Fugitive 28


いつものように自分で鍵を開けてドアを開けると、春也は仕方がなさそうに全員を中に招き入れた。
「もう寝ていると思いますよ」
「ああ、判ってるって」
何せ時間が時間である。それは裕司も良く判っているので、静かに中に上がろうとしたが、
「おっ邪魔しまーす」
すっかり出来上がっている弘明だけが構わずにニッコリと微笑んで挨拶をしている。
「弘明のマンションって初めてー。すっごい、リッチな作りだねー」
「ええ、まぁ…」
「わ、すごーい。もしかして、オール電化? 最新だー」
一応この中では弘明が一番年上のはずなのだが、何せ相手は酔っ払いである。
余程もの珍しいのか廊下からトイレやバスルームなどを覗いて回り、漸くキッチンにまで来るとその最新設備に目を見張っていた。
「春也って料理とかするのー?」
「あまり大したことはしませんが…」
「えー、だって、こんなにいい設備じゃない。勿体無いよー」
そう勿体無いと呟く弘明に、春也も苦笑を浮かべるしかないようだ。
これが他の人間なら、絶対に煩いと氷の視線を向けて外に放り出すか ―― そもそも部屋になど上げもしないことだろう。
(全く、惚れた相手だと、こうも違うかね?)
普段の春也を知っている裕司も、先程までの冷たい態度にヒヤヒヤしていた柊平も、この態度の違いには呆れて突っ込みも入れられないくらいだ。
それどころか、もう幸斗が眠っているはずだから少し静かになどと弘明に言おうものなら、却って春也に睨まれそうな雰囲気ですらある。
だから、
「じゃあ、先輩が明日の朝食でも作ってあげたらどうです? その方が春也も歓びますよ?」
そんなことを裕司が言うものだから、いきなり弘明の表情がパッと明るくなった。
「え? 本当? じゃあ、今日は泊めてね。その代り、明日の朝は春也の食べたいものを作ってあげる!」
「え? 弘…店長、何言ってるんです?」
「やだなー。もうお仕事じゃないんだから、店長じゃないでしょー」
素面では絶対言わない台詞であるが、酔った勢いほど怖いものはない。
すっかりその気になっている弘明を見ていれば、春也に睨まれても痛くも痒くもない裕司である。
尤も、柊平は、
「明日、中谷先輩に怒られても俺は知りませんからね」
そう言って逃げる算段を考えているようだ。
それをひっ捕まえて、
「何だよ、友達甲斐のないやつだな。ま、いいか。とりあえず、コーヒーでも飲ませてくださいよ」
そう弘明に言って、裕司は隣のリビングの電気をつけてソファーに座ろうとしたのだが、
「え?」
不意に明るくなったリビングのソファーの向こうで、なにやらごそごそと動く気配がした。
一瞬何事かと思った裕司だったが、そっと覗き込んで ―― こちらも途端に甘い表情になる。
「幸斗? 全く、なんでこんなところで寝てるんだ?」
そう、そこにいたのは、まるで胎児のように丸くなって眠っている幸斗の姿で。
その脇には綺麗に畳まれた洗濯物が置いてある。
どうやら片づけをしている間に転寝をしてしまい、そのまま寝入ってしまったようだ。
ここのところ漸く体調も良くなった幸斗が、恩返しのつもりなのか家の中でできる家事を一生懸命やっているということは裕司も知っていた。
その健気なところもまた愛しいのだが ―― 相手が春也のというのが腑に落ちずにいたのも事実である。
そのため、
「…春也、お前、あんまり幸斗をこき使うなよな」
半分以上はやっかみの入った口調で言えば、
「失礼ですね。僕がいつ、こき使いました?」
「フン、どうだか。こんなところで寝たら風邪引くって。向こうに連れて行くからな」
「…どうぞ、お任せします。くれぐれも寝込みを襲うなんて事だけはしないでくださいね」
言い返す春也も黙ってはいない。
しかし、ふと見れば先程まではしゃいでいたはずの弘明も、いつの間にかテーブルに突っ伏すように眠り込んでいる。
それを見て、
「フン、余計なお世話だ。まぁ先輩の方は任せるからな。幾ら据え膳だからって、手を出すのは次にしろよ?」
「なっ…裕司さんと一緒にしないでくださいっ!」
そう言って弘明を抱き上げて自分の部屋の方に春也が行ってしまうと、裕司も幸斗を抱き上げて宛がわれている部屋へと連れて行った。
おかげで、残された柊平は、
「ああ、もう、付き合いきれませんね。俺、先に帰りますよ。先輩、車と大前さんを借りますからね!」
そうドア越しに声をかけると、一人虚しく部屋を後にして行った。






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初出:2006.11.05.
改訂:2014.11.03.

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