Fugitive 04


流石にホストをやっているだけあって、春也の住んでいるマンションは郊外とはいえ地上20階の高級な造りになっていた。
勿論、エントランスは完全セキュリティシステム。IDカードでロビーに入ると、その先のエレベーターに乗るにも認証番号が必要である。
自室に誰かいれば中からロックを解除してもらうということも可能のようだが、春也はわざわざカードを出して、
「どうぞ」
まるで中には誰もいないかのように自分でロックを解除すると、裕司を部屋へと招きいれた。
「ああ、邪魔する」
勿論日本の住宅だから、靴は玄関で脱ぐものだ。
だがその玄関には春也の靴しか見当たらず、中に人の気配は感じられない。
「寝てるのか?」
確かに普通の人間ならもう夢の中の時間であることは間違いないから、同居しているらしい人間のことをそう尋ねた裕司だが、
「いえ…多分、起きているでしょう。でも、関係ないですよね? 裕司さんは、コーヒーを飲みに来ただけですから」
そんな風にわざと言うところは、かなり意地が悪い。
「お前…いい性格してるよな」
「そうでなきゃ、ホストなんてやっていられませんよ」
そして、そのままダイニングへと誘い、当然のように春也がコーヒーを淹れ始めたとき、
「あ、あの…お帰りなさい…」
消え入りそうな声で奥の部屋から顔を出したのは、明らかに未成年と思える少年だった。
「起きてたのか? ああ、気にしなくていい。こちらには、コーヒーを飲んだらさっさと帰ってもらうから」
生憎、コーヒーを淹れている最中だったので手が離せず、春也はそう言ったのだが、
「おいおい、紹介もしてくれないのか? 弟…って感じじゃないよな?」
そう言って少年の方を見た裕司は、一瞬、ドキリと息を飲んだ。
(なん…だ? この雰囲気。それに…怯えている?)
明らかに、できることなら顔を出したくはなかったのだが、挨拶もしないというのは悪いと思ってというようで、少年はドアに半分隠れるようにおずおずと頭を下げた。
確かに時間も時間だから、今まで寝ていたのかもしれない。
だが、春也とは対照的な真っ黒の髪は、寝起きで乱れているというよりはわざと手入れをしていないといった方が正しそうだ。
特に前髪は小さな顔の半分 ―― 確実に目を隠すくらいの長さがあり、見ている方が鬱陶しく思うくらいである。
それに、長袖のパジャマに長ズボンという特に何でもない格好なのだが、そこから覗く手首や足首は透けるように白くて細く、それこそ転んだだけでも折れてしまいそうな弱々しさがある。
実際に、そんなことを言った裕司に対しても警戒しているようで、縋りつくようにドアにかけた手に震えが走っているのを裕司は見逃さなかった。
そんな少年の怯えに気がついているのは ―― 勿論、裕司だけではなくて。
「裕司さんに紹介するような子じゃありません。気にしなくていいよ、幸斗。奥で休んでおいで」
ピシャリと裕司にはきつく言いながら、後半の春也の声はどこか優しい。
それははっきり言って今までに見たことも聞いたこともないくらいだったから、
「おいおい、随分と待遇が違うな。一応、客だろ? 俺は」
そう苦笑を浮かべて言ってはみたが、
「野次馬根性で押しかけてきた人を客なんて思いません。用が済んだら帰ってください」
春也の答えはにべもない。
「全く、うちのホストでもお前くらいだよ。ヤクザの俺にそんな口を叩くのは」
「ヤクザが怖くてホストはできませんよ」
と春也がそういった、その時。
「や…くざ?」
それでなくても震えていた少年の表情が真っ青になって、
「幸斗?」
「ちょっ…おい、大丈夫か!」
咄嗟に近かった裕司が支えるが、少年はそのままがっくりと気を失っていた。






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初出:2006.07.23.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon