Bridal Fair

 ++ 02話 ++



部屋の前まで来ると、そこは丁度ドアが開け放たれていて、中が見えるようになっていた。
前回この部屋に来たのは、かれこれ2週間ほど前のこと。
その時はもう一人連れがいて、その人物と楽しく話をしながらドアを開けたのを覚えている。
そして、ここでどんな夜を過ごしたかも ―― 。
(や、だ…思い出しちゃう…///っ!)
あの時は ―― 龍也が言うには、主寝室の方には精巧な盗聴器やら隠しカメラが仕掛けられていたとのことで、全くそんなことに気が付かなかった克己は羞恥に身を震わせた。
このまま気が付かないでいたら、自分が龍也の腕の中で見せる姿の一部始終を、とある人たちに見られていたということだから。
だからその部屋を爆破して、「もう大丈夫」と言われても、気が気でなかったのは事実。
おかげで却って恥かしくて、あられもない姿を晒しまくった気がするのは ―― 克己の思い過ごしではないはずだ。
そんな部屋に入るのは、自分から言い出したこととはいえやはり気が引ける。
ましてや龍也が言うには、例の盗聴器やら隠しカメラやらはこのホテルのオーナーも当然黙認しているはずということだから ―― つまり、克己たちがこの部屋で何をしていたかは知っているはずだということ。
となると、更にも増して中に入るのを躊躇してしまうのは仕方がないところである。
ところが、
「あ、本条克己さん…でしょ? どうぞ、中に入って♪」
入り口でどうしようかと今更躊躇っていた克己に、中から救いの手がさし伸ばされた。
みればそれは克己よりはずっと若い青年で、ニコニコと愛想の良い笑顔を振りまいている。
「え? あ、はい。本条です。失礼します」
ペコっと頭を下げて中に踏み入れると、その青年は不意に克己の手を取った。
「はじめまして。叶 皇紀です。それにしても…ホントに綺麗な『顔』だね。いや、ここまで綺麗な人って珍しいよ」
と、やたらと絶賛されて ―― 克己は何のことか判らず、ただビックリした眼で見ている。
そういう皇紀も美形という言葉があっていると思う。それに、明るい人柄であることは間違いない。きっと今の生活が充実していて、惑うことなんかないと言うことが手に取るように判るくらい。
だが皇紀が綺麗と言っているのは、克己の顔のつくりのことではなった。勿論克己が類稀なというほどの美形であることは間違いなく、美術品としての美しさならそれはそれで納得もいく。
だが、皇紀の能力は ―― その人の「顔」を見てその人物の「真実」を見抜くこと。どんなに着飾って取り澄ましてもその人物の「本当の姿」を皇紀の眼からそらすことは不可能だ。
そんな皇紀が今までに絶賛した人物といえばパートナーである黒崎 魁だけであったのだが ―― 流石にそこまでを克己が知る良しもない。
(ホント、綺麗だな。ヤクザと付き合ってるなんて言うからどうかとも思ったんだけど…)
余りに皇紀が絶賛するから流石に照れたのか、克己は白皙にうっすらと朱を滲ませて。だがどんなに褒めちぎっても図に乗ることはなく、ただやんわりと受け止めて苦笑している。
これほど、「欲」とか「業」とか、そう言った醜いものが欠片もない人間は本当に珍しいと思うところである。
(う〜ん、紛れもない癒し系だね。魁とは違う意味で側に置いときたいタイプだったりして?)
いやな顔を見せられても、この「顔」を見ると気が晴れそうな気がして ―― まるで一種の清涼剤のようである。
一方の克己の方はといえば…正直にいうと、外見をとやかく言われるのは良くあることである。だが流石にここまで面と向って言われたのは久しぶりで、どう対処していいか戸惑うところであった。
(う〜ん、褒められ…てるのかな? でも、何ていえばいいの?)
年の差から考えれば、遥かに克己のほうが上なのに、すっかり主導権を握られて。
「叶…さんって、このホテルの…?」
「うん。オーナーは俺の母だよ」
余りにもあっさりと言われたので、つい聞き流してしまいそうになる。
「あ…じゃあ、このたびは…」
「ううん、気にしないでよ。このくらい、ウチにとっては痛くも痒くもないし」
「でも…」
「いいって。それよりゆっくりお話ししたいな。ホントにキレイな「顔」なんだもん」
「 ―― ///」
すっかりペースは皇紀に取られ、克己はたじたじとなるしかない。
実際に皇紀は握った克己の手を離さず、
「母さん、克己さんを借りるよ? 俺たちが泊まってる部屋でお茶してるから」
と奥に声をかけて出かけようとしたそのとき、
「え? 克己って…?」
奥の主寝室から一人の男性が現れ ―― その声に、克己も目を見張った。
「あ…うそ? なんで君がここに?」
「そういう克己こそ。いや、久しぶりだな」
それは先日、ふとした偶然から意気投合してお茶をした相手で。
高階 悟という、克己と同い年の青年設計士だった。



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そもそもこの話 ―― 特別室の改修工事 ―― は、悟の設計事務所の秘書兼共同出資者である飛島の、その兄である稲垣剛志から来たものだった。
「ちょっとワケアリでな。大っぴらにはできない話らしい」
そう言って持ってきたのは、天下のホテル王カノウグループの物件で、国内でも五指に入る超高級ホテルの特別室の改修だった。
だが、正確に言えば ―― むしろ「修復」と言ったほうが正しいらしい。
「カノウとはビジネスの付き合いなんだが、まぁ色々あってな。ちょっとワケアリなんで、口の堅い設計士ということなんだが…どうだ?」
一応、お伺い形式になってはいるが、ワケアリというものを写真で撮って持ってきているということは、当然断るはずがないと思ってのことだろう。
見せられた写真は、かつては豪奢なつくりだったろうと想われる寝室が、見るも無残に焼け焦げて、すすけた状態になっているもの。まるで焼け焦げた匂いが鼻に付きそうな気配までするほどに破壊されている。
ただし、それも焼き尽くされたのはあくまでも表面だけのようである。というのも、焼け焦げた壁紙の向こうに見え隠れしている白っぽい壁には大して損傷は伺えなかった。
「何があったか…お聞きするわけには行かないということですか?」
話を聞く形となった飛島としては一応警戒するのは当然のこと ―― なにせこの兄は悟をやたらと気に入っていて、できたら自分の手許に置いておきたいとさえ思っているところがあるのだから。
家柄とか財産とか、そんな見栄えには全く関心がなく、その人物の才能だけを評価する悟の潔さが気に入っている ―― といえば聞えがいいのだが。
(それだけじゃないですからね、兄さんの魂胆は。全く、今度は何を企んでいるのやら…?)
だからつい警戒してしまう飛島であるが、当の悟はそんなことは全く気にしていない。
寧ろ、自分の才能を発揮できるのが嬉しくて、楽しくて仕方がないから、
「へぇ〜カノウのスペシャルルームか。いいな、一度こういうの手掛けてみたいと思ってたんだよな」
「そうだろ? 勿論オーナーとの話し合いにはなると思うが、インテリアとかも一新したいって言う話しだ。当然、金に糸目はつけないはずだし」
「だよな、なんたって天下のカノウだし。うーん、やってみてぇ〜」
と写真や図面を見て眼をキラキラとさせている悟を見れば ―― 飛島に断ることなんてできはしない。
「…判りました。では早急に打ち合わせの段取りを取ります」
「おぅ! 頼むぜ。いやぁ〜楽しみだな、マジで♪」
既に頭の中では色々な図案が渦巻いているのだろう。悟は事務手続きを飛島に押し付けると早くもスケッチに入っていた。



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同じ階にある別の特別室 ―― それは先日、皇紀と魁のために用意された部屋 ―― に場所を移すと、皇紀はルームサービスを呼び入れて早速お茶にしていた。
ちなみに、大体話が終わっているということで悟も同席を求められたのは言うまでもない。
とにかくキレイな「顔」の克己もさることながら、悟も皇紀の好みに合っている。
自分に対する絶対のプライドは揺ぎ無く、それでいてそのことを奢る事のない自然さ。気の強さは一目でわかるが、それでいて邪気がない。
(克己さんは癒し系で、悟さんは…投資したくなるタイプだよな)
媚びも諂いもないのは自分に自信があるから。そしてその自信があるから、あえて他人を蹴落とそうとは思わない。
清々しさまで感じるような悟の人となりに触れて、皇紀は大満足だった。
だから ―― ついそんな二人を見とれていて、
「はぁ? 何、コレってアイツがやったのかよ?」
一方の二人 ―― 克己と悟は今回の事情説明で盛り上がっていた。
「そうなんだよっ! もう、信じられないでしょ? ったく龍也ってばやること派手なんだもん」
「派手って…いや、そう言うレベルじゃないと思うぜ」
克己から大体の事情を聞いた悟は乾いた笑いを浮べるしかなかった。
克己が、関東最大 ―― 東日本最大と言われる暴力団、蒼神会の大本である藤代組組長と付き合いがあるということは、悟もよく知っている。
とうより、その藤代龍也との方が先に面識があったのが事実で ―― 龍也と克己のことは世間一般に知られているよりは深部まで知っているのも事実である。
かつては、龍也と組んで仇敵であった小柴組を壊滅に追いやったのは事実。
そのとばっちりを受けたのが克己である。但し、そのことは傷を抉る事になるから克己には話していないが ―― 。
「うん…まぁ、ね」
「しかし…また、何で? ま、アノ男なら何するかわかんないけど…これはやりすぎだよな?」
と悟が納得いかないのは当然のことで ―― それをばらしたのは同じ犠牲者(?)の皇紀だった。
「それはね、うちの母ともう一人が悪戯したからなんだよ」
「悪戯?」
「そ、ちょっとベッドルームに盗聴器や隠しカメラを、ね」
そう言って、側でニコニコと微笑んでいる母、若葉を見る皇紀は ―― はっきり言って小悪魔のようである。
「盗聴器に隠しカメラ? 何でそんなもの…」
「そりゃあ、Hシーンを見たいからでしょ」
克己と彼氏のを ―― と言うように視線を投げる皇紀に、言われた克己は頬を赤らめるしかない。
(そりゃ…そんなコトすれば、あの男がキレルのは当然か)
白皙を真っ赤に染めている克己はソレはそれで絶品だが、確かに納得もいくものである。そう、悟もわが身に振り返ってみれば思いっきり想像がつくというもので ―― 。
(…飛島がいなくて良かった)
と、この日はあいにく別件で席を外している相棒の存在に冷や汗をかく。
何せ独占欲の度合いなら、龍也と十分張り合える飛島だ。ついでに邪魔するヤツへの制裁も、ある意味いい勝負だと思うし。
そんな端から見ても思いっきりほっとする悟に気が付かない皇紀ではなく ―― そして妙なところで聡い若葉も見逃す事はなかった。
だから、
「でも…そうねぇ〜。部屋自体は直せば済む事なんだけど、やっぱり世間体ってものはねぇ〜」
そんなことを言い出した母に、皇紀は思いっきり不信の表情を浮べる。
何故なら、皇紀の見た母は ―― 「困惑」よりも「期待」の色があまりに濃い表情をしていて ――
「やっぱり何かイメージアップになるような事を考えなきゃねぇ〜」
と言い出せば、一応謝罪に訪れている克己としては
「あの…僕にお手伝いできるような事、あります?」
というしかない。
そして、
「そうね、じゃあ、一つお願いしちゃおうかしら♪」
ニッコリ微笑む若葉に勝てる者はない ―― そう、あの万吏也だって一目置いているのだから。


そして、ついでに言うと ―― 克己のお願いに勝てる者もそうざらにはいなかった。



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