筈だ。
「オレも、もう1枚引くぜ。」
どうぞ、とでも言いたげに、海馬が手の平を上にして山札を示す。
一度目を閉じて。カードを1枚引いた。
「どうする?」
もう1枚引くかどうかを訊ねているのだろうが、このゲームに関して言えば、たいてい3枚目まで引けば勝負がつく。
それ以上カードドローするのは、手札に2だとか3だとか…そういう数が揃った時くらいだろう。
「勝負だぜ。」
アテムが言えば、海馬が裏にしていたカードを表に返していく。
「A」の隣には「8」そして「ジャック」。合計は19になる。(1+8+10=19)
「じゃあ、オレの方。」
今度はアテムが自分の手札を開いていった。
「3」「クイーン」そして…「7」。合計20だ。(3+10+7=20)

「オレの勝ちだぜ。ハートの7。俺の愛の力だな。」
ニヤリと笑みを浮かべるアテムに。
「ほざけ。何が『愛の力』だ。まだ、引きが強かった、の方が納得がいく。」
文句を言いつつも、賭けた条件はスンナリ受け入れるらしい。珍しい事もあるもんだ、と思っていれば。
「要するに、貴様が俺の椅子代わり、クッション代わりになる、というだけだろうが。」
そういう方向に考え直したらしい。
甘い響きとは無縁の物言いに、そういうのとは違うんだぜ、と言いかけたが。
それで本人が納得して大人しく膝の上に収まってくれると言うのならば、その方がいいか、と、やはりこちらも考え直す。
微妙に方向はズレているものの、当初の目的は果たせるのだし、と。
双方共に、実に前向きな姿勢である。



<4>
「っかぁ〜!また、負けかよ!」
アテムと海馬の勝負がついた頃。城之内の声が響いた。
「ひゃ〜っはははは!さ、チップは回収、負けはこむ、ってな!
 これで、賞金はお前ぇ達に入って来るこたぁねぇぜ!」
幾度か勝負があったらしいのだが、その全てに親であるバクラが勝利している。
「なぁ〜んか、腑に落ちないんだよねぇ…。」
獏良が小さな声で、顔を向ける事なく視線だけを遊戯に向けながら呟く。
「うん…ちょっとね。でも、確かめる方法なんて分からないし…。」
そうこうしながらも。
「も1回、やるか?」
「おぅ!負けっぱなし、は流石に悔しいからな!」
自腹を切っている訳ではない、という事が、珍しく本田もゲームに熱中させているようだ。
城之内と2人で、バクラに再戦を挑むらしい。
ちょっとトイレ、と獏良は遊戯を誘って連れ立って行く。
「獏良君?どうしたの?」
流石と言うべきか、トイレも広い。
個室と言うより、デパートなどにあるような作りで、手洗いの所には大きな鏡がそれこそデカイ顔してしつらえてある。
「あのね…多分、バクラはイカサマしてると思うんだ。あれだけの役を連続で作り上げるなんて考えられないよ。」
遊戯も不思議に思っていた事だが、有り得ない事じゃないから、となるべく頭から追い出そうしていた考えだ。
「確率計算的にも、きっとおかしいんだろうし、何より、バクラって奴…そういうの楽しむタイプじゃないかな?」
獏良は実際にその身に宿していたからだろうか。
直接的なコンタクトをした訳ではないのに、かなり的確に性格を把握しているようだ。
「でも、だからって、それを見破れる訳じゃないから…」
そう、これまでのゲーム、気にしつつも見破る事が出来なかったのだ。
「うん。だからさ、見破ってもらおうよ。」
どうやって?誰に?と疑問を顔に出せば。
「見破れそうな人、あのテーブルについてもらおう。遊戯君が頼んでくれれば、大丈夫だろうしね。」
ニッコリと獏良が微笑んだ。既に人選は決まっているのだろう。

戻ってきた獏良と遊戯が向かったのは、先程まで自分達が居たテーブルではなく。
ゲームに参加する訳でもなく、カードを手慰みに遊んでいるアテムの所だった。
海馬に『貴様がゲームをする時だけ』膝の上に居ればいいのだろう、と言われた挙げ句、少し休憩だ、と告げられてしまい、海馬はモクバの居るテーブルへと向かっていたのだ。
ゲームをするな、とは言われたが、観戦するな、とは言われていない。
普段カードを扱う時には丁寧なのだが、それがDMのカードではないから、なのだろうか?
片手から片手へ器用に滑り落とすようにしては、まるでマジシャンのように捌いている。
「もう1人の…ううん、アテム。」
その名を口にすれば、確かに彼がそこに居て、彼は自分とは違う人物なのだと。
今更のように、思考ではなく染み込むような認識が沸き起こるのだが。今はそれに浸っている場合ではない。
「あぁ、何だ?相棒?」
言ってから、少々バツの悪い表情をして。
「いや…遊戯。」
言い直す。
自分も、そして彼も。長くはない時間の中で、そう呼び合う事に慣れ親しんでしまって、つい口をついて出てしまう。
言い直すのは。
決別ではなく、区別だ。
自分と彼が、別の人格、別の人物である、その事をハッキリと意識している、という、その意志表示だ。
「あのさ、ちょっとお願いがあるんだ。」
少し身を屈めて、声を落として、理由と事情を説明する。

「フン…いいぜ。」
ニヤリと笑ったその表情と、その言葉に、別の誰かさんを連想させるものがあるのだが、それは言わないでおいておこう。
と考えた時、アテムがその人物の名を呼んだ。
「海馬!ゲームをするぜ。カードだ。バクラのテーブルに行く。」
モクバについて、屈み込むようにしながら見ていた海馬が体を真っ直ぐに上げる。
その表情は、見事に不機嫌だ。
椅子から立ち上がりアテムは海馬の元へ行くと、テーブルから少し離れた所で小声で少し話をした後、バクラが親をしているテーブルへと着いた。
「おや、王様がココに来るたぁ、ね?」
先程のアテムに劣らないカード裁きを見せながら。
そのかなり節の目立つ大きな手で、ソコまで器用にカードを操れるのか、という方が不思議に思えるくらい、バクラの手の中でカードは踊るように流れていく。
「しかも、神官サマ付?」
宿主と遊戯が何やらアテムに話していた事を気付いていないバクラではなかった。
勘付いてはいるのだろうが、見破れない、といった所で、王様のお出ましを願ったという辺りだろう。
バクラの軽口に、海馬が文句を言うより先に、アテムの口が開いていた。
「違うぜ。俺の『勝利の女神』さ。覚悟しろよ、バクラ?」
深く椅子に座ったアテムの膝の上に海馬が座った時には、城之内も本田も目を点にしたものだったが、その眉間に寄せられた皺と、引き結ばれた唇で、決して望んでこうなっている訳ではない事は理解した。

腰を支えるように回されたアテムの腕を、ぺし、と軽く叩いて。
「誰が『神官』で、誰が『女神』なのだ。そういう言葉に相応しそうなのがアソコにいるだろうが。」
果たして『女神』と形容していいものかどうか分からんがな、とまでは言わなかったが、海馬が向けた視線の先にはイシズが居た。
「へぇ。お仲間は分かるってか?」
本当に、イシズが6神官であったアイシスの転生であるかどうか?はともかく。
アイシス時代を知っている側としては、それを海馬が言い出した事の方が物珍しい感じである。
だが海馬だけでなくイシズにも、過去の記憶などありはしない。
「珍しく、瀬人が女性を褒めましたわね。」
言われたのが自分であるにも関わらず、他人事のようにイシズが呟く。
女性であれば『女神』と言われて余り悪い気はしない、と言うものだ。
「本当〜海馬君、珍しい〜」
杏子がサンドイッチの皿を各テーブルに配りながらイシズに同意していた。
その皿が来た事と、アテムが席に付いた事で、城之内と本田が一旦ゲームから離れた。
勝敗もだが、食欲を満たす方を優先したらしい。
「ってか、何でサンドイッチなんだよ…もっとゴーセーなモン出してくれてもいいんじゃねぇ?」
それでも材料に使われているのは、かなり高級な食材ばかりなのだろうが。
「カジノにサンドウィッチ、コレが一番由緒正しいサンドウィッチを食べる場所デ〜ス!」
城之内の憚らぬ声にペガサスが返す。
それを、補足したのはモクバだった。
「あのな、サンドイッチってのは人の名前なんだぜぃ。
 ソイツが、こういうゲームしながら片手で食べれるモノを作れ、ってシェフに作らせたのが最初なんだ。
 それで、その人の名前がついたって訳。」
これを海馬が言えば城之内が更に食ってかかったのかもしれないが、モクバだったという事で「へ〜ぇ」と感心するに留まっていたのだが。
「フン…余程のゲーム好きだったのだろう。」
アテムの膝の上でふんぞり返った海馬が付け加えるように言えば。
『テメーにだけは言われたくないだろうよ!』と、満場一致の声が心の中で上がっていた。
「確か、伯爵なんだよね。サンドイッチ伯爵。
 昔は貴族が食べていたモノだと思えば、ちょっとリッチなメニューだったのかもしれないよ?」
御伽が言えば、少し場の空気が…局所的に和らいだらしい。
城之内と本田がサンドイッチの皿を手に、覗き込んでは「コレが、リッチなメニュー?」「昔って、食生活貧しかったんか?」等と顔を見合わせている次第だ。

アテムと海馬の目の前にも皿があるのだが。
「海馬、食わせてくれ。」
満面の笑みで、腰を支える腕はそのままに言えば。
「片方空いているだろうが。」
と返されて、空いていた片方を更に回して両手の指を組ませる。
「空いてない。だから、食わせろ。」
腕で作った輪の中に居るような状態になってしまっているのを険しい視線で見下ろしながら。
「…そんな事まで条件には入っていなかった筈だが?」
「オプションだぜ。ゲームをしてれば、片手はカードで塞がるだろ?
 コレは、ゲームをしながら食べるものだ、って言うなら俺は両手が塞がる事になるからな。」
今はゲーム中ではない、と反論した所で、じゃあ始めようかと言われて結局は「食わせろ」になるのだろう。
「フン…まぁ、エサをやっていると思えばいい。」
この俺手ずから食わせてやるのだ、光栄に思うがいい!
ついには足を組んで膝の上に座っている海馬が、高笑いを1つした後で、パーティー料理的に一口サイズの正方形に切られたサンドイッチを摘んで、口を開けて待っているアテムへと食べさせている。
足を組んだ拍子に持ち上がる生地が、その奥を垣間見せるように動き、まるで誘われているかのような錯覚を起こす。
海馬本人にとっては、ただのクセのような動きなのだが、着ている服が男を煽るものへと変えていた。
ただ、アテムに食べさせている姿というのは、どうみたって海馬の言う通り『エサをやる』に見えるのだが。
「そんなんでも、嬉しいんかねぇ…。」
引きつった笑いと小さな呟きを漏らしてバクラが見た先に居るアテムは、確かにそれでも嬉しそうだし、海馬は海馬で得意気な顔をしている。
王様ご執心の神官サマが一筋縄でいかなかった事は知っている。
現世でもそれは変わらない所か、王と臣下という立場が無くなった以上、より困難になっている筈なのだが。

そんな事を思っていれば、海馬がバクラを見ていた。
「とっととゲームを始めろ。」
そう、親であるバクラが動かなくては始まらないのだ。
「2対1?」
そりゃあ、ちっとキツイんじゃねぇ?とおどけたように付け加えてみる。
他の面子ならともかく、いくら運任せに近いとは言うものの、この2人が組むタッグが強力である事には変わりなく。
「いや、俺はゲームには口出しはせん。」
「あぁ〜それで『勝利の女神サマ』ってーワケね。了解。」
バクラの言い草に、一瞬ムッとした表情をする。
『ははっ、カ〜ワイイねぇ〜いちいち反応されちゃ、王様も楽しいってワケか。』
口に出していたなら、それなりの罵詈雑言があっただろうが、口にしない辺りがバクラの保身術なのだろう。
ともあれ、ポーカーが始まる。
一時休戦の城之内や本田も空き椅子に座って、ゲームを観戦していた。
5枚のカードがそれぞれの手元に配られる。扇のように開いて持ったまま、アテムはカードを睨んでいる。
バクラも自分の手札を確認する。
「さぁて、どうする?」
5枚のカードの組み合わせ、色・マーク・数によって作られる役の強さで競うゲームである。
「2枚、だな。」
アテムが手元から2枚抜いて場に伏せる。そして山札から2枚を引く。
「んじゃ、オレ様は総とっかえ、で。」
バクラは5枚全部の札を変えるらしい。
山札から5枚のカードを引き終わった所で。
「コール。」
海馬の声がした。
おや?という顔をしてバクラが見るのだが、海馬はアテムのカードは見ていない。
「出してもらおうか?」
ニヤリと口角を上げた笑みは『勝利の女神』と言うよりも『闘いの女神』が見せる勝利の瞬間の笑み、と言った方が正しいのかもしれない。
「…俺を前にして、通用する等と思うなよ?」
というよりゲームには参加しない、んじゃなかったんですか?という突っ込みはナシらしい。
「あぁ。バクラ両手を上げてそこに立つんだ。」
「バレちまったんじゃぁ、しょうがねぇよなぁ?」
アテムの言葉に、立ち上がる事はしなかったものの、両手を上げて手にしていたカードをテーブルの上に落としていけば、それは5枚ではなかった。
裕に20枚は落ちてきただろうか?
「げっ…ドコに持ってやがった!」
それを見た城之内が呆れ顔をしている。
「あ〜やっぱイカサマやってたのかぁ〜。」
前のめりになって落とされたカードを見る城之内と本田の背後で、獏良と遊戯が納得顔をしている。
「ま、お前ぇ達に見破れるとは思ってなかったけどな?王様にだって見破れねぇ方法だって取れたんだが…」
言葉を句切ってチラと、アテムと海馬に視線を向けてから。
「2人一緒に、ってなるとなぁ。それに、アチラさん達からも見られてたみてぇだし?」
バクラが言うのは、ペガサスとイシズの事らしい。
視線だけを動かしていたが、ブルーアイズの着ぐるみが体ごとこちらを向いているのが分かる。
ミレニアムアイを所持していないとは言っても、ペガサスはDMの生みの親だ。
ゲームルールを守る、という事は大前提でありイカサマなどもっての他。
それを行った者には相応の処罰を、という思考形態を持っている。
「ま、実際の金は動いてねーワケだし?オレ様をディーラーにした、ってぇ事はソレだって見越した上で、って事だろうから?」
見破られる事も承知の上だったのではないか、と思わせる。見破れなければ、そこまで、というワケだ。
この面子だからこそ、そんな『お遊び』も許容しているのだろう。
ホストのペガサスが許容しているのであれば、ゲストがとやかく言う事でもない。
「やはり、アテムボーイと海馬ボーイでしたカ〜。」
誰が見破るのか?という事も、ペガサスの密かなお楽しみだったようだ。


「んじゃ、ま、役所は終わったみてーだし。オレ様、ディーラー降りるわ。」
ついでに一勝負しねぇか?とバクラはアテムに持ち掛けている。
「アンティで。」
頬の傷を歪ませて、バクラが提案してくる。
まだ椅子に座ったまま、立ち上がって近付いて来たバクラに視線を合わせながらアテムは訊ねる。
「何をアンティにするんだ?」
その表情は余り楽しそうには見えない。
「勝負で勝ったら『勝利の女神』のキスがもらえる、ってのはどうだ?」
それこそ、相応しい報酬ではないのか?と余裕と挑発を含んだ視線で見下ろしてくる。
「Oh〜ワタシも参加したいデ〜ス!」
ブルーアイズの長い首を傍迷惑に振り回しながら、ペガサスが振り返って言ってくる。
げっ!という表情をしたアテムが素早く周囲を威嚇を込めた瞳で見回した。
『参加なんかするんじゃねぇぜ!』と、友人達に視線で訴えている。
コクコクコクッ、と一斉に縦に振られる首を確認してから。
「そんなアンティは認められないぜ!」
「ワタシが良いと言っているのデ〜ス。オッケーで〜す!」
ホスト権限発動のペガサスに。
「へぇ、王様は運頼みにゃ弱い、ってか?勝つ自信が無いんだろ?ひゃははは!」
仕掛けた張本人がそんな事を言ってくる。
くっ、と奥歯を噛み締めるものの。
勝ち負けではなく、大事なモノをアンティに出す、というのが性に合わないのだ。
これが、城之内達と『ハンバーガー1個をアンティに!』等と言うカワイイものであれば、まだ楽しめる。
負けるのが恐いからではない。だが、賭の対象として出せるようなモノではない。

「だいたい、海馬が認める訳が…」
「構わんぞ。」
その言葉に一番驚いたのは、アテムだろう。
「何故、俺が反対するのだ。ゲームをするのは貴様等だろうが。
 俺は、貴様との『アンティ』でゲームをしない事になっているだろう?もう忘れたのか?」
自分自身もアンティを持ち出しておいて、今更何を言うのだ、といった所か。
「ほぉ〜ら、神官サマのお許しも出たぜぇ〜オレ様のテーブルじゃなく…そっちでやろうじゃねぇか。」
ペガサスが座るルーレットのテーブルをバクラは指差した。
席を移動しつつ。
「海馬…お前、本当にいいのか?」
「何がだ。」
「お前の『キス』が、アンティになってるんだぜ?」
「今、何と言った?」
ピタッと立ち止まった海馬が、視線を前方一点に固定して地を這うような声を出していた。
「だから、俺は反対したんだぜ。」
分かってなかったか、とアテムは今更ながらにガックリ肩を落とす。
その胸倉を掴み上げて、
「何故、俺がキスなどアンティに差し出さねばならんのだっ!」
アテムに向かって怒鳴っているのだが。
「だから!俺は反対した、って言ってるだろうっ!お前が、構わない、って言ったんだぜ!」
「アレは、イシズか真崎か孔雀舞の事では無かったのかっ!?」
そう思ったからこそ、ゲームに参加しない自分には被害が及ばない&無関係、と思っていたらしい。
「どう考えたら、そうなるんだっ!『勝利の女神』だ、って散々言ってるぜ!」
「普通、キスがアンティならば、女性からのものだと思ってもおかしくあるまいっ!
 ましてや『女神』なんぞという言葉を使ったのだから尚更だろうがっ!
 何故、俺なのだっ!
 貴様等こそ、どう考えたらそうなるのだ!」
「ちょ、ちょっと、海馬君!アテム死んじゃう!」
身長差のせいで、掴み上げた胸倉を引き上げれば首を絞めてしまっていた。
遊戯が割って入り、窒息死寸前状態のアテムを何とか救い出したのだが。
海馬の、華氏0度な瞳は変わっていない。
この視線が向けられて窒息状態だったアテムは、素のままで宇宙遊泳を体験した気分だっただろう。

「…だ、からっ…俺は、反対してた、んだ、ぜ。」
多少咳き込みつつ。苦しそうにタイを緩めながら、海馬を見上げてアテムが言う。
視線の冷たさは変わらないが、噛み締めた唇が己の失態だと認めているらしかった。
反対していた理由は、海馬の為でもあるが、何より海馬が他の誰かにキスをするのが許せないから、とまでは言わない。
ゲーム参加者は、バクラ・ペガサス・アテムにルーレットのテーブルについていたイシズ、の4人。
ディーラーである舞は、勝ってもアンティを受け取るつもりは無いようだ。
「ね、姉さんも参加するのか!?」
テーブルから動こうとしないイシズにマリクが心配そうな声で訊ねている。その後ろにはリシドが同じような表情をして立っていた。
「えぇ。勝てば、瀬人のキス、なのでしょう?私が勝てば、それこそ大番狂わせだと思わない?」
ニッコリと微笑むイシズの真意がドコにあるのか分からないのだが、少なくとも今の状況を楽しんでいる事だけは伺える。
思案顔だった海馬が、何かを決意したかのような表情で顔を上げた。
「誤解していたとは言え、一度言ってしまったのだ。俺も覚悟を決める。」
「いいの?兄サマ?」
海馬の剣幕に殆ど誰も近寄れないような状況であっても、モクバだけは別で。
「仕方あるまい。構わない、と言ったのは俺だ。だから…」
その潔さには感心するものもある。
潔さすぎて困る時もあるが。
「アテム。」
厳しい視線が注がれる。
「俺を『勝利の女神』と言い出したのは貴様だ。責任を取って、勝つ事だな。」
フッと笑まれて、その挑発的とも取れる笑顔に見惚れ、呑まれそうになるのを、堪える。
「分かってるぜ。誰にも、お前のキスを奪わせるつもりは無いぜ。」
それに。
『勝利の女神』は自分の膝の上なのだから。これ以上の験担ぎは無い。
席に付けば、海馬が約束通りに自分の膝の上に来る。その腰に腕を回していきながら。
「俺は、勝つぜ。」
「当然だな。」
そんな言葉が交わされていく。



<5>
『どーでもいいけど、アンタ等、バカップルっぷりに磨きかけてどうすんのよ…』
ルーレットの玉を手にしながら胸の内だけで舞が引きつった笑いを漏らしていた事を知る人は居ないが。
「じゃあ、ストレートのみ、でいくわよ。該当者が居なかった場合はもう1回。どう?」
いくつかの賭け方があるルーレットだが、他の数字に跨って同時にいくつもの数字に賭けるのではなく、あくまで「1つ」の数字のみに賭ける、その方法を取ろう、と言うのだ。
その方が、勝ち負けはハッキリする。席に付いた全員が頷いた。
掛け金に意味は無い。それぞれチップコインを1枚ずつ数字の上に置いて行った。
「運は、運にまかせな、ってな。」
バクラはそう言うとテーブルの上でコインを指で上に弾き上げた。そのコインが落ちた場所は。
黒の22。
イシズは、赤の18にコインを置いた。
ペガサスは、黒の29。
「俺は、赤の…」
アテムがコインを1枚手にして置こうとした時。
「1。」
海馬が呟いた。
「女神の助言は無しデ〜ス!」
「そりゃ、不平等だろうがよ。」
「ええいっ!俺がアンティなのだから、文句を言うなっ!」
勝手に賭けの景品にされているのだから、多少の自己主張は認めろ、というつもりだったのだが。
「おおっ!神官サマ丸ごとか!」
「太っ腹デ〜ス!海馬ボーイ!」
「あら、どうしましょう。瀬人を全部頂けるんですの?」
「どうして、そうなるんだっ!」
立ち上がらん勢いでテーブルを叩いたのはアテムだ。
ただでさえ、キスをアンティに賭けられて不機嫌この上ない所に、この流れだ。
「お前、もう何も言うな…。」
恨みがましい目で膝の上に居る海馬を見上げたとしてもしょうがないだろう。
「煩い。貴様が勝てば問題無かろう。」
フンとそっぽを向いて言われてしまう。
そりゃそうだけどな、と思いながら、アテムは赤の1、の上にコインを置いた。
アテムが怒鳴ったせいで、海馬が怒鳴り損ねたらしいのだが、ふんぞり返る腰を支えた腕を外すつもりは無いらしいし、それを当然だとしている海馬もその姿勢を崩すつもりは無いようだ。
「それじゃあ、いくわよ。」
ホイールが回されて、舞が白いボールを投げ入れる。
カラカラと音をさせながら回っていくホイールとボールの行く末を、じっと見ている視線が何組もあった。
いや、正確には海馬以外の全員、だ。
音がゆっくりとしたものに変わってくると、固唾を呑むように場が静まっていく。

ドコに止まるのか?
白いボールの行く末を、ただじっと見守っている。

カラン。

大きくはない音をさせて、白いボールが収まった場所は。

「ウソ…」
思わず呟いたのは杏子だ。
「赤の1。お見事ね。」
舞がニッコリと笑う。
「どえええええええ〜っ!マジかよ!ドンピシャ当たりかよ!」
「煩い!凡骨!」
「ってか、海馬、何かしてねぇか?」
「するか!馬鹿者!凡骨2号が何をほざく!」
凡骨2号、ってオレの事っすか?と本田が引きつっているのは、まぁ置いといて。
「有り得ない事じゃないわよ。滅多に無いけどね。」
舞がそう告げる。
カジノ・ディーラーとして渡り歩いてきて、そういう瞬間を見た事があるし、それに、1点賭けで勝っていく強運の持ち主だって見た事がある。
ほぅ、とアテムが息を吐いた事を知るのは膝の上の海馬だけだっただろうが。
「やっぱり、お前は俺の『勝利の女神』だぜ。」
勝てて良かった、と心底思う。そして。
「勝者への報酬、あるんだよな?」
要求してみるのだが。
「数字を選んだのは俺だ。貴様ではない。」
「けど、色は俺が選んでるんだぜ?後からの追加分は今はいらないが、最初の分くらいは報酬があってもいいんじゃないか?」
「反対していたのは、誰だ?」
それを言われてしまっては立場が弱いのだが。
「構わない、と言ったのは、誰だった?」
こういう約束を反故にする事が無い奴だと知った上で追い詰めてしまうのだが、そう簡単に追い詰められてくれない事も承知の上だ。

「ならば、勝者に報酬を。」
アテムの膝の上に座ったままで、体を少し捻るようにしながら、両頬に手を添えて上向かせる。
伏せがちに閉じられる瞳と、ゆっくりと降ろされる唇に、何故か一同が先程以上に静まりかえって事態を見守っている。
その唇は。
やわらかく、触れていく。
時間にすれば、ほんの数秒にも満たない間だっただろう。
触れて、すぐに離れて行ったのだが。
「…デコチュー?」
獏良のポカンとした声が、今だ固まったままの一同から金縛りを解いたらしい。
不満そうな顔を見下ろしながら。
「キスをする、とは承諾したが、ドコに、という指定は入っていなかった。」
くくくっ、と声を殺して笑っているのは、相手が期待していた事が分かっているからだ。
「ま、いいか…。」
不満は残っているらしいが、他の誰かがその権利を持つ所だった、と考えればまだマシ、なのだろう。
「海馬もカワイイ事するわね〜。デコチューなんて、今時、中学生でもしないんじゃない?」
ケラケラッと舞が笑えば、あからさまにムッとした表情になる。
「そうそう、やっぱよ、キスっていったらココだよなぁ?」
それに便乗するかのように、バクラが自分の口元を指差している。
「私も、てっきりそうだと思って期待していましたのに。」
何をですか!イシズ姉さん!マリクとリシドは、海馬の事よりも姉(妹?)の言葉に1歩下がっている。
「残念デ〜ス!次は、場所も指定しまショウ〜。」
「そんな事はさせないぜ!海馬のキスは、全部俺のものだぜ!」
見事に鬼の形相でアテムが怒鳴り返しているのだが。
「そんなに、海馬からのキスが欲しいかねぇ?」
ブラックマジシャンガールの格好で首を捻る本田の隣で、ハーピーレディ城之内もウンザリ顔をしている。
「確かに、レアっちゃーレアかもしれないけどね。」
御伽が、流石に視界が悪いとバカみたくデカイ帽子を取りながら言えば。
「だよなぁ…海馬だぜ、海馬。なぁ〜んで、よりにもよってあんな奴からのが欲しいんだか。」
これがまだ、女性からならば、今ここに居る、舞・杏子・イシズの三人でも、例え恋愛感情が無くとも『海馬よりはマシ』だと思うのだが…と考えていたのだ。

が。
アテムの膝の上から海馬が降りたのは、本格的にアテムとバクラとペガサスの間で『もう1回、キスをアンティに勝負』をするのしないの、の口論に発展していたからだ。
勿論、アテムは猛反対をしている。
「全く…好き勝手言いおって。それ程アンティにしたいなら、自分ですれば良いのだ。」
杏子が押していたワゴンの上から、1つグラスを取り上げてクイと飲み干す。
改めて、そうして立っている姿を見れば。
『男のクセに、どうしてそんなに肌が綺麗なのよ!』
モデル並、いやそれ以上と言っていい容姿とスタイルである事は知っているのだが、更にコレは追い打ちをかけてくれる。
まぁ、確かに、コレで普通にタキシードだかスーツだかを着ていて『景品は海馬瀬人のキス』と言えば、ゲームに参加したい女性はいくらでも出てくるかもしれない、と、その性格を知っていても思う杏子である。
それに。
黙って立っていれば、今着ているドレスだって違和感無く似合っていると…思えてしまう。
胸こそペッタンコ、なのだが。ドレスのデザイン上顕わになっている胸元に覗く鎖骨が、その窪みすらハッキリと見せているのは痩せすぎな所もあるのだろうが。
続く肩、そして姿勢よく立っているその背のしなり具合。
「本っ当、アテム、面食いだよね…。」
しみじみと、溜め息まで付けて遊戯が呟くのは、二心同体時代があるからだろうか?
「黙って立ってれば、ね…。」
その呟きを耳が拾ってしまった杏子も、思わず同意してしまっていた。

その海馬は、喉を潤すとブツブツ言っている遊戯と愉快な仲間達の所へ歩を進めていたらしい。
そこにモクバが居たから、というのが一番の理由だったかもしれないが。
「兄サマからのキスなんて、俺だってしてもらった事無いんだぜぃ。金を積んで、してもらえる事じゃないぜぃ!」
ぶすぅーっ、とむくれたモクバが『レアどころじゃない』と主張していた所へ、やってきたのだ。
「?何だ、して欲しいのか?モクバ?」
きょとん、とした顔をして海馬はモクバを見ている。
「え?あ?え、ええーっと…」
例え家族のキスであっても、して欲しいと強請るには些か恥ずかしいと思う年齢になっている事をモクバも自覚していた。
子供っぽいよなぁ、と。
「お、オレ、そこまでもう子供じゃないぜぃ!」
それに。今だとそれ以外の理由を探してしまいそうになる恐さもある。

「海馬ぁーっ!俺以外の奴とするんじゃねぇっ!」
わざわざそんな大声を出さなくても聞こえる距離なのだが。
おまけに、椅子を蹴り倒してやってきてまで言う事では無いように思うのだが。
そのアテムの背後から。
「おーっし、次は神官サマに口でヤってもらう権利でいこうぜ、王様よぉ!」
バクラのデカイ声が追い掛けてくる。
海馬の腰を捉えた所だったアテムが、追い掛けて来る声から逃げるように、
「行くぜ、海馬。」
と促して部屋を出て行ってしまった。

「やれやれ。ちょっと、からかい過ぎのようデス。」
ペガサスがブルーアイズホワイトドラゴンの頭の下で苦笑を漏らしている。
このパーティーの主賓を逃げ出させてどうしよう、と言うのか。
「あ〜?いいんじゃね?どうせ明日もあるんだろうがよ。それに…」
それに。
明日はこの面子でデュエルをしよう、という腹づもりのペガサスだ。
彼等にとっては、そちらの方が、こんなカジノゲームなんかより余程楽しいだろう。
「まだ、誰が一番勝ち越してるか?は決まってねーぜ。アイツ等は権利放棄ってトコだな。」
そう、このゲームに出る賞金を獲得する者はまだ決まっていない。



<6>
「オイ、いい加減に離せ。」
カジノ場として作られた部屋から出てきたアテムと海馬が出てきた場所は。
「ココに出たのか…。」
自分達がスターチップを賭けて闘った場所だ。
「貴様が逃げ出してきてどうする。一応は主賓だろうが。」
会社的なパーティーをこなしている数でいけば、ペガサスと同類な海馬である。主賓となった事もホストとなった事もある。
「大丈夫だろ。きっと、それなりに楽しんでいる筈だぜ。」
少ししたら戻ればいい、と付け加えれば一応は頷き返した海馬だ。
「しかし…あんなアンティ持ち出されるとはな。少し焦ったぜ。」
ルーレットは正しく『運』が左右するゲームだ。
カジノの女王と言われる程、単純でありながら人気のあるゲームでもある。
「勝つ自信が無かったのか?」
揶揄を込めた声が届く。
風に煽られてドレスの裾がはためいている。
海馬が常によく着るコート類も、よくはためいているのだが、今は場所のせいもあるのか。
あの時のコート姿が思い浮かぶ。
違うのは。後ろへ下がるのではなく、前へ進んで来る事だ。
「この俺が、居ると言うのに。何を弱気になる必要があると言うのだ。
 俺を『勝利の女神』だと言ったのは貴様だ。何度言わせる。」
勝つ必然を手にしながら、勝つ事に疑問を抱く必要など無いと、その瞳が真っ直ぐに告げてくる。
目眩がしそうな程の、内から湧き出るその揺るがない光。
未来すら、彼の前では望むままの形へと変貌するだろう程の。
ひょっとしたら。
望んでくれたから、俺は今、ココに居るのかもしれない。

「明日は、デュエルをするんだよな。」
「…俺にとって貴様は『追い風』にはならん。
 だが、貴様にとって俺が『向かい風』であるかどうかは、俺は分からん。それは、貴様が決めるべき事だ。」
この場所で闘った時に告げられた言葉。
そう、海馬にとって俺はプラスの存在ではないのかもしれない。
それでも、お前が俺の存在を望んでくれた事を信じたい。
すっかり暗くなり、ビル街では見る事の叶わなかった星空を見上げる。
「お前は…俺にとって、きっと『竜巻』とか『台風』とか…そういうモノじゃないか?」
風なんて生易しいモノではない筈だ。それだけの吸引力を持って、引き寄せられている。
まるでその名の通り、セト神のように、嵐を連れて来る。命の保証など無い、嵐を。
「ならば、巻き込まれてしまえ。抗うのならば、死ぬ気で抗ってみせるがいい。」
「一度死んだ人間に言う台詞じゃないぜ。」
「馬鹿者。一度ではなかろう。二度、だ。」
その言葉にハッとなりながら海馬を見れば、今度は海馬の方が星空を見上げていた。
「三度、俺から逃げるなど許さんぞ。」
その強い視線は、今は虚空に向けられている。
「逃げた訳じゃないんだが…ああ、いい言葉を知ってるぜ。」
前に相棒に教えてもらったんだ、と明るさを取り戻した声で告げる。ようやく戻された視線を真っ直ぐに捉えて。
「三度目の正直、って言うんだろ?」
今度こそ。
お前との約束を守りきってみせる、と。
「違えるなよ。その言葉、覚えておくぞ。」
あぁ、と短く返事をすれば、海馬の指が首元へと動く。
「…分かる、か?」
何を?という表情を見上げながら向ける。海馬の首にはチョーカーがあり、薔薇がセンターより左側にくっついている。
ドレスの色と同じ、赤い薔薇が4つ。
「俺が最初に着替えさせられた時には…3つしか、ついてなくてな。」
つまり、そこに4つ、というのは海馬が意図したものである、という事だ。
だがアテムにはその意味が分からない。
くくっ、と笑う姿は、アテムがそれを知らないだろうと分かってもいた笑いだ。
「後で、ペガサスにでも聞けばいい。後は…孔雀舞、辺りなら知っているかもしれんな。」
「どういう事なんだ?」知っているなら、お前が教えてくれればいいじゃないか、とアテムは思うのだが。
「フォーローゼス、という酒がある。その名の通りラベルに4つの赤い薔薇がデザインされている。」
プロポーズをした男に、パーティーで薔薇のコサージュをつけてOKの返事をした恋人。
その感動のままに、男は自分で作った酒に薔薇をあしらい、その名をつけたのだ。
だから。4つの薔薇のコサージュは。それを、パーティーで身に付ける、という事は。
「返事は、したからな。」
少し睨むような視線なのは、今教えて欲しいと訴えているのだろうが、そんな事は自分で気付くものだ。
ヒントは与えてやった。自分にしては、これ以上は無いくらい、与えてやったのだ。
「フォーローゼス…だな。分かった。自分で見付けてみせるぜ。」
その答えを知った時に、どういう顔をするか?は見てみたいのだが。
行動の方は安直に予想がついてしまう為、傍に居たくは無い、と思ってしまう。
身の安全の為にも。


「…楽しみだな。明日の、デュエル。」
嵐に巻き込まれて、生きる為に抗うのならば、闘えるかもしれない。
海馬瀬人という暴風の直中で、振り回されて生きていれば、闘う事に疑問を感じないで済むのだろう。
追い風ではない。だが、駆り立てるものではある。

「舞台としては満足ではないがな…そのうち、いい舞台を設えてやる。」
自分が与えたヒントや答えに気付いた訳ではないだろうが。それを知るのは、もう少し後だと分かっているが。
王の剣を奪う、と言っていた『闘いの儀』。
現世に戻った彼が、再び闘う事を躊躇していたのは知っている。
隠しているつもりだったのだろうが、隠し通せる訳でも無い事を承知もしていただろう。
理由が必要だと言うのならば、俺が理由になってやろう。
貴様を、闘いの舞台へと引き擦り出す、その理由が必要ならば。
俺が、その理由になってやる。
闘う理由としては、充分な筈だ。

「お前と、闘う為の?」
「当然だ。俺以外の誰と決着を付けるつもりなのだ。」
呆れたように切り替えされて、笑みが零れる。
「なら、俺は『デュエルキング』の称号を、取り戻さなけりゃな。」
闘いの儀で遊戯に負けた。だから、キングの称号は今は遊戯のものだろう。
「それならば、この場でも良かろう。」
負ける事を許さない、許されない。お前の為に勝たなくてはならない。
俺にはまだ、背負うものがあった。
生きた時代の国は無くなり、王ではなくなった。
背負うものが何も無い状態で闘う術を知らない。
守るべきものが無ければ、俺は闘えない。
今、この時代で俺が守るべきもの。俺のプライドは。

『デュエルキング』
その、称号。

「アテム…遊戯に、勝て。」
「あぁ。必ず。」
お前という嵐の最中、俺が生き続ける為に、全てを捧げて抗ってみせよう。
俺を俺として認め、俺の勝利を信じてくれる、お前が。
俺の、勝利の女神である事は、間違い無い。

栗原様ご主催の「武藤BD闇ver.チャット」。
主不在にもかかわらず散々社長話で流奈様と盛り上がっておりましたら、「マインド・スリープ罰ゲーム」として書いていただきました。
キーワードは、「ローブデコルテ」を着た「勝利の女神」の指定席は「膝の上」で。
「デコチュー」する、「お帰りなさいファラオパーティー」inカジノv

6月マジックでプロポーズ大作戦にもなってますねv そのプロポーズは、コチラからv

栗原様、お言葉に甘えて、しっかり強奪させていただきました。
次回はモクバ生誕「兄サマ祭」で遊んでやってくださいv

2007.06.30.

Heavens Garden