Fugitive 25


一概にヤクザといっても、実際の仕事は多岐に渉っている。
ましてや大っぴらに武器の密輸や人身・臓器売買ができるわけではないし、違法薬物の密売も当然である。
表向きは金融や遊興事業、もしくは不動産や建築業、中には立派な商社などを経営しているところもあるものである。
特に片岡組は元を正せば戦後の混乱期に乗じた博徒でもあるため、必然的に遊興方面の事業を広く展開していた。
その中でも、ファッションホテルやホストクラブの経営を受け持っているのが裕司である。
そしてそういった職種は営業時間が夜をメインとすることもあり、生活パターンが夜型になるのは否めないところでもあった。
そのため、
「ふぁ〜…」
中でも一番の売り上げを誇る「Misty Rain」の支配人室に呼び出された若い男は、そろそろ日付が変わろうかというこの時間になると流石に睡魔には勝てないのか、大きな欠伸を繰り返していた。
「お前な…仮にも雇い主のまえで、よくそんなに欠伸ばっかりしていられるな」
そう苦笑交じりに呟いたのは、分厚い報告書に目を通していた裕司である。
しかし、
「そんなこと言ったって…それを言うなら、もう時間外ですよ。自分は先輩とは違って一般サラリーマンなんですからね。時間外手当、ちゃんと出してくださいよ」
「それは専属契約の中に入っているだろ? 個人的な手当ては事務所に言え」
「うっ…そんなの無理に決まってるじゃないですか! うちの親父の人使いの荒さはご存知でしょう?」
そう半分涙声になっているのは、どうやら眠いばかりが理由ではなさそうだ。
一応、地味ではあるが高級仕立てと思えるスーツに身を包み、チラリと見える腕時計やそばにおいてあるアタッシュケースも、某ブランドの高級品であることは間違いない。
それだけを見れば、どこかの重役か御曹司と思えるところだが、その表情は社会人には見えないほどに幼かった。
裕司のことを「先輩」と呼ぶくらいだから年下なことは確かである。
だが単なる年下というよりは、大学生か高校生 ―― スーツよりもは学生服の方が似合いそうな雰囲気である。
しかしその襟元には中央に天秤を配した向日葵のバッチ ―― 言うまでもなく、弁護士のシンボルをつけており、それは間違いなく本人のものであった。
名前は、小堺柊平。片岡組とは専属契約をしている弁護士事務所のれっきとした所員である。
「大体、お前は俺より若いくせして、年寄りみたいなこと言ってるんじゃねぇよ。まだ宵の口じゃないか」
漸く日付は変わっているが、まだ街は賑やかなものである。
ヤクザな裕司にとってはこれからがかき入れ時とも言える時間帯であるし、柊平と同じ年くらいの若者ならまだまだこれからが遊ぶ時間の本番ともいえそうである。
だが、
「先輩みたいな遊び人と一緒にしないでください! こっちは夜明け前から仕事してるんですからね!」
そう言ってソファーになだれ込むように横になると、クッションに抱きついて涙声の愚痴を呟いた。
「全くウチの親父ときたら人使いが荒いんだから! そのうち、労働基準法違反で訴えてやるっ!」
「止めとけって。そんなことしても、法廷で負けた挙句に退職金もパーにして放り出されるのが目に見えてるぞ」
「うっ…それは言えてるかも…」
だが、過労死するのとどちらが早いだろうと思えば、熟考をせざるを得ないところのようだ。
柊平の所属している弁護士事務所は、所長は言うまでもなく彼の父親である。
その父親は何でも若い頃に裕司の祖父に一方ならぬ世話になったことがあるらしく、その関係で片岡組とは古くからのつきあいであった。
特に柊平自身も裕司の中学・高校時代の後輩に当たっており、いずれ裕司が片岡組を継ぐときには、言うまでもなくその片腕として手腕を試されることになるだろうといわれている。
実際に、私服でいれば高校生にも間違えられるような童顔で幼さの抜けない柊平であるが、弁護士としての手腕は他の弁護士事務所や検察でも一目置かれているのは嘘ではないらしい。
但しそれほどの有望株であってもやはり実の父親には未だ一歩及ばず ―― なにかとこき使われているのは言うまでもない。
そのため何かあるたびに愚痴るのも今に始まったことではなく、それを聞かされる裕司もあしらいには手馴れたものだ。
「でも、せめて時間外手当くらいはだしても良いと思いません? こっちは今週、アパートにも帰らないで仕事してるんですよ?」
「ふぅーん。そりゃあ、ご苦労なことだな」
「絶対に俺は将来、過労死ですよ。そうしたら、あのクソ親父の枕元に化けて出てやる!」
「そうかそうか、そりゃあ、がんばれよ。まぁ不法侵入で訴えられないようにな。それよりも…」
勿論、そんな風に文句ばかり言っている柊平だが、結局のところ父親には頭が上がらないことは判っているし、弁護士としては尊敬しているのも事実である。
だから裕司も適当に聞き流しながら柊平が持ってきた分厚い報告書に目を通し、確認した。
「この梅田っていうのが、今の幸斗の親代わりってことだな?」
「ええ。彼にとっては唯一の親族です。といっても血のつながりはないですね。父親の姉の夫ですから。但しこの男も既に死亡していますから、今はその息子の英明っていうのが幸斗君の保護者になっているようです。一応まだ、未成年ですからね」
散々愚痴って少しは気がまぎれたのか、柊平はむくっと起き上がると、真面目な表情で答えた。
「それに、両親が彼に残した財産ですが、どうも既に食いつぶされた可能性の方が高いです。なんでも死んだ梅田っていう男は酷いアル中だったようで、死因もそれによる心臓発作だったようですよ」
加賀山の調べで幸斗が未成年ということを知った裕司は、流石にそのままにしておくのはヤバイと思って柊平に身上調査をやらせたのだ。
その結果がこの報告書だったのだが、それは更に幸斗の不幸を物語っていた。
だがそれもこれも、知らなければ助けることなんて出来るはずもない。だからこそ淡々と聞いていた裕司だったが、
「あと英明の方ですが、こちらは現在、麻薬密売の罪で服役中です。どうも組の誰かを庇っての服役っぽいですね」
「成程…」
そう、その時は聞き流していた裕司だったが、まさかその裏で更に幸斗の不幸が隠されているとはその時は気が付くはずもなかったのだった。






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初出:2006.10.22.
改訂:2014.11.03.

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