Fugitive 19


向野を乗せた車が高速道路に入ったとの報告を受けると、裕司は不意に幸斗の顔を見に行きたくなっていた。
元々、金光組の連中が言っていた『探しモノ』が幸斗のことだと確認したわけではない。
だが、連中が探していたのは「誰か」であって、しかもそれは寿樹を身代わりにしようと思わせるような人間だということになる。
生憎、寿樹の性格はイヤというほど知っているので、幸斗と似ているなどとはこれっぽっちも思わないところだが、知らない人間から見れば、使いようはあるように思えるところなのかもしれない。
どちらも細身で美形で ―― その気があるものならば、声をかけたくなるようなタイプで。
一応、見張らせておいた部下からの連絡では、今回の騒ぎを起こした連中も一緒に東京方面 ―― 向野のシマは八王子 ―― に向っているとのことであり、何を企んでいるかは読めないが、流石にこれだけの騒ぎを起こした後であるから、暫くはこちらに手出しをするようなことはないはずだ。
逆に言えば、向野たちが体制を整え直す今が一番安全と言えるところでもある。
しかし、
「折角隠してもな、何度も接触しておれば、それは見つけてくれと言っておるようなものだぞ」
どうやら薄々は事情に感づいているらしい父親の司郎にそう言われて、裕司は苦虫を潰したような顔を見せた。
「煩いな。親父には関係ないだろ」
「ほぅ、お前がそこまでムキになるとは…そんなに可愛いいか美人なのか? 藤代の三代目のところと、いい勝負か?」
別に張り合うつもりではないが、難波組との件以来すっかり克己を気に入っているのは司郎も同様である。
そのため、どうせ相手にするならアレくらいの美人をとは最近の口癖のようにもなっていたのだが、
「それは難しい質問ですねぇ」
そんな会話を遮ったのは、本来ならここにいるはずのない加賀山だった。
「誠!? なんでお前が…」
実は加賀山と裕司は学生時代からの悪友で、その関係で片岡組でも顔は知られていた。
そのため、よく遊びに来たり行ったりとしていることは事実だったのだが、
「ん、ちょっと土産の配りついでにな。親父さん、これ、うちの深雪から親父さんに土産です」
そう言って加賀山が出したのはフランス産の高級ワイン。このGWにヨーロッパ旅行をしてきた土産とのことである。
「ほぉ。相変わらず気が利くな。で、深雪は一緒じゃないのか?」
「いえ、アイツはご自宅のほうにお邪魔させてもらってます。姐さんと麗香ちゃんにも土産を買ってきていたものですから」
「ほう、わざわざ済まんな」
「いえいえ、こっちも色々とお世話になってますから」
そう言って笑って見せる姿は紛れもなく気のしれた息子の友人と言う感じであるが、加賀山の人となりを知っている司郎にしてみれば、ただの土産だけでわざわざ浜松まで来たのではないということは判りきっていた。
実際に、
「おい、誠…」
蚊帳の外に一人出された感じの裕司は、そんな社交辞令よりも知りたいことがあると言いたげである。
それを、
「判ってるって。ちゃんとお前にも ―― 土産話は持ってきてるよ」
そう言った加賀山の表情が、どこか痛ましく思えるのは ―― 司郎の気のせいばかりではなさそうで。
「じゃあ、儂は先に帰っておくか。お前らはどうせ一杯やりたいんだろう?」
女子供の面倒は見ておいてやると司郎が気を利かせてやると、裕司は加賀山を自分の部屋に通して人払いをした。
「勿体ぶらずに言えよ。多少の覚悟はできてるぞ」
事実、幸斗の身体に残された疵は目にしている。だから、どんな目にあっていたかということは漠然と予想は付くところだ。
そのことを暗に仄めかすと ―― 加賀山も覚悟はついたらしい。
諦めたように大きくため息を一つつくと、神妙な面持ちで口を開いた。
「名前は朝倉幸斗。年は…今月で19歳になるらしい」
「19? とてもそうは見えないぞ?」
「って言ってもなぁ、実際、今年の春に高校を卒業してるんだし」
そう言って胸のポケットから出したのは、どこかの高校の卒業式の写真であった。
グレーのブレザーの制服の胸に卒業生の証か造花のコサージュをつけて。
卒業の感傷だけとはちょっと思えない寂しそうな笑みを浮かべたその写真は、間違いなくあの幸斗としか思えない。
そして、
「まぁそれは表向きの話なんだけどな。裏では…金光組が持っている秘密クラブのNo.1商品だ」
さらりと言った加賀山の声が、裕司には重くのしかかっていた。






18 / 20


初出:2006.09.24.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon