May I help your sweet night ?

− 飛島&悟 + 剛志&逸弥 −


「『恋人との甘い夜の為のお手伝いをさせていただきます。是非ご来店ください』…?」
当然、ウイルスもスパムメール対策も施してあるはずなのだが、そのメールはご丁寧に「稲垣剛志様へ」としっかり名指しである。
そして差出人は、「K&F」となっており、紹介者は ―― 剛志にとってはそれこそ目に入れても痛くないほど可愛がっている、末弟の鳥塚智樹。
「…おいおい、またヘンなサイトでも見つけたんじゃないだろうな?」
一応未成年 ―― しかも中学生だ。流石に教育上ヤバイだろうと思いながら…
「ふーん、面白そうだな。うん、どうせなら隆志も誘ってやろう」
そう言って楽しそうに上着を取ると、剛志はハイヤーを呼び寄せた。



*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*



「この住所ですと…ああ、あちらのお店のようですね」
大通りでハイヤーから降りると、逸弥は渡されたメモの住所を頼りに、とある店を探し出していた。
一見シンプルな店構えで、仰々しい看板も出てはいない。
ちょっと覗いたところでは小奇麗な雑貨屋といった感じであり、逸弥はなんとなく腑に落ちないながらもそんなことは表情にも出さなかった。
一応、「仕事」という話だったはず。
だが、途中で実弟とそのパートナーを拾ったので ―― かなり怪しいと思っていたところでもある。
(大体、秘書の私に話もなく仕事を入れるなんてこともあるわけがないし…)
寧ろ、黙って仕事をキャンセルさせる方が確率は高いもの。
勿論そんなことをすればすぐに倍以上のビジネススケジュールを詰め込んでやるところだが、ここ最近では特に忙しい傾向でもなかったためサボりたがる理由も見当たらないところだ。
それに、
「ああ、そうみたいだな。ほら、隆志、悟君、行こうぜ」
そう楽しそうに二人を誘う姿は、弟思いの兄が、構いたくて仕方がないというような感じだ。
実際、剛志は本当に弟思いの長兄で、末弟の智樹はそれを巧く利用して上手に甘えてくれるが、すぐ下の飛島はめったなことでもなければ電話の一本もよこさないのだ。
ただそれは兄弟の仲が悪いというわけではなく、単に飛島の関心はそのパートナーだけだからというのが理由であるが。
だから、
「兄さん。ここは何ですか?」
「何って、見ての通り。店だろう?」
「ですから、何の?」
「うーん…癒し系?」
そう、何故かちゃんと説明をしない兄に疑問を抱いているようで、かなりの警戒をしているのは一目瞭然だ。
そう、自分一人なら別になんでもないのだろうが。
ここには飛島にとっては世界の全てといっても過言ではない、悟も一緒だから。
しかし、
「お前、ごちゃごちゃと煩いぞ。とにかく入ってみれば判るだろ?」
元々物怖じしない性格の上に、雑貨屋などといったものは見るのも好きな悟である。飛島の心配など全く気にせずドアに手をかけると、さっさと中に入ってしまった。
こうなると、飛島も
「悟さん、一人で行かないでください」
「あのな。子供じゃあるまいし…」
「ですが…」
「あーもう、判った! だったら早く来い!」
まるで飼い犬でも呼ぶような態度だが、そんなところは既に見慣れているものである。
だから、
「ククク…ホント、隆志は悟君の尻に敷かれてるよな」
可愛い弟夫婦(?)のじゃれあいを、嬉しそうに見守る剛志がそんなことを呟いた。
「…会長。それは失礼ですよ」
「いいって。アイツはそれで満足なんだからさ」
そう言って悟たちを先に入れると、
「さぁ、俺たちも入ろうぜ? お前の欲しいものがあったら、何でも買ってやるからな」
ニコニコと嬉しそうにそんなことを言う剛志に、やはり仕事ではなかったのだと確信した逸弥だった。



―― カラ〜ン、コロ〜ン♪
ドアを開けると和かな鈴の音が響き渡り、
「いらっしゃいませ」
奥からで姿を現したのは、一人の小柄な女性だった。
「ああ、紹介のメールを頂いたんだが」
「はい、稲垣様と北原様でいらっしゃいますね。それから飛島様に高階様。お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
自らオーナーの藤原と名乗ったその女性は、相手を和ませるような笑みを浮かべると店の奥へと案内した。
どうやらこの店は忙しい現代人向けに癒し系のグッズを取り扱う雑貨屋のようである。途中のショーケースにはお香やアロマキャンドル、それにバスクリニックといった癒し雑貨が綺麗に並べてあり、そういうものには興味のある悟は楽しそうだ。
「あ、あれ、いいな。この前デザインしたマンションのリビングに似合いそうと思わねぇか?」
「そうですね。お求めになりますか?」
「そうだな。モデルルームにおいても良さそうだし…あ、でも、あっちも良さそうだ」
キョロキョロとあちこちを見回す悟は、まるで幼い子供のようで。そんな無邪気な姿に、飛島も嬉しそうに相手をしている。
しかし、
「どうぞごゆっくりご覧下さいませ。お気に召したものが見つかれば幸いです。また、お取り寄せやご希望にあわせたオーダーも承りますので、ご遠慮なくお申し付けください」
そう言うと彼女は二人を奥の部屋に案内し、壁の電気をつけた。
やや落とし気味の照明に包まれたその部屋には、ほんのわずかに甘い匂いが立ち込めている。見れば部屋の四隅にキャンドルが炎を揺らめかせており、どうやら匂いの元もそこからきているようだ。
「ここから先は特別なお客様だけしかご案内しておりません。また、ごゆっくりお選び頂けますよう、私も暫く席を外しますので、何かありましたらご遠慮なくお申し付けくださいませ」
そう言ってオーナーが席を外すと、悟は興味深そうに室内を見回した。
「へぇ〜特別の、か。流石、稲垣グループってヤツですか?」
何せ剛志が会長を務める稲垣グループは、世界でも有数のIT企業である。年収にすれば、それこそ普通のサラリーマンが一生をかけても手に入れられるかというほどの金額になるだろう。だが、そんなことは一切鼻にかけることはなく、それどころか寧ろ庶民ぽい生活の方が好きだというから、上流階級とか政財界というものを毛嫌いしている悟も、ヘンな片意地を張らない付き合いができていた。
だから、そんな風に悟が揶揄するのも決して金にモノを言わせてという意味ではなく、有名人の特権くらいの軽い気持ちで尋ねたのである。
実際に剛志の方も
「いや、実はここは…」
智樹の紹介だったから ―― と軽く応えようとしたのだが、
「 ―― 最低ですね」
それを遮るようにピシャリと言い放ったのは、逸弥だった。
「今度は隆志さんや悟さんにまで貴方の悪趣味を押し付けようということですか? それが兄君のすることとは…情けないもほどがあります」
「い、逸弥?」
秘書という立場柄、逸弥は剛志が話を振らなければ積極的に他人と会話をしようとするタイプではないはずだった。それが、
「大体、私をこんな店に連れてくるなんて、どういう了見ですか? こういう趣味は私にはないと、以前にも申し上げたはずです」
剛志との会話に割って入るどころか、あからさまに怒りを見せるのは滅多にないどころか ―― 悟にとっては初めてかもしれない。
「えっと、その…」
「それとも私の意見など聞きとめる気などなかった、ということでしょうか? それでしたら私にも考えがありますから」
しかも逸弥は業界でも有名なクールビューティである。生きたビスクドールとか、楊貴妃・クレオパトラ・小野小町の再来とまで言われる美形である。それは、美人といえば真っ先に亡くなった母を挙げる悟でさえもその次に名前を挙げることに躊躇しないくいらいなのだから、そんな美人が静かに怒るのは、はっきり言って怖いものがある。
そのため、咄嗟に飛島までもが悟を庇うかのように立ち塞がった。
ところが、
「お、おい、飛島。何で逸弥さん、怒ってるんだ?」
全く状況が判っていない悟は、飛島の背をつつくと、そう尋ねた。
「何でって…この品揃えを見たら、悟さんだって御嫌でしょう?」
「はぁ? 何で? 俺は結構、こういう癒しグッズって好きだけど…?」
「…よく見てください。それが癒し系ですか?」
そう言われて、何を言ってるんだと見直して ―― 悟は息を呑んだ。
丁度悟の一番近いショーケースにあったのは、様々な形や大きさのバイブレーターで。中には正視するのも憚れるようなグロテスクな作りのものまで陳列されている。
「な、何だ、これっ! 飛島、貴様っ! そーゆー趣味があったのかっ!」
「あるわけないじゃないですか!」
よくよくみれば、他にも様々な怪しいグッズが並べられており、悟もすっかり動揺して、言うことが支離滅裂である。
その一方で、確実に3度は気温が下がったと思うほどの冷たい表情で正面から睨まれた剛志は、たじたじとなっている。
「考えって…おい、逸弥。まさか…」
「そういった相手が欲しいのでしたら、どこかの秘密クラブにでも入会されてはいかがです? ああ、そういえば。先日のパーティでもそんな話をされている方がいましたね。あの方にでもご紹介して頂くのがよろしいかと思いますよ?」
そんなことをニコリともせずに言うものだから ―― 本当に怖い。
そんな様子を、密かにモニターで見ていたオーナーの藤原も、
(あらら…これは、ちょっと拙いかも知れない。そういえば、浅葱も言ってたわね。「美人が本気で怒ると怖い」って)
先日、自分が非番だったときに訪れたとあるカップルを案内した共同経営者が、そんなことを言っていたのを思い出す。それを聞いたときは、暢気に「見てみたかったのに〜」などと言ったのだが ―― 確かにこれは怖いものだ。
だが、怖いからといって、放置しておくわけにも行かない。
「とりあえず、一度、落ち着いてもらうのがいいわね」
そう呟いて、特製のハーブティーを用意した。



「どうぞ、こちらにお座りくださいませ」
まさに一触即発の雰囲気だった逸弥と、真っ赤になって怒っていた悟を連れ出したオーナーは、別室に二人を通すとマイセンのティーカップに注いだハーブティーを薦めた。
しかし悟はともかく、席についても逸弥の方は氷のように冷たい表情でティーカップを睨んでいる。
だから、
「念のために申し上げておきますが、こちらには妖しい効能はございませんので、ご安心ください」
「え?」
オーナーがそんなことを言うものだから、何も考えずに手を伸ばした悟は吃驚して固まってしまった。
一方で、
「…すみません。そういうつもりではなかったのですが…」
「いえ、もしやと思われるのも仕方がありませんわ。当店では奥のような品物も扱っておりますから。それに、稲垣様は失礼ながら説明よりも先に行動に出られる方と思われますもの」
つまりは、そうやってお茶に妖しいクスリというのもあったのでは?ということらしいが ―― 実際に図星なので逸弥としては反論する余地もない。
(流石…こういうお店を経営されているだけあるということですか)
そう嫌味の一つも言ってやりたいところだが、そこまで大人気ない逸弥でもなく、あえて答えもせずに冷たく取り澄ましてお茶を口にした。
それを見て、悟も安心したように口をつけるが、
(あらあら。これは…本格的にご立腹のようねぇ)
一方のオーナーの方はこういったケースも何度か経験があるのか、表向きは全く気にしないようにこちらもお茶を口にしながら、頭の中ではめまぐるしくフォローを考えていた。
しかし、
「私共はお二人の甘いお時間をお手伝いさせていただくのが仕事です。ですから、どちらかが嫌がるようなことはお勧めいたしません。ですが…」
ニッコリと微笑んで、小さなモニターの電源を入れた。それはどうやら店内に配置された監視カメラのようで、
「どんなに大切に思いあっていても、口に出さないと判らないこともございますね」
映し出されたのは奥の部屋に残された、剛志と飛島の姿だった。



『大体、いきなりこういう店につれてくるなんてことをするからいけないんですよ』
『仕方がないだろう? 『一緒にアダルトショップに行こうぜ♪』なんて言ったら、その場で離婚されちまうぜ』
『当然ですね。私だって判っていたら絶対にお断りしていました』
『お前…たまには兄の味方をしようとは思わないのか?』
『思いません。私にとって、大事なのは悟さんだけですから』
『俺だって逸弥のことは誰よりも大事にしてるぞ』
『ああ、そうですか』
『そうですかって…お前、信用してないな?』
『当然です。大体、クスリとか道具に頼るなんてことが私には考えられませんから』
『あのな、俺だって! 好きでこういうモノに手を出そうとは思わないぞ!』
『…』
『何だよ、その信用のない視線はっ!』
『…こういうお店に連れてきておいて、そういうことを言われても信用なんてできないと思いますが?』
『仕方がないだろっ! 逸弥はあの通り、人に甘えるっていうのが苦手なんだからっ!』
『…すみません。話の繋がりが全く見えないのですが?』
『だから! 俺としてはせめてベッドの中でくらい、思いっきり甘やかしてやりたいんだよ。それこそ身も心もドロドロに溶かしてやるくらいになっ!』
『ですから、どうしてそれがこういう店になるんです?』
『あのな、逸弥はそれはそれは初心なんだよ。クスリや道具のせいってことにしてやれば、少しは羞恥心も薄まるだろ?』
『…なんて短絡的な…』
『フン、何とでも言え。大体、そういう点では、悟君も似たところがあるんじゃないか? 悟君も結構、意地っ張りぽいから、甘えさせるのも大変だろ?』
『 ―― ご心配は無用です。私は、常日頃から悟さんを甘やかせてあげておりますし、悟さんはベッドではとても素直に甘えてくださいますから』
『フン、逸弥だってベッドの中では可愛いぜ。もう限界なのに、ホントにギリギリまで我慢しようとするところなんか、最高に可愛いんだ』
『可愛さでしたら、悟さんの方が上だと思いますね。ちょっと悔しそうにお強請りする姿なんて、それはもう絶品です』
『お強請り? ふーん、それなら逸弥だって…』



「全く…会長はともかく、隆志さんまで何を言うかと思えば…」
「…あの、馬鹿兄弟…///」
途中から、すっかりお茶を飲む手が止まっていた逸弥と悟だが、流石にここまでくると見ていられなくなったらしい。
「悟さん、これは早々にあの二人を連れ出さないと、とんでもないことになりそうですね」
「確かに。これ以上、暴走されたら…ヤバイですね」
惚気話とキワドイ話にすっかりテレまくっている二人である。これ以上長居をしていたら、それこそ何を言われるか判ったものではない。
そこで、
「それでは、よろしかったらこちらをお持ちください。当店のオリジナルカタログです」
そう言ってオーナーは紙袋にカタログと試供品を幾つか入れると、ニッコリと微笑んで差し出した。
「お二人でゆっくりとお選びください。ご希望のものがございましたら、お取り寄せもいたしますわ」
逸弥としてはそんなものもいらないと言いたいところだが ―― ここは「帰って一緒に見よう」とでも言わなければ剛志が帰りそうにない雰囲気であるのも事実だ。
だから、
「…仕方がないですね」
「えっと…それじゃあ、一応…」
渋々手に取ると、それぞれのパートナーを捕まえて帰路についた。



そんな2組を見送って ――
「…あ、智樹君? ええ、お兄様達は今、帰られたわ。やっぱり、逸弥さんは怒ってらして…ホント、あの稲垣グループの会長とは思えなかったわね。ええ、悟さんの方は、智樹君の言っていた通り。興味はないわけじゃあって感じだったから、カタログをお渡ししたの。注文するときのお顔を見たいところだけど…どうかしらね? ええ、それじゃあね」
携帯電話でこの店の宣伝担当にそう報告すると、オーナーは楽しそうに店に戻った。
そして、
「さて…と。次のお客様のために、下準備をしておかなきゃね♪」
次の来客のために、新しい趣向を楽しんでいた。



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飛島&悟 or 剛志&逸弥


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