Fugitive 20


白い肌に残された無数の痣と蚯蚓腫れの痕。
それを実際に見ていた裕司であるから、加賀山の言うことは嘘ではないと納得はしていた。
そのため特に驚いた素振りも見せなく ―― そんな裕司の態度を、加賀山の方もあえて追及してこなかった。
しかし、
「金光組の秘密クラブ…あまり聞かない話だな」
ホストクラブやファッションホテルを持っているだけあって、風俗関係には加賀山ほどではなくてもそれなりの情報網をもつ裕司である。
勿論、非合法であるから大っぴらなことは公開できないものではあるが、秘密クラブといわれる存在の情報もかなり持っていたのは事実である。
だが、その中に金光組に関した話を聞いた覚えはなかった。
「まぁな。俺が調べた限りでも、つい1、2年前にできたばかりのようだ。元々クラブって言えば聞こえはいいが…要は金だけはある変態どもに生贄を投げ与えるっていう類のようだからな」
そう吐き捨てるように言った加賀山は、手持ちのアタッシュケースから一冊のファイルを取り出すと無造作に裕司の前に投げ出した。
それを手に取った裕司だが、ページをめくるたびに表情は冷たく凍り付いていく。
そのファイルは、加賀山が調べた幸斗に関するものであった。
―― 朝倉幸斗。現在19歳。
3年前に交通事故にあって両親とは死別し、幸斗も頭に5針の怪我を負っていたが、幸い命には別状なかった。
兄弟はなく、身寄りも他になかったために唯一の親戚筋に当たる梅田家に引き取られる ――
「…そうか。あの傷は、このときの交通事故のものか…」
長い前髪で隠すようにしていた額の傷。
それにそんな意味があったのかと思えば、それだけでも幸斗の痛みは生半可なものではなかっただろうと思う。
しかも、
「その、父親の姉の嫁ぎ先っていう梅田家だが…それがまたとんでもないところでな」
そう言いながら、加賀山は次のページを指差した。
高校生になったばかりの幸斗を引き取った梅田家は父親の姉 ―― 幸斗から見れば伯母にあたり、既に他界していた ―― の嫁ぎ先である。
実際に引き取ったのは梅田道明という、伯母の夫であった男であったが、この男は失業中の上に酷いアル中だった。
「朝倉家っていうのは、まぁ普通の中流家庭でそれなりに財産もあったらしい。事故で生命保険も下りているしな。梅田って男がこの子を引き取ったのも、その辺りを考えてのことだろう。その上、梅田にも息子がいて…それが金光組の若頭、茂木の舎弟だ」
「何だと?」
失業中の上にアル中となれば、幸斗の相続する財産は喉から手が出るほどに欲しかったのは目に見えている。
しかもその息子が金光組の舎弟であって、こんなところでつながりが見つかったりすれば ――
「…ちょっと待て。金光組の秘密クラブができたのが1、2年前のことって言ってたな。それって…」
「ああ、この子が引き取られたあとになるな」
なんでもないように加賀山はあっさりと肯定したが、それは既に確証があるということだろう。
とはいえ流石にこんな重苦しい話題にはいたたまれないのか、加賀山は胸のポケットから煙草を取り出すと美味くもなさそうに紫煙を吐き出しながら話を続けた。
「どうもな、梅田に引き取られてから彼は変わったらしい。中学まではテニス部にも入って明るくて人付き合いも良かったらしいが、引き取られてからは体調を崩したといっては学校も休みがちだったらしく、学校に来るときは車で送迎付きだったらしいな」
「朝倉家の財産を自由にするには幸斗を保護監督する必要があっただろうからな。ちゃんと高校くらいは行かせておかないと…保険会社辺りから騒がれたら、元も子もないってことか」
だからそのために、クラブで働かせながらも学校には申し訳程度には行かせておく。勿論、逃がさないように送り迎えまでつけておいたとすれば、まさに言葉通りに生かさず殺さずといったところだ。
勿論学校の中では流石に監視はできないだろう。だが幸斗くらいの少年が、自分のことをさらけ出してまで助けを求めることなどできるはずもないことだ。
しかし、
「それにな。例の秘密クラブだが…客層はどういうツテがあってかはまだ判らんが、どうも代議士や官僚が殆どだ。ああ、一人、高校の教師っていうのもいたらしいがな」
「おい、それって…」
「ああ、彼の母校の教師だ。尤も、この春先には会員リストから削除されたらしいけどな」
つまりは、学校でも幸斗の監視はきちんとついていたということである。
更に、、
「ついでに言うとな。この春先、鳴沢の別荘で与党の水谷派が勉強会とやらを開いていたらしい。一応名目は、GWの訪米についての打ち合わせってことだったらしいが…」
そう加賀山は言いかけて ―― 息を呑んだ。
裕司の表情がいつものような人を食ったものではなく、真剣というよりは殺気さえ醸し出し始めていたのだ。
そう、鳴沢といえば ―― 酷い状態で行き倒れていた幸斗を、春也が拾った場所であったのだ。






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初出:2006.09.24.
改訂:2014.11.03.

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