Fugitive 07


祐司があの少年の写真を見せると、加賀山は一瞬だけ驚いたようだったが、
「へぇ〜、中々可愛い子じゃん」
そう言って写真を手に取った。
それは、恐らく気を失っている間に撮ったものだろう。
少し顔色が悪く瞼も閉じられているが、いつもならあの長い前髪で隠されていたであろう表情がフラッシュの下に晒されている。
だが巧みな角度で額の傷は見えないようにされており、また肩から下も写されてはいなかった。
勿論、そんなことは加賀山には判るはずもなく、
「…で、まさかこの写真一枚しかヒントはなし、とは言わないよな?」
幾ら情報通を自負するとはいえ、写真一枚ではどこから手をつければいいかも判らないというものだ。
だからそう聞くのは至極当然と思えたのだが、どうやら裕司はあまり答えたくなさそうで、
「名前は幸斗。生憎、苗字は判らない」
そう答えた表情は、かなり不機嫌そうだった。
(ふぅ〜ん、裕司の好みにしちゃあ若すぎると思うが…)
しかし、逆に聞いている加賀山の方は興味を引かれたらしい。
何せ裕司とは学生時代からの付き合いである。
女は既に亡くなった妻一人であったが、男に関してはそれこそとっかえひっかえという両刀使いであることはイヤと言うほど知っている。
まぁ、他人の性癖をどうこういう趣味は加賀山にはなかったが、
「幸斗クンか、うん、いい名前だ」
「年も正確なところは判らんが、多分、15〜6ってところだろう」
「そうだな、未成年は間違いなしって感じだよな」
裕司が相手にするには少々若すぎる気もするが、今までは無理強いなことはしなかったはずなので、あえてコメントは避けておいた。
しかし、
「ああ。身体も随分と細くて、ロクに食わせてもらってなかったって感じだった」
「ってことは、ネグレクト(育児放棄)か、こんな可愛い子を…」
幾つかのキーワードを入力して検索をかける気らしく、加賀山は裕司の話を聞きながら視線は愛用のパソコンのモニターに向けられている。
そして流れるようなブラインドタッチででキーボードを叩いていたが、
「で、それから…?」
不意に裕司が黙り込んだので、不思議そうに顔を上げた。
「どーした?」
「…まだ何か必要なのか?」
「はぁ?」
「だから、これくらいの情報があれば、お前だったら調べられるだろう?」
逆に言えば、もっと判っていればわざわざ加賀山には頼まないところなのだが ―― そこまでは流石に言えたものではない。
しかし、
「…あのな、俺のことをそこまで優秀だと買ってくれるのは嬉しいんだけどな、モノには必要最低限ってのがあるだろう?」
珍しくそんな風に言い聞かせるように加賀山が言えば、そこは裕司も判ってはいたらしい。
だが、額の傷と、特にあの体に残された傷のことは、どうしても言いたくはなかった。
だから、
「…うちのホストが拾ったんだ。かれこれ2週間ほど前の夜中に、鳴沢のあたりだと言っていた」
「鳴沢って…樹海とかある、富士山の麓の…あの?」
「…ああ」
富士の樹海といえば有名なところでは青木ヶ原があるが、そこは自殺の名所とも言われる場所である。
大地はかつて富士山が爆発したときの溶岩によって覆われているため磁石が使えず、一歩足を踏み入れれば鬱蒼と地を這うように茂る樹木と起伏の激しい土地のため、自分の居場所さえ見失って生きて戻ることはできないとまで言われていたところだ。
勿論今ではきちんと整備された道路もあることは確かだが、それも人の手が入っているのは全体から見ればほんのわずかだ。
そして、そんなところをこんな子供が夜中にとなれば、それは余程の理由があってと思うのが普通だろう。
そう推測してもう一度写真を見れば、それは明らかに眠っているところを撮ったもの ―― つまりは、本人の同意は怪しいというもので、
(おいおい、こんな子が自殺志願か? 世も末だな)
「判ったよ、で、俺は何を調べればいいんだ?」
「…取りあえずはこの子の身元だ。もしかしたらこの子の保護者が探しているかも知れんが、そいつらには気づかれないようにしてくれ」
つまりは、裕司としては自殺未遂まで追い込むようなことをしたのはこの子の保護者 ―― あえて、「親」とは言わなかった ―― と考えていると言うことなのだろう。
そのことを察した加賀山はそれ以上は聞くことを控えて、
「 ―― 了解」
とだけ答えていた。






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初出:2006.08.06.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon