Bridal Fair

 ++ 01話 ++



地下の駐車場に愛車を停めると、克己はふぅっと大きな溜息をついて車から降りた。
シーンと静まり返った地下駐車場。しかし、流石にホテル王の異名を持つカノウ系列である。一台分のスペースもしっかり大型車対応でゆとりがあるし、照明も適度である。案内をする従業員の教育も徹底しているようで、丁寧な誘導には好感が持てた。
尤も克己が車を降りた途端にその誘導もピタリと停まり、ただその姿を見つめるギャラリーの一部と化しているのはいつものことであったけれど。
そして、その姿が地下から地上へと向かえば ―― それにつられるように呆けて佇むギャラリーも増えていく。
当然、コトの張本人である克己は全く気にもしていないが…。
「え…っと、フロントは…?」
豪奢なつくりのエレベーターから降りると、克己は広々としたフロントロビーを見回した。
このホテルに来たのは2度目。ただし前回は一人ではなく、チェックインなども任せきりだったから ―― 勝手が判らないのは仕方が無い。
(ったく、大体、龍也が悪いのに、なんで僕が来てるんだろ?)
考えてみれば理不尽極まりないのだが、それも元を正せば自分が撒いた種の一部であるのも事実。
(あ〜あ、タダより高いものはないって言うけど、ホントにそうなんだなぁ〜)
無意識に零れる溜息は仕方がないが、意を決して覚悟を決めると、克己は目指すカウンターへと向かっていった。
「こんにちは。先ほどお電話した本条と申しますが、オーナーはいらっしゃいますか?」
本人は全く意識していないが優雅そのもの微笑を浮かべると、接客業としてはプロであるはずのフロント係りも一瞬息を飲んだ。
そこに立っていたのは、まるで天使のように優雅でキレイな存在だったから。
「え? あ、はい、少々お待ちを…」
おそらく徹底した教育を受けてはいるのだろうが、克己の邪気のない笑顔をダイレクトに見て平然とできる人間は極わずかである。ましてや最初から警戒(?)していればともかく、全くの不意打ちなら尚のこと。フロントの若い女性はどこかぼーっとしながら、それでも上司にそのことを告げに言ったのは大したものであるといっても良かった。
尤も、そんなことはよくあることなので克己の方はといえば全く気にする様子はないのだが。
「お待たせいたしました。本条様ですね?」
やがてホテルマンらしくいかにも冷静沈着といった初老の男性が姿を現し、克己を呼んだ。
「はい、すみません。お手数をおかけします」
「いえ、お話は伺っております。只今オーナーは例のお部屋の方に向かわれたそうです。恐れ入りますがオーナー室の方にてお待ち頂けますでしょうか?」
流石は物慣れたマネージャーらしく、克己を正面から見ても動じることはない。しかし、
「例のって…あの部屋ですか?」
「はい、丁度、設計士の方が来ておりますから」
と聞けば、ちょっと考えるように小首を傾げ、克己は微笑んだ。
「そうですか。じゃあ、僕もそちらに伺います。あ、案内はいいですよ」
そう微笑んで告げると、閉じかけたエレベーターに飛び乗っていった。



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克己がカノウのホテルに現れる少し前の事 ―― そのオーナー室では二人の女性がお茶を飲んでいた。
端から見れば優雅なひと時。だが、実際は ――
「気にしなくていいわよ〜。修理すれば直ることだもの〜」
のほほんと応える若葉に、万吏也は珍しく激昂していた。
「何言ってるのよ、若葉ちゃん。あんなに出来上がるのを楽しみにしていたホテルじゃない。その特別室を壊されたのよ!」
「え〜、それはそうだけど〜。でもその分、おつりがくるくらい楽しかったもの〜」
という若葉の答えもあながち嘘ではない。
つい先日、ちょっとした悪戯(という認識しか本人たちにはない)で、とある恋人同士たちのプライベートな場面を隠し撮りしたのは事実である。
尤もそのうちの一組は万吏也と若葉の息子達であるし、もう一組はやはり実の親からの了解も取れていた。
というより、その実の母親が是非にと言ってきたといっても過言ではない。
だからこの二組に関しては何の問題もなかったのだが ――
「やっぱり、ヤクザさんだもの〜。でもまさかホントにドッカーンなんて思わなかったけどねぇ〜」
「…まぁ確かに。加賀山さんから忠告はされてはいたけどね」
ここで名前の出た加賀山という人物は、その問題の一組の部下でもあった。だからこそ万が一と言う事も読み取れて、おかげで被害は最小限で済んだのだが ―― それにしても。
「このカノウのホテルを爆破したのよ! 絶対に許せないっ!」
しかも破壊しておきながら札片を切って「はい、ではさようなら」という態度も許せない。
―― この場合、隠し撮りなんてことも犯罪になるのでは? という意見はすっかり念頭にない万吏也である。
「あ〜もうっ! やっぱり納得いかないわ。ちょっと、若葉ちゃん、私出かけてくるから!」
「あら〜そぉ? 折角、向井がケーキを買って来てくれることになってるのに?」
「ケーキよりこっちの方が大事よ!」
「そうなの? まぁあまり無茶はしないでね〜」
そういってひらひらと手を振る若葉に見送られて飛び出す万吏也に、丁度ばったりと鉢合わせをしたのは若葉の専属ボディガード兼秘書とでも言うべく向井であった。
「黒崎様、どちらへ?」
「ちょっと蒼神会まで」
それはあまりに何気なかったので、向井がはっと気が付いた時には既にエレベーターのドアは閉まっていた。
彼女も今回の騒動は知っているから、万吏也が向った先が尋常なところでない事は良く知っている。だから、
「若葉様、よろしいのですか?」
「う〜ん。大丈夫だと思うけど…やっぱり気がかりよねぇ〜」
「相手は仮にもヤクザですから」
「そうねぇ〜、万吏也ちゃんも負けず嫌いだからねぇ〜」
そんな他人事のような態度に、さてどうしようかと思っていると、
「あれ? やっぱり母さん、来てたんだ? 何か騒々しいなって思ってたんだよね」
そう言って顔を出したのは、万吏也の息子である魁と若葉の息子の皇紀であった。



実はこの前日からスィートルームに泊り込んでいた2人であるが、なにやら同じ階の特別室が騒々しくて、何事かとオーナー室に顔を出したのだった。
「あら〜魁君? お久しぶり〜。お元気にしてらっしゃる?」
いつもの調子で屈託なく笑う若葉に出迎えられて、魁と皇紀も躊躇いなくオーナー室へと足を踏み入れた。
「この前はご苦労様ね。皇紀も魁君も、キレイに撮れてたわぁ〜」
「あはは…ま、俺たちは別に見られても平気だけど、普通のヒトは嫌がると思うよ」
だから程ほどにねというのは、例の特別室がとある客に爆破されたと言う事を向井から聞いているからに他ならない。
尤も、魁も皇紀もそれに関しては流石に驚いたのは事実で。
但し驚いた理由は、爆破そのものよりもカノウに ―― というか、万吏也にケンカを売るような人物が存在したと言う事のほうだったりする。
(あの万吏也さんを怒らせるなんて…凄いよね)
(俺としてはどうでも良いけどな、俺たちの邪魔さえされなければ)
そんな2人の言いたいことが判っているのかいないのか若葉には非常にアヤシイトコロだが ―― ふと、思い立って、
「ねえ〜、折角だから特別室の改装を手伝ってくれない? どうせ改装するなら、皇紀や魁君の意見も聞きたいわぁ〜」
などと、あくまでもついでという感じではあるが ―― 絶対また懲りずに何か企んでるなと魁辺りには言われそうな雰囲気なのは、日ごろの行いのせいばかりではないはずだ。
「まぁいいけど…で、部屋の方はどうなってるの?」
「今は設計士の方に見ていただいております」
皇紀の質問に答えたのは向井であった。
そして、
「あれ? そういえば万吏也さんは? こっちに来てるって聞いてたんだけど?」
いないほうが清々すると言わんばかりの表情を浮べる魁に苦笑しつつ皇紀がそう尋ねると、
「それがねぇ〜、怒ってでかけちゃったの〜」
「出かけたって…何処に?」
更に目線で魁が聞くなと言っているが、皇紀としてはそうもいかない。
そして、それは案の定 ――
「勿論、蒼神会よ〜♪」
ニッコリと微笑む若葉に、皇紀と魁は顔を見合わせた。



「う〜ん、ねぇ魁。迎えに行ってあげてよ。何かあったら困るし…ね?」
この場合の「何か」は、万吏也が何かをしでかすと言う意味か、それとも蒼神会が黙っていないと言う意味か ―― 非常に怪しいところである。
そして、言われた魁としては、「何で俺が?」と言いたいところであるが ―― 一応、親子なのだから仕方のないところであろう。
「早く行ってあげて。俺たちは例のお部屋を見てるから。帰ってきたら…ね♪」
そう意味深に囁けば、流石に魁も諦めが付いたようだった。
しかも、
「若葉様、ただいまフロントの方から連絡がありまして、本条様がお出でになったそうです」
「本条さん? ああ、京子さんの甥っ子さんね?」
その名前は皇紀も聞き覚えがあって、むくむくと好奇心がわいてくるのは否めないところだ。
例の特別室の自分達のビデオを見せてもらいにきたとき、珍しく若葉も万吏也も「美人」と絶賛していた人物。
生憎その人の分は写真しか撮れなかったらしいが、決してそれは誇張ではなく ―― 皇紀の能力を持ってしてもウラの気配をつかめなかった綺麗な「顔」の持ち主。
そんな人物が来たとなれば ―― 皇紀としては興味を抱かずにはいられない。
「ね、魁は万吏也さんを止めに行って来てよ。俺はその克己さんとお話したいから」
とまで言い出されては ―― もはや魁にも止める手段はない。
というより、さっさと万吏也を連れ帰った方が、ゆっくりと落ち着いて皇紀とイチャイチャできるというもので。
「…判った」
それでも心底いやそうに溜息をつくと、魁は思い足取りを引きずるように、ホテルを後にしていた。



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