Fugitive 17


大前から連絡を受けた公園へ成樹を連れて向かうと、そこは既に黒だかりの人山ができていた。
「ちゃんと付いて来いよ、成樹。…悪いな、ちょっと通してくれ」
黒だかりを作っているのは、仕事帰りのサラリーマンや明日からの休みに浮かれているOL、それに塾帰りらしい高校生や合コンでアルコールが入った大学生と様々であったが、
「あらぁ〜。裕ちゃんじゃないのぉ〜」
突然、目の前の人垣が開けたかと思った瞬間、野太い声が裕司を呼んだ。
「げっ…な、ナンシー?」
咄嗟に逃げ腰になった裕司だが、それより先に、身長はともかく横幅は裕司の倍以上ありそうな女 ―― の格好をしたどう見てもむくつけき男 ―― が抱きついてきていた。
しかも辺りの人山まで途端に一歩下がったような気がするが ―― 気のせいではなさそうだ。
だが、そんなことは全く気にせず、
「やっだぁ〜。裕ちゃんまで来てくれるならぁ、アタシぃ、もっとキレイにしておくんだったわぁ」
そう言いながら恥らうように抱きついた腕を放すと、絞め殺されるかと思いそうだった裕司はスーツの襟元を緩めるようにして息を整えた。
「いや…それで十分だよ」
「あらぁ、そうぉ〜? うふっ、裕ちゃんはオンナを褒めるのが上手なんだからぁ♪」
恐らく本人は普通に話しているつもりなのだろう。
だが、その声は辺りに響き渡るかのように広まって、人だかりを構成していた一般人たちが眼を丸くする。
(アンタはオンナじゃねぇだろうがっ!)
とは、裕司だって ―― 恐らく遠巻きに見ている一般人も ―― 思いっきり言ってやりたいところであるのは間違いなさそうだ。
だがそんなことをいえば、恐らくその逞しすぎる腕で絞め殺されるのも ―― 想像に容易い。
そう、新宿の歌舞伎町ほどではないといっても、この界隈にもオカマバーくらいは存在する。
彼女(?)はその一つである「寿(ことぶき)」と言う店のママなのであった。
店の名前は純和風、源氏名は洋風という組み合わせであるが、その姿も凄いものだ。
ショッキングピンクのチャイナドレスはかなり深くスリットが入っており、そこからは黒い網タイツの逞しい太ももが見え隠れしている。
化粧も濃くて、アイシャドーにマスカラまでばっちりだ。
そんなナンシー・ママが、
「それにしても、今日は大安吉日だったかしらぁ? トシちゃんの勇姿は見れるし、裕ちゃんには会えるし。アタシって果報ものよねぇ〜」
とそんなことを言うので、裕司もすぐさま我に返った。
「そうだ、寿樹は?」
「え? あら、やっぱり裕ちゃんもトシちゃんを見に来たの? トシちゃんも人気者ねぇ。うふふ、ほら、あそこにいるわよ」
そうナンシーが顎でしゃくった先では ―― 数人のいかにも柄の悪そうな男が地面に這い蹲っていた。どうやらかなり手酷くやられたようだ。
そう、転がっているのはこの辺りではあまり見慣れない者で、肝心の寿樹はといえば、一人だけ残っていた頭一つ分は大きそうな男を相手に、不敵な笑みを浮かべている。
「相変わらず強いわよねぇ。もう、うっとりしちゃうわぁ」
「…しかも今日のアイツはすこぶる機嫌が悪いからな。馬鹿な連中だ」
そう応えた裕司は、心の底から男達に同情していた。
『色男、金と力はなかりけり』とはよく言われるが、実は寿樹はその外見からは想像できないほどに喧嘩には場慣れしていた。
なにせ親が離婚して母子家庭 ―― しかも母親は水商売 ―― で育った上に、幼い頃は本当に女の子と間違われるような可愛さだったのだ。
反感を持った子供たちからはよく虐められていたから ―― 幼い頃から実践で鍛えられていたというようなものだ。
お陰で高校に入った頃には喧嘩を売ろう何ていう命知らずはいなくなっていたのだが ―― 知らないということは恐ろしい。
ところが、
「あら、でも良く見たら…あの相手、金バッチつけてるわよ」
「…何?」
そうナンシーに指摘され、裕司も目を凝らした。
確かに、唯一残っている男がこの連中の兄貴分のようなものなのだろう。
その男だけが今では泥だらけとは言っても一応スーツを着ているし、その襟元には直径2センチにも満たない小さな金色のバッチが付けられている。
転がっている男達はどうみてもチンピラ風情だし、残った男も似たり寄ったりの雰囲気で ―― とても普通のサラリーマンには見えないのも確かだ
そう、そんな風にこれ見よがしにバッチをつけるというのはどこぞの組の構成員であるということであろうが、見覚えのないバッチということは ――
「もしかして、シマ荒し? やだわぁ〜、物騒よねぇ」
絶対にお前だけは大丈夫だろうと思わせる巨体でしなをつくり、「きゃあ怖い」とか言いながら裕司に寄り添ってくるナンシーであったが、
「くそう…優男が、ふざけやがって!」
どうやら逆ギレしたらしいその男は、胸のポケットからバタフライナイフを取り出すと、寿樹に向かって切りかかってきていた。






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初出:2006.09.10.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon