Fugitive 11


着替えを済ませてリビングに戻ると、春也はまだこの部屋に残りたそうだった裕司を追い立てるように部屋を出た。
そして、いつものように地下の駐車場に向かうと、
「同伴って言ったろ? こっちに来い」
まるで当然というように裕司に腕を取られ、そのまま真っ白のベンツに乗せられてしまった。
「…冗談じゃなかったんですか?」
まさか先ほどの理由が本気だったとは思っていなかった春也である。
だから呆れたようにそう裕司に言えば、
「マジな話をするには丁度いいだろ?」
そう言って、裕司も後部座席に入り、運転席の男に車を出すように命令した。
見れば、運転席にいるのは片岡組の若頭である大前喜市。
年齢は幹部としては若いが組における肩書きは一つ上に当たり、裕司にとっては最も信頼の置ける腹心である。
勿論、片岡組の次期後継者にほぼ決定している裕司である。
それこそ舎弟ならいくらでもおり、中には運転手専門の者もいるはずだ。
それをわざわざ若頭ともあろう者が代わっていると言うことは ――
「幸斗のこと…ですか?」
思い当たるものといえばそれしか考えられない。
実際に、
「ああ…」
そう呟くと、裕司は珍しく動き出した外の風景を眺めるように視線を外し、暫く黙っていた。
しかし、
「暫くは絶対に外に出すな」
そう言い出した表情は、先日、春也から幸斗のことを聞き出したときの「ヤクザ」の顔に近かった。
それこそ、有無を言わせぬといった雰囲気さえある。
だが、
「…どういうことですか?」
「言葉の通りだ」
「幸斗のことで、何か判ったんですか?」
元々、滅多なことでは物怖じしない春也ではある。
その一方で、他人には積極的に関わろうというタイプでもないと思っていたのだが、何故か幸斗のことについては妙に気にかけているようだ。
それはただ自分が拾ったからというだけの理由には思えないようなところもあって ――
「いや、今調べさせている最中だ」
そう応えつつ、それだけでは納得しないだろうとも薄々気付いていた。
それが何故なのかは判らないが。
「だが最近、静岡市内を中心にヨソのヤクザが出没しているらしい。それもどうやら誰かを探しているという話だ」
「まさか、幸斗を?」
「確認はしていない。下手につついて藪からヘビを出すのもやばいだろ?」
そう裕司が応えると、春也は珍しく、深く溜息をついて車のシートに身を沈めた。
そして暫く黙って考え込んでいたが、
「余程のことがない限り、あの子は自分から外には出ないとは思いますよ」
実際に、つい最近までは与えていた部屋から出ることでさえ怯えていたくらいである。
だから春也が出て行けとでも言わない限りは、幸斗が自分の意志で外に出ることはまず考えられないとは思う。
だが、それも身体の傷が完全に癒えて、将来(さき)のことを考えるようになれば ―― 判らない。
それを裕司も気が付いていたのだろう。
「必要なら、こっちで部屋を用意してやってもいい」
そう言い出した裕司の様子には、下手な下心があるようには思えなかった。
だが、相手はどう見られても「ヤクザ」である。
そんな「ヤクザ」と一緒とは思いたくはなかったが、それでも春也にとっては痛い過去が、簡単に信じるなと言っている様な気がして、
「どういうつもりでそんなことを仰っているのかは知りませんが、いつもの遊び相手に幸斗を考えているのでしたらお断りします。あの子は、遊びで付き合えるような子じゃないですから」
丁度タイミングよく車は『Misty Rain』の駐車場に入ってきている。
そのため春也は躊躇いもせずにドアを開けると、そう言い残して外に飛び出ていった。
それを、ただ言わせるがままにしていた裕司だが、
「…言ってくれるな」
流石にそれは応えたらしい。スーツの胸ポケットから煙草を取り出すと、苦笑を浮かべながら口に咥えて火をつけた。
そして、
「ホント、気が強いヤツだよな。俺ってそんなに信用ないか?」
そんなことを呟きながら紫煙を吐き出すと、
「それは…今までの行いのせいでしょうね」
黙って成り行きを聞いていた大前が、運転席から仕方なさそうに呟く。
「お前まで言うかよ」
「まぁこれに懲りて、少し慎まれるのがよろしいかと思います」
「フン、どいつもこいつも…」
確かに。若い頃は男も女も関係なく付き合い、派手に遊んでいたのは事実だ。
そして、その中でも惚れ抜いて一緒になった香織が死んでからは、二度と女相手をする気がなくなった反面、男相手なら数え切れないほどに遊び続けた裕司である。
それも相手は一夜限りか、遊びと割り切れる商売人ばかり。
面倒な素人には手は出していなかったのも事実ではあるが。
しかし、
「でもな、あの子に関しては…本気でマジだって言ったら、どうする?」
そう言って苦笑を浮かべると、裕司はゆっくりと春也を追いかけるように『Misty Rain』に入っていった。






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初出:2006.08.27.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon