Fugitive 23


向野が突然の呼び出しを受けたのは、今月の上納金のために金策に走り回っていた最中であり、しかも呼び出された場所はとあるナイトクラブの地下室だった。
窓一つない地下の一室ではあるが、その部屋の作りは豪奢を極めている。
いや寧ろ、ケバイといったほうが適切なくらいで。
実際に入ってすぐ目に入るのは壁一面に据え付けられたモニターの画面であり、そこには様々な色欲が繰り広げられていた。
モニターの中で傍若無人に振舞っているのはどれも世間的には名の知れた代議士や官僚である。
そして彼らの相手をしているのは、妙齢の女は勿論、美貌の少年やセーラー服を着た少女。
中には未だ10歳にも満たないのではと思える子供までが蹂躙されていた。
言うまでもなく ―― 金光組の秘密クラブである。
幸いと言って良いのか音声までは拾っていないらしく、眼を逸らせばそんな映像は見なくて済む。
しかし、
「随分と人を待たせるヤツだな、お前は。余程、俺のところに顔を出すのはイヤと言うことか?」
そんな嫌味で出迎えたのは、向野組にとっては親組織に当たる金光組の幹部、安原という男だった。
「申し訳ございません。外に出ておりましたのでお伺いするのが遅くなりました。以後、気をつけさせていただきます」
安原の嫌味についても目の前の映像についても表情には一切の感情を見せずにそう謝罪すると、向野は躊躇うことなく頭を下げた。
だが、
「フン、言うだけは容易いからな。口だけは立派なことを言うのは、死んだ親父と変わらんな」
父親を引き合いに出された瞬間、向野の表情がギュッと強張る。
だがそれも、頭を下げていたために安原には気付かれてはいなかった。
明らかに馬鹿にしたような口調で向野を蔑んでいるが、向野のほうもここで我を忘れては相手の思う壺だということはいやというほどに判っている。
ヤクザに堅実というのもどうかと思えるが、向野組の運営はそう評されることが最も適切とも言われていた。
元々、向野組は相模湖畔の観光業を縄張りにもつ組であり、収入源といえばそのショバ代と観光客らが落とす遊興関係くらいなものである。
それも一時期は隆盛を誇っていたものであったが、現当主である篤志が組を継いだ頃には廃れきっており、わずか10人にも満たない組員の食い扶持ですら危うかったほどである。
それを何とか篤志の代になって持ち直したのだが、先日の浜松でのいざこざのために急な出費を強いられ、ここ数日は金策に駆けずり回っていたのは事実であった。
そんな内情も知っているはずだというのに嫌味を繰り返すのは、金光組にとって向野組は目の上のコブのような存在であったからだ。
先にも述べたように相模湖畔からの一帯は向野組が縄張りとしていた土地であった。
だが凝り固まった昔気質の先代は時流に乗ることができず、更に病で倒れた隙に下部組織であったはずの金光組が台頭し、篤志が正式に組を継ぐ前に殆どのシマを乗っ取られてしまっていたのだった。
そのため何とか数人の組員と代紋だけは守ることができたとはいっても、今ではかつての隆盛は見る影もないほどに地に落ちている。
だが、金光組の方も向野組のシマを乗っ取ったやり方の汚さはいくらそれが極道と言っても目に余るところがあったのも事実で、東の蒼神会や西の難波組からも杯を交わすことは断られたという経緯がある。
それどころか、蒼神会も難波組もこの辺り一体は未だに向野組の縄張りという認識を変えていない節があり、それゆえに両陣営からの侵略を受けずにいるということもあり、目の上のコブではあっても取り離すことはできないというジレンマに陥っていた。
そのため金光組における向野組は微妙な立場であり、何かあれば代紋を譲らせて名も実も奪おうとしているのだが、そこは向野が巧く立ち回り、なんとか首をつないでいる状態であった。
お陰で、理不尽な目にあうことはこれが初めてではないのだが、だからといってその対処が容易いということでもない。
いや寧ろ、一つの難題を片付ければ、次にやってくるのは更に厄介な難題である。
そう仕向けている張本人ともいえるのが、この安原を筆頭とする金光組の幹部達だ。
「ましてや今回は保之さんに怪我までさせておいて。あんな端金の見舞で済むと思っているのか?」
保之というのは、安原にとっては兄貴分に当たる金光組の若頭、茂木の一人息子である。
先日、向野の手伝いという名目で幸斗の捜索をさせていたのだが、片岡組と揉め事を起こした挙句に怪我までさせられており、その責任は当然のように向野に押し付けられていた。
実際は、もしも幸斗が見つかった時に向野の手柄にせないためだったのだが、とんだ誤算であったがゆえにそのとばっちりも生半可ではない。
おかげで片岡組に対する詫びも保之の見舞金も向野が負う事になり、流石にその負担は今の向野組には手痛いものであることは間違いなかった。
だが、
「いえ、とんでもないです。ただ、何分ウチは貧乏所帯なものですから、今しばらくお待ちいただきたく…」
「当てもないのに待てとはいい度胸だな。それも親父譲りの言い訳か?」
そうネチネチと嬲るように言うところは、正にヘビのようなしつこさだ。
しかし、
「まぁいい。とりあえず水谷先生は新しいオモチャで我慢してくださっているが…やはりお気に入りは幸斗だ。さっさと見つけて先生に差し出せ。判ったな」
そう言って安原がチラリと視線を向けた先では、選挙のポスターなどで見慣れた数人の男が、温血っぽい少年をゲラゲラと笑いながらムチで嬲り、犯し続けていた。
「…判りました」
そう応えて頭を下げると部屋をあとにした向野だったが、モニターの中で数人の男達に犯されて泣き叫ぶその少年の姿が、いつまでも脳裏から消えることはなかった。






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初出:2006.10.15.
改訂:2014.11.03.

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