Fugitive 14


元々、春也があの女 ―― 先日、逆上して切りかかってきた ―― に付きまとわれているということに気が付いたのも、中谷がここでモニターのチェックを欠かさずにしていたおかげであった。
大体、亭主が横領で収監されているはずなのに、妻であるあの女はほぼ毎日店の周囲にうろついていた。
それを不審に思った中谷が、警備係の者たちにそれとなく気をつけるようにといっていたところにふらりときたのが裕司で、
『そりゃあ心配ですね。ああいいですよ。俺も手が開いてますから、気をつけておきます』
そう言って密かに見張ってもらい始めた矢先の出来事だったから、あと少し気が付くのが遅かったらと思えば、流石に背筋がゾッとするというものだ。
そうそれが、従業員を心配する雇い主としての立場だけとは流石に思えなくて。
それ以上に思う心があるのは判っているが、それでもそんなことには気が付かない振りをし続けていた。
そしてそんな振りを更に続けるためには、少しでも余計なものは見えないようにしなくてはいけないから。
壁一杯のモニターは、フロアのほぼ全域と表玄関、それから裏にある勝手口が常に見渡せるようになっている。
特にフロアの方は各ボックスをそれぞれ見渡せるような絶妙な配置になっているはずであったが
(あ…れ?)
フロアでも一番の特等席にあたる1番テーブルのボックスは、何故か微妙にモニターからは外されており、ステージをカバーするモニターの端に辛うじて後姿が見える程度だった。
勿論一番の特等席であるから、モニターになくても他のスタッフの目は行き届いているし、ここで何か問題が起きても、それはすぐに判ることではある。
しかし、
「…全く、素直じゃないですね」
そう溜息交じりに呟いた裕司の声は中谷にも届いていたらしく、少しだけピクリと肩が震えていた。
フロアでの特等席を使うホストといえば、それは当然この店のナンバー1である春也 ―― ここでは春彦という名前―― であるしかいなくて。
先ほどの件といい、中谷が春也を意識しているのは目に見えているというものだ。
そう、判っていないのは、おそらく本人だけであって。
「そうそう、春也の件といえば、アイツ、やっぱり家に可愛い子を連れ込んでましたよ」
そんな風にわざと言えば、中谷のカップを持つ手がビクリと震え上がった。
「そ、そうなんだ…」
「ええ、例の件の後、あいつのマンションに邪魔したんですけどね。随分と可愛い子で…余程大事にしてるみたいですよ」
そんな風にわざとふざけたように言えば、中谷の綺麗な笑顔は益々引きつっていく。
裕司にしてみれば、そこまで顔に出るのに何故素直になれないのかと不思議に思えるくらいの反応だ。
だから、
「俺が構おうとすると、マジに怒るんですよね。まるで実の兄貴みたいでしたよ」
そう言外に、レンアイ感情ではなさそうといえば、中谷は驚いたように顔を上げた。
「え? 恋人…じゃないの?」
「さぁて、絶対にとはいえないけど、多分違うと思いますね」
拾ったから面倒を見ていると言っていたのは春也自身。
それに、気分転換に車を走らせていたとうのも、実のところは中谷が自分を見ようとしないことに反発してのことだというのも判っている。
却ってこういう関係は、当事者よりも周りの人間の方がよく判るものだ。
ましてやどちらも顔に似合わず意地っ張りときているから ―― 始末に終えない。
ところが、
「…そういえば、春也には年の離れた弟がいたらしいね」
マンションに置いているのが恋愛関係の相手ではないということを素直に信じたのか、中谷はふと思い出したようにそんなことを呟いた。
そのため、店では源氏名というルールを忘れて、つい春也と本名で呼んでいる。
だが、裕司もその辺りはわざと聞き流して、
「いた ―― ってことは…」
「もうかなり前に亡くなったって聞いたよ。何かの事件に巻き込まれたっていう感じの口調だったけど…言いたくなさそうだったから、あまり詳しくは聞かなかったんだけどね」
そのときのことを思い出したのか中谷がちょっと心配そうな顔色を見せると、裕司は興味深そうに腕を組んだ。
「ふぅん…あの春也が自分のことを話すなんて…珍しいですね。やっぱり、先輩は特別かな?」
そんな風に茶化すように言えば、咄嗟に中谷の頬は真っ赤に染まって
「あ…それは、ほら。ちょっとした偶然で…」
「つまり、それだけ先輩には気を許してるってことでしょう? いい加減、先輩も素直になったほうがいいと思いますよ?」
(尤も、俺も…他人のことを言えた義理じゃないですけどね)
そう思った心の声は、あくまでも口から先に出すつもりはなった。






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初出:2006.09.03.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon