Fugitive 27


裕司に送ってやると言われたはずの柊平であったが、気が付けば春也の車に乗せられて、しかも向かっている先は春也の住んでいるマンションであった。
「Misty Rain」からでは、柊平の住んでいるアパートが最も近く、次いで近いのは弘明のマンションのはずであったのだが、先行している裕司と弘明の乗った車 ―― 運転は大前である ―― は、どちらの家にも寄る気配を見せなかった。
しかし、
(まぁ幸斗君に一度は逢っておくのも悪い話じゃないけど…)
今後どういう状況になるかはまだ予想もつかないが、法的なことからであれば恐らくバックアップすることになるだろうということは目に見えていた。
だからそのこと自体には問題ないのだが、
「…それで、裕司さんは幸斗のことを本気で考える気なんですか?」
そう尋ねてきた春也の口調は、決して穏やかとは言いがたい雰囲気だった。
運転しているのだからまっすぐ前 ―― 助手席の柊平の方など見もせず、というのは仕方がないところではある。
だが、元がキツイ系の美人である上にふざけた素振りも全くないとなると、それは不満か納得できないのかと思いたくもなるところだ。
おかげで、本当なら柊平の方が2歳ほど年上なのだが、つい口調も改まってしまい、
「ええ、今回はかなり真面目に考えているみたいですね。じゃなかったら、わざわざ弁護士の俺まで介入させないでしょう?」
「それは、やはり幸斗が未成年だから…?」
「まぁそれもありますけどね」
寧ろ心配なのは相手もヤクザということだろう。
しかも背後にそれなりのバックが付いているともなれば、用心するに越したことは無い。
それに、
「事情が事情ですからね。先輩としては彼を見世物のような目には合わせたくないようです。いざとなったら、多少の金銭は構わないから極力穏便にということみたいですね」
事情と口に出したときの柊平は、僅かではあったがトーンを落し気味であった。
おそらく、幸斗に何があって、どんな目にあってきたのかということを知っているのだろう。
それをわざわざ確認するようなことは春也もする気はなかった。
尤も、柊平には弁護士としての守秘義務があるため、本来であればこんなことを第三者である春也には言うべきではないものだ。
だが、実際に今現在は春也が幸斗の面倒を見ているということもあり、粗略にできないというのも事実である。
それに、大前が言っていた話もある。
金光組の動きが不穏な今、表立って裕司が動くのは却って火に油を注ぎかねない。
そのため、裕司も暫くは幸斗とも逢わないほうがいいかもしれなく ――
「多分、先輩としては片がつくまでは暫く幸斗君のことを春也君と中谷先輩に任せるつもりなんじゃないですかね。今頃はそのお願いを前の車の中でしていることだと思いますよ」
実は、柊平と弘明も同じ高校の出身である。
直接同時期に在学していたことは無いのだが、裕司との繋がりで当時からの知り合いでもあり、弘明と春也の微妙な関係にも気が付いていた。
だから、幸斗のことで心中穏やかで居られなくなっている弘明も巻き込むことで、どう見たって両思いであることは間違いないこの二人のことも片付けてしまおうという裕司の魂胆にも気がついており、
「…ありえますね、それは。全く、余計な世話を…」
そう苦々しげに呟く春也であったが、柊平が見るその表情は少し柔らかくなっていたような気がしていた。



やがて車は郊外にある春也のマンションに到着した。
「…でも、こんな時間だよ? 起こしたら可哀想じゃないかな?」
「大丈夫ですよ。そりゃあ、寝てたらまた今度ってことにしますから」
どうやら柊平が春也に言っていたのは間違いではなかったようで、先に車から降りて春也たちを待っていた裕司と弘明はそんな話を続けていた。
「それに僕に何ができるかな? こんな足なのに…」
「いいんですよ、話し相手程度で。大体、春也みたいな愛想なしと二人きりなんて事のほうが、ずっと可哀想じゃないですか」
何気に酷いことを言っている裕司であるが、その辺りは本人も自覚もあるので、聞こえていたはずの春也もあえて口を挟むことはなかったのだが、
「可哀想って…酷い言い方だね。春也は黙っていても格好良いからいいんだよ」
そんなことをほんの少し頬を赤らめながら弘明が言うものだから、春也は氷のような視線で裕司を睨んだ。
「裕司さん、まさか弘明…店長にアルコールを飲ませました?」
「ああ? そんなに怒るなよ。ちょっと缶ビールを1本だぜ」
「…全く、なんてことを…」
実は、雇われとはいえホストクラブの店長をしている弘明であるが、アルコールには殆ど耐性がないのだ。
それも、表情には一切でないのだから始末に悪い。
そのため、
「…とにかく、中に入りましょう。どうぞ、こちらへ」
ここまでくれば諦めもついたのか、春也はさっさとIDカードを取り出すとマンションの中へと招き入れていた。






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初出:2006.10.29.
改訂:2014.11.03.

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