Fugitive 05


崩れるとはよくいたもので、まるで糸の切れたマリオネットのように倒れる少年を咄嗟に抱きとめた裕司は、その身体の軽さに驚いた。
その少年、年の頃は15、6歳くらい ―― 恐らくは高校生、もしくは中学生という年頃に見えるのだが、この時期の少年にありそうな溌剌とした感じは全くなく、それどころか、まるで今までに陽に当たったことがないのではと思うほどに肌は白くて全てが細い。
それこそちょっと乱暴に扱えば軽く折れてしまうのではないかと思う繊細なガラス細工のようだった。
確かにこの時期の少年は、子供から大人に変わる微妙なところとは思うものだが、それにしても細すぎである。
(おいおい、これじゃあ…麗香と変わらないんじゃないのか?)
裕司の一人娘、麗香は今年小学二年生。
両親に似たのかクラスでも背が高い方で、言われなければ二年生とは思えないところではある。
しかし、いくらクラスでは一番背が高いとは言っても、この少年と比べれば流石に身長は低いだろう。
そのことは頭で納得はしているのだが、腕の細さや身体つきなどは却って幼い麗香の方がふくよかに思えるほどで、
「おい、ちゃんと食べさせてるのか?」
ついそう口に出たのは、尤もなところだった。
しかし、
「失礼ですね。三食ちゃんと作ってますよ。まぁ確かに、食べきったことはありませんけどね」
春也はそう答えると、そのまま奥の部屋のドアを開けた。
「それよりも、こちらへ寝かせてください」
「ああ…」
まるで当然のように裕司に運ばせるが、裕司の方もそれを気にした素振りはない。
そして、春也に促されるままにベッドに寝かせると、そっと少年の前髪をかきあげた。
それは特に意味なんてなくて ―― ただ、カクカクと震えているのが哀れに思えて表情を見ようと思っただけだったのだが、
「…へぇ…思ったより美人だな」
小さい顔の半分を隠すほどに無造作に伸ばされた前髪をかきあげると、そこに現れたのは長い睫で。
恐らく、眼を開けばさぞかし綺麗な瞳なのだろうと想像がつく。
どちらかと言えば中性的な作りで、顔だけをみれば少年とも少女とも取れそうなところであるが、どちらにして隠すには惜しい美貌であった。
だから
「折角の美人なのに、なんで隠して…」
そう単純に思って、そっと額の方に手を伸ばすと、
「これ…は…」
陽に当たらない白い額で、その左目の上、髪の生え際からこめかみにかけて薄いピンク色の引きつったような跡が走っている。
それは紛れもなく何かで切られた跡で ―― 職業上、怪我にはそれなりの知識を持つ裕司には見過ごせない傷跡だった。
「切り傷だな…それも、これはかなり深い。そうか、これを隠すために前髪を伸ばしてたのか…?」
当然そのことは春也も知っているのだろうと思って、そう尋ねた裕司だったが、
「さぁ…それだけではないと思いますが…」
そう答えると、春也はこれ以上はこの少年を触らせまいとするように、毛布をそっとかけようとした。
しかし、
「おい、ちょっと待て」
一瞬、眼に入ったソレに、裕司は春也の手を止めた。
それどころか、
「裕司さん…何をするんですっ !?」
春也が非難の声を上げるのも当然で、裕司は引きちぎりそうな勢いでボタンを外すと、少年のパジャマの前をはだけさせた。
「これ…は…」
現れたのは ―― 肋骨が浮かび上がりそうなほどにやせた胸で、青い血管が浮かび上がったその肌には、無数の痣と蚯蚓腫れの跡。
明らかに虐待 ―― それも、単なる暴力によるものというよりは、性的なものばかりだということは一目瞭然である。
「…春也」
勿論、裕司は春也を疑ったわけではなく、ただ事情を知っているだろうと思ってのことだったのだが、
「言っておきますが、僕じゃありませんよ。僕が拾ったときは、もっと酷い状態だったんですからね」
返って来た言葉は思いもかけないものだったので、つい裕司の口調もきつくなる。
「…拾った、だと?」
「ええ…そうです」
それはホストクラブのオーナーと言う立場というよりは、寧ろこのあたりにシマをもつヤクザの幹部としての口調で。
大抵のことでは驚かない春也も、流石に口調を改めた。
だから
「…詳しく聞かせてもらおうか?」
そう裕司に言われたとき、断ると言う選択は最初からなかったのだった。






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初出:2006.07.28.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon