Bridal Fair

 ++ 03話 ++



咲綺が回転扉を潜り抜けてロビーに入ると、聞き覚えのある声が名前を呼んでくれた。
「咲綺さんっ! ここだよ」
ロビーの待ち合い用におかれたソファーから立ち上がって、克己が手を振っている。
「良かったぁ〜。やっぱり来れないなんていわれたら、どうしようかと思っちゃった」
屈託なく微笑む克己は相変わらずキレイで、咲綺は一瞬見入ってしまいそうになりながらニッコリと微笑み返した。
「こんにちは、克己さん。それに…呉羽さん、鷹祢さん」
「あはは…ホントに咲綺も来たんだ。ま、これなかったらこっちから呼びにいくつもりだったけど」
とは先日のお茶以来すっかり咲綺を気に入ってしまった鷹祢である。その隣では呉羽が少し不機嫌そうに座っている。そして、反対側の克己の右隣にはちょっとキツイ眼をした青年と、いかにも高校生という感じの少年が座っていた。
「あ、紹介するね。こちらは高階悟さん。最近売れっ子の設計士さんです。それから、こちらは僕の従弟の後輩で唐沢祐介君。女優の工藤繭美さんの息子さんなんだよ」
「…はじめまして」
「…よろしく」
そうして簡単に自己紹介と挨拶をすると、克己はニッコリと微笑んで立ちあがった。
「じゃ、そろそろ準備に行こうか? 大丈夫だよ。皆一緒なら恐いものなしだもんね♪」
ニコニコと上機嫌な克己にどこか楽しんでいる鷹祢、そして不安げな咲綺と祐介。不機嫌なのは呉羽と悟で、そんな一団を見送ったほかの客達は、何事かと訝しげに首をかしげていた。



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そもそも事の起こりは、仕掛けられた盗聴器やらに腹を立てた龍也が、あろうことかカノウのホテルの一室を爆破したことである。
尤もそれは ―― 仕掛けたのがオーナー達なのだから、自業自得といえばそのはずだったのだが、そのオーナー達がタダモノではいない女性陣であったのが問題だった。
「やっぱり何かイメージアップになるような事を考えなきゃねぇ〜」
と、謝罪に来た克己にさりげなく言えば ―― 克己としては
「あの…僕にお手伝いできるような事、あります?」
というしかないというもの。
そして、やはりタダモノではないオーナーの若葉は、
「じゃあ、今度うちでやるブライダルフェアでモデルをやってくれるかしら〜?」
となったわけで ――
「モデル ―― ですか? えっと、まさかと思いますけど、着るのは…」
「勿論、ウエディングドレスよ」
と言われた瞬間、克己は一緒にいた悟の腕を掴んでいた。



「ったく、なんで俺が…」
確かにここにきたのは仕事であって ―― だが、悟の職業は設計士。今回は龍也が爆破した部屋の修繕及びリフォームであったはずなのに、
『勿論、悟も協力してくれるよねっ!』
と克己に縋るような眼で「お願い」されては ―― 流石に断りきれなかった。
『ね、お願い。今度、ケーキを奢るから』
『…あのな、ケーキ1個で俺が釣られると…』
『あ、そうそう、今度ケーキバイキングやるお店知ってるの。品川なんだけど、一緒に行こうよ、奢るから』
『だから! 何で俺が…!』
『クリームブリュレがめっちゃ美味しいお店なんだよ。絶対、悟も気に入るよ! 他にもチーズケーキとか、ベリーミックスとか』
『…だ、から…』
『シフォンケーキなんか、すっごくふわっとしてるし、そう! チョコムースのしっとり感なんてサイコーだよ♪』
『…これっきりだぞ…』
『ありがとう♪ 悟』
(克己の「お願い」攻撃には要注意だな)
と反省しても、はっきり言って今更である。



一方、中原の本社にある社長室に電話がかかってきたのはその30分後で、
『こんにちは、鷹祢さん♪ ねぇ鷹祢さんって、綺麗なもの、好き?』
突然の電話もさることながら、内容の突飛さも飛んでいて、流石の鷹祢も、答えに窮した。
「何の話なの、克己?」
『うん、ちょっと…ね。ねぇそこに呉羽さんもいるんでしょ? 2人で綺麗に着飾ってみるきなぁ〜い?』
2人とも姿がいいからドレスのラインはすっきりしている方が似合うとかなんとか。
どうも自分と呉羽に女装させたいような口調であったので、
「悪いけど、克己。そんな暇はないよ?」
と言ってみれば ――
『ええ〜勿体無い。呉羽さんなんか、この前の振袖とかすっごく似合ってたのにぃ〜』
といえば ―― それを見ていない鷹祢は妙なジェラシーを感じた。
元を正せば呉羽は自分だけのもの。それをわけのわからないヤクザに取られた挙句、振袖姿なんて聞いてない!という感じで。
「…呉羽をゴージャスにしてくれる?」
『勿論♪』
そうして、その夜のピロートークで笠井を巧く丸め込んで仕事の調整をさせると、鷹祢は更に呉羽を巻き込んだったのだ。



そして咲綺のところには ―― カノウのホテルからの帰りに直行した克己である。
「だって、咲綺さん。流石に子供は産めないけど、花嫁衣裳は着てあげることができるんだよ♪」
とは ―― 実は克己は既に何度か経験があるので。
女装も既に両手では数え切れないほどの経験のある克己であるが、実はウエディングドレスも過去に何度か着たことがある。だから今更慌てるようなこともなかったのだが、どうせなら自分ひとりだけではなくて知り合いを巻き込んでしまえと思ったのは ―― 開き直りの極地としか言いようがない。
そして、そうとなればターゲットロックオンで逃がすつもりは毛頭なく、
「ね、お願い。咲綺さんならぜーったい似合うと思うんだv」
と詰め寄れば、断るなんてことができる咲綺ではない。
「でも…正毅さんがなんていうか…」
「いいに決まってるじゃない? 正毅さんのために着たんですって言えば♪」
「…克己さんは、そう仰るんですか?」
「そうだよ。だって今回はホントにそうだもん」
というのは、つまり龍也が爆破した部屋の件を丸く納めるためだから ―― という意味なのだが、そんな裏の事情を知らない咲綺にしてみれば
(凄い…克己さんってば、好きなヒトのためにそこまでしちゃうんだ)
と勘違いしてしまうのは仕方のないこと。
そして、そこまで言われれば、咲綺もその気になってしまったらしい。



そして更に祐介にいたっては、今日になって桜ヶ丘学園の正門前で見張っておき、捕まえると一言である。
『祐介君をちょっと借りるね、って尚樹に言っておいてね♪ 大丈夫、とって食うわけじゃないから』
と、一緒にいた郁巳に告げると、拉致ってきた克己だった、



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それぞれ一人でいても十分に目立つのに、それが6人揃ってとなると却って何事かと誰もが一線引いてしまって。
やがて向かったのはブライダルフェアの開催される階より1つ上にある美容サロンだった。
「いらっしゃい。さ、早く早く♪」
待っていたのはこのホテルのオーナーの息子である皇紀で。但し、着ている服は白のタキシードだった。
「あれ? 皇紀クンはドレスじゃないの?」
胸に白バラのコサージュをつけているところなど、いかにも「新郎」といった感じで。
そんな皇紀に克己が尋ねると、
「だって、花嫁さんばっかりじゃ、エスコート役がいないでしょ? 俺と魁はエスコート役なの」
とのこと。
この話が出たときに勿論克己は皇紀にも「お願い」攻撃を仕掛けたのだが、あっさりOKが出たのはこういう裏ワザがあったかららしい。
それに気が付いた悟や呉羽が、
「じゃ、俺もエスコートの方に」
「そうですね。そっちの方が…」
と逃げようとするが、
「フフッ…この私から逃げようなんて。甘いわっ!」
と腰に手を当てて言い切ったのは ―― 魁の姉でデザイナーでもある黒崎世吏加だった。



今回のブライダルフェアでは、模擬結婚式や披露宴、それに付随して様々なアトラクションのプレセンに引き出物やパーティの試食会など、大掛かりなコーナーが設けられていた。
だが、何と言っても一番の目玉は花嫁のファッションショー。
しかもデザインは世界的にも有名な「Seri-k」と「yuzuki」に限定とのことであるから、女性客の視線はどうしてもそちらに集中する。
特に「yuzuki」のデザイナーである唯月は余り人前に出る事がないので関心が高かったが、生憎海外での仕事と重なったため今回は出席できず、但し新作デザインを快く提供してくれた。
一方の「Seri-k」を率いる黒崎世吏加も、今回は和装にも挑戦と言う事で単なるフェアではなく、むしろ通常のコレクションに近かった。
当然のごとく、招待状が配られたのは各界の名士ばかりで、それが届くということは一種のステイタスと言っても過言ではない。
そして、
「うわぁ〜、咲綺さん、可愛いー! モロに『お嫁さん』って感じ!」
「え、そうですか? でも可愛いと言ったら、祐介君のミニの方が可愛くないですか?」
「うーん、白無垢と違って軽いのはいいんですけど、ちょっと足が出すぎてません?」
「それなら僕の方が思いっきりスリットが入ってるからね。でも、呉羽のAラインの方が歩きやすそうだね?」
「でも、コレ、ピンヒールなので・・・ちょっと恐いです」
「それをいうと僕のドレープなんか…半径3メートル近づけませんって感じじゃない? 絶対、歩いたら裾を踏むよ」
「俺も歩けないぜ。こんなぴったりフィットで…ライン強調しすぎじだろ?」
等など、モデルの花嫁たちはかしましい事この上ない。



この中で、今回唯一の和装は咲綺である。
鶴の図案を刺繍した白無垢に綿帽子の咲綺は、正に奥ゆかしい花嫁そのもの。
薄めの白塗りに紅をさした唇が艶かしく、まさに深窓のお姫様の輿入れといった感じ。

一方、オーソドックスなプリンセスラインは克己である。
こちらも白一色のオーガンジーでドレープをふんだんに取り、まるで16世紀のヨーロッパ社交界のヒロインのような華やかさである。

そして、この6人の中で一番背の高い悟は、ライトブルーのカラードレスだった。
180センチという長身を意識してか、ボディラインに自信がないと一寸着れないようなスレンダースタイルで、夜のパーティで大人っぽい雰囲気を出すには最高の出来である。

その大人っぽいイメージの悟と対照的なのが祐介のミニ・ミディだろう。
膝上丈のミニであるが、バックはまるで天使の羽にも見えるリボンが大きくとってあり、ショート丈のベールとのセットで、正にアメリカ式の野外ウエディング向けの活動的なイメージがある。

また、ボディラインのきれいな呉羽は裾だけにドレープを入れたAラインである。
このドレスも立ち姿に自信がないと着れるものではなく、ヘアには大粒のサファイアを使ったティアラが輝き、その姿はまるで女王のような気品を醸し出していた。

そして鷹祢は、裾自体は踝まであるが思いっきり脇にスリットの入ったチャイナドレスである。
手には羽扇子を持ち大きなヒスイのイヤリングが印象的で、エキゾチックな事この上ない。



「うっわぁ〜凄いや。さすがに皆キレイだね」
用意が出来たとの知らせを受けて迎えにきた皇紀も、流石に一目見るなり絶賛していた。その後ろでは。やはり黒のタキシードを着た魁もいたが、こちらは相変わらずだんまりを通している。
「やっぱり皇紀君もドレスにすればよかったのに!」
想像以上の出来上がりに上機嫌の世吏加は、今からでも間に合うわよというが、
「あはは…遠慮するよ。俺達はこれで十分だから♪」
といってニッコリ微笑んだ。
そして、更に ――
「あのね、やっぱりエスコートはホンモノに頼む事にしたからね♪ やっぱり一番見て欲しい人に見せなきゃね♪」
というと、魁と腕を組んで出て行ってしまった。
そして残された花嫁たちの前に現れたのは ――


「え? まさか…龍也?」
「げっ、飛島、マジかよっ!?」
「嘘、なんで先輩が…」
「あ、天さん、今日は出張じゃあ…」
「…目が据わってるよ、笠井」
「正毅さん? え、お父さんまで?」


「うふふ…勿論皆オーダーメードですからね。このまま着て帰ってOKよ。但し、ちゃんとフェアの会場は通って行ってね」
そう楽しそうに微笑む万吏也、世吏加、若葉の3人に見送られて、6人の花嫁はそれぞれのパートナーにエスコートされていった。


そして、7番目の花嫁は ――
「ね、魁。皆幸せになるといいね♪」
「そうだな、勿論、皇紀と俺もな」
「うん♪」

Forever loving you, until death do us part.…


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