Fugitive 03


マンションに向かう間、裕司は興味深そうに運転する春也を見ていた。
「…何です?」
「いや、別に。気にせず安全運転で頼むわ」
確かにホストなんてしていれば、それこそ他人に見られるのが仕事のようなものではある。
だが、だからといってじろじろと見られていい気になる人間はそうはいないものだ。
ましてや裕司は勤め先のオーナーで、男相手の浮いた話もちらほらと聞いているから ―― 気にするなと言われても、はいそうですか、とはいかない。
尤も、
「心配するなって。俺はタチ相手に欲情するほど飢えてないって」
そう言われてククッと笑われれば、ムッとしながらも春也は運転に専念することにしたようで、そんな春也を横目で見ながら、裕司は気にせず観察を続けていた。
確かに春也は『Misty Rain』のナンバー1だけあって、その外見は並外れたものがある。
実はそれなりに鍛えているという噂もあるが着やせするタイプらしく、こうしてスーツに身を包んでいればサーベルのようにしなやかな細身に見える。
更に、少し長めの髪を明るい茶色に染めており、その前髪をかき上げる仕草が店に来る女性にはたまらないらしい。
何でも、切れ長の瞳に、男には思えない長い睫毛が魅力的だとか。
確かにビジュアル的には絵になるが、ホストには致命的ともいえるほどに愛想は良くない。
だが、決して人には懐かない気高き野生獣のようなキケンな雰囲気も、えてして女性 ―― 特に自らが経済力を持つ、やり手の女性には手懐けたいと思うところらしい。
おかげで春也を指名するのは遊ぶ金には不自由しない経済力のある女性が多く、多忙の合間を縫って店に来るものだから、それこそ指名料はつりあがるばかりだ。
そして当然春也自身もそのことは判っているから、金を出せなくなった客には、先ほどのように冷たいことこの上ない。
(全く、同じ美人なのに、こうも違うとはな…)
ふと裕司の脳裏に浮かんだもう一人の美人 ―― それは昨年の秋に知り合った美貌の医師。
春也と負けず劣らずの美貌で、しかも愛想は比べようにないほどによく、無邪気なことこの上なくて。
尤も、生憎とそちらは既に古くからの知人のお手つきで、手を出そうものなら自分の命だけではなく、片岡組そのものまで危険に合わせかねないときているが ―― それと引き換えでも一度抱いてみたいと思わずにはいられないところだというのに、同じ美人でも春也にはそういう気は全く起こらなかった。
確かに春也はどちらかといえばタチの気質と思えるし、実は気になっている相手がいることも判っている。
だが、綺麗なものを手にしてみたいと思うのは男だったら当然のところとも思えるのだが、
(ベッドの中までこうも冷めてると…確かにその気にはならんよなぁ〜)
そう自分は思うところだが、世の中にはそんな春也でもいいと思うヤツがいるのだ。
自分だって結構春也には冷たくしているはずなのに、ちょっと態度が変わると気になってしょうがないなんて。
(だったら、自分で聞きゃあいいんだよ。それが…なんだって俺が橋渡ししなきゃいけないんだ?)
そんな風に内心ではブツブツと文句を言っている裕司だが、それこそ本人に言えば、余計なことはするなと言われるに違いない。
だが、こういうことにはつい首を突っ込みたくなるのが裕司の癖で、
「まさかマゾってことはないよなぁ…」
そんな風につい呟くと、
「え? 何か言いました?」
丁度車庫入れをしていた春也が、不審そうに聞き返してきた。
「あ、いや、なんでもない。お、着いたな」
わざとはぐらかすように言えば、更に不審げに春也が見ている。
「ええ…本当に上がっていくつもりですか?」
「お前ね…ここまで来て帰れって言う気か?」
「言いたいところですけどね。どうしても上がっていく気なんでしょう?」
そんな風に、本当に嫌そうに言う春也だが、それはいつものことなので裕司も余り気にしていない。
ホスト仲間のうちでも、春也はプライベートでの付き合いは殆どしない性格だ。
それはナンバー1だから気取っているというのではなく、どうやら自分に協調性というものが欠けているということを自覚しているようで、実際、飲み会とかなれば金だけは払ってあとは気の会う連中でということが多い。
そんなクールなところは、実はフロア担当の若いスタッフ達には人気のあるところらしいが、そのことは流石に本人は気がついていないらしい。
ところが、ここ数日はそんな話が出ても我感知せずと帰ってしまうことが多くて、おかげで妙な噂が流れていたのだ。
そう、春也に恋人ができて、どうやらそれは一緒に暮らしているらしい ―― と。
(普通、恋人の一人もできたら…もうちょっと愛想よくなるだろう?)
その噂を聞いたときにはそう思った裕司だが、それを酷く気にしている人間がいるとなれば ―― 確認してやらなくては!と思ったらしい。
だから、
「何だよ。随分と嫌がるな。さては誰かいるのか?」
そんな風にわざと言ってみれば、
「…どうせそれを確かめに来たんでしょう? 見え透いてますよ」
あっさりとそう応えられて、裕司は目を丸くした。
しかも、そう応える春也の雰囲気には、どうやら色っぽい話の気配はない。
「まぁいいですけど。絶対に苛めないでくださいね」
「あ、ああ…」
逆にそんな忠告までされてしまい、これは気を回せすぎたかと少々反省しつつあった裕司だったが。
それこそが運命の出会いだったとは、まだ気がついていなかった。






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初出:2006.07.23.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon