Fugitive 10


裕司の姿を見た瞬間、流石に幸斗はビクリと身体を硬くした。
『…ヤクザが怖くてホストはできませんよ』
裕司は前に逢った時には、そう春也が言っていた相手で。
でもどう見ても、あの ―― 幸斗が知っている「ヤクザ」と同業とは思えない人だった。
だから、どうしたらいいのか判らなくていたら、
「なんだ、食事中だったのか。よしよし、しっかり食べろよ」
「あっ…はい…」
まるで年端の行かない子供相手のようにそんな事を言われて頭をくしゃっと撫でられると、流石にビックリして身体が硬くなるが、それは決していやなものではなかった。
寧ろぶっきらぼうながらも優しい感じがして、無意識に涙が出そうになって、俯いてしまう。
それを、
「裕司さん…」
すぐに非難めいた視線で春也が睨みつけるので、裕司は苦笑を浮かべた。
「なんだよ。ちょっと頭を撫でてやっただけだろ?」
わざと軽口を叩くような言い方であったが、裕司には春也の言いたいことは判っていた。
恐らくはヤクザ者に暴行されたのであろうと思えば、同じヤクザ ―― そうは見えなくても ―― の裕司に触れられることが、幸斗にとっては恐怖以外の何モノでもないだろうと思えたのだろう。
だから、
「幸斗、嫌な時ははっきりと言って構わないよ。この部屋は僕のだから、今すぐ追い出しても構わないんだからね」
どうやら裕司には何を言っても拉致があかないとでも思っているのだろう。
思いっきりそんな事をそれこそ聞こえよがしに言えば、裕司も返す言葉がない。
「おいおい、春也…」
そのため、苦笑を浮かべるしかないというように春也を呼べば、
「大体、何の用です? 僕はそろそろ出勤時間なんですけど」
思いっきり喧嘩腰の春也は、いかにも邪魔だから出て行けと言いたそうだ。
しかし、裕司の方もそうは簡単に引き下がる気はなく、
「ああ、たまにはいいだろ、同伴出社。お前、今月も売り上げナンバー1だったっていうじゃないか。だから、そのご褒美ってことで」
「何でご褒美が裕司さんとの同伴なんです? ちっとも嬉しくはないですね」
だが、どうやら本気で春也は機嫌が悪いようで、裕司の取り付くしまもないようだ
「…お前ね。もうちょっと可愛いこと言えよ」
「僕が可愛くないのは良くご存知でしょう?」
幸斗に対してはそれこそ可愛い弟に対する兄のような優しい口調を崩さない春也なのに、余程裕司とは反りが合わないのか、視線も冷たければ口調は更に凍りつくようだ。
ところが、
「あの…そんなことはない…です。ちょっと、びっくりしただけ…で」
そんな2人の仲を取り持ったのは幸斗だった。
「ごめんなさい。あの…喧嘩はしないで下さい。僕なら平気ですから…」
幸斗にとって、春也は助けてくれた上に何も聞かずに部屋に置いてくれる、どんなに感謝しても足りないほどの恩人である。
そして裕司は ―― まだ今日で2回目だと言うのに、何故か悪い人にはどうしても思えなかった。
春也が言うには「ヤクザ」だとのことだが、そんな風には到底思えなくて。
前に逢ったときも、不覚にも「ヤクザ」と聞いて恐くて気を失ってしまったが、それでも僅かに覚えがあった。
倒れる自分を抱きしめてくれた腕が、とても優しくて。
心配そうに自分を見てくれた視線も ―― 嘘だとは思いたくなくて。
だから、そんな2人が言い合いをする ―― ましてや自分のことなら尚のことで。
それが申し訳ないような気がしてそんな事を言ったのだが、まさか幸斗が仲裁に入るとは思わなかった二人である。
「だから…その…」
そのあと、どう言ったらいいのかと却って困って泣き出しそうな表情の幸斗を見れば、確かにこれ以上の言い争いはしにくいというものだ。
そしてそういうところでは、切り替えの早い裕司である。当然のように幸斗の前に座ると、
「そうだな。悪かったなぁ、いやな思いをさせて。大体、今日は土産を持ってきたんだよ。昨日まで、ちょっと出張で都内に行ってたんでな」
「…そうなんですか」
都内と聞いてちょっと幸斗がビクリとするが、裕司はそれを敢えて気が付かないようにしていた。
逆に春也のほうは、おや?というように裕司を見たが、
「…着替えてきます。幸斗、無理はしなくていいからね」
そう言って、一応念を押すように裕司の方をチラリと見ると、春也は自分の部屋へと行ってしまった。






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初出:2006.08.20.
改訂:2014.11.03.

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