Fugitive 06


数日後、所用で上京した裕司は、ついでにと新宿にある蒼神会本部ビルを訪れていた。
「悪いな、若は留守だぜ」
だが、出迎えたのは学生時代からの悪友でもある加賀山で、場所も専用の執務室である。
「なんだ、龍也は忙しいのか?」
「いや、寧ろ忙しいのは、留守番の俺や若頭の方」
そういうと、大げさにため息をついて裕司の前のソファーに座りこんだ。
「ほら、黒鬼会の会長がこの前まで入院してただろ? あの快気祝いに呼ばれて、仙台に出かけてるんだ」
黒鬼会の会長が戦時中に受けた古傷の悪化で入院したと言う話は裕司も聞いていて、見舞いの品を用意したことは記憶に新しい。
しかもその入院先が龍也の最愛の恋人である克己の勤め先であったということも知っていて、
「ってことは、克己もいないのか?」
「そ、ゆーこと。残念だったな」
そう答える加賀山の表情にはどこか楽しんでいるようなところがあって、恐らく克己に会えることを期待していただろうと思う裕司には残念といいながらも慰めようと言う気は全くないらしい。
尤も、
「…相変わらず、龍也は克己にベタ惚れらしいな」
「そりゃあな。…大山組のこと、聞いたか?」
「ああ、浜松にまで聞こえてきたぜ」
実は今回の黒鬼会会長の入院に絡んで、系列であった大山組の組長が、克己のことで龍也を怒らせたために詰め腹を切らされたという話は既に耳にしていた。
勿論表向きは「病死」であるが、そんなことは龍也の人となりを知っている者なら、誰でも嘘だと判るところだ。
そのため、
「ま、そーゆーことだからな。お前も克己さんにちょっかい出すのは程ほどにしておけよ」
元々遊び人である裕司は殊の外克己を気に入っており、東京に来るときには必ずと言っていいほど逢いに来ている事は知っていた。
それは本当に顔を見にくるというだけで、克己のほうも気の知れた友人として食事にいったりすることには全く気兼ねもしておらず、そこに色恋の話は見えないのだが ―― なにせ独占欲の塊のような龍也である。
あまり調子に乗れば片岡組も大山組の二の舞にならないとはいえないだろう。
とはいえ、そんなスリルも面白がるところのある裕司であり、それは加賀山も同様でもあるのだが、
「フン、まぁいないなら仕方がないな」
珍しく素直に裕司が引き下がったので、逆に加賀山の方が驚いた。
「何、どうした? 熱でもあるのか?」
「はぁ? どうしたって…何が?」
「いや、お前がこんなに素直に引き下がるなんて思わなかったからな」
そういつもの裕司なら、だったら自分も見舞いがてら仙台にまで足を伸ばそうとか言いかねないのがいつものパターンだったはず。
しかし、
「あのな、俺だってそこまで暇じゃないんだぜ?」
そんな ―― 普通なら当たり前であるような台詞だが、裕司が言うということ自体が信じられない加賀山にしてみれば
「よく言うよ。アソビのためなら仕事もほっぽるヤツが」
「…お前にだけは言われたくないな」
そんな風に呟きながら、裕司は急に真面目な顔で話し出した。
「まぁいい、それよりもちょっとお前に頼みがあってな」
「…急に改まって…どうした?」
突然の裕司の態度に、常日頃から人を食ったような加賀山も不審に思って聞き返してくる。
そこで、
「実は、ちょっと調べてほしい人間がいる」
そう言って裕司が見せたのは、先日、春也の部屋でであったその少年の写真だった。






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初出:2006.08.06.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon