Fugitive 32


まさかと予想していた裕司でさえも、その発言には流石に返す言葉を失っていた。
「まぁ、そもそもの切欠は、父親である議員が五十嵐総合病院に入院したっていうのが始まりだったわけでな」
そんな裕司を見れば、いつもなら悪戯っぽく茶化す様な口調になるのが加賀山の人となりであったが、流石にこの日は事の重大さを気にしてか、そんな素振りは見せなかった。
今回の事の発端は、先程から加賀山が言っていたようにとある派閥の会長であった国会議員が入院したことから始まった。
何せ克己の勤務先でもある五十嵐総合病院は古くから政財界の御用達ともいえる病院である。
そのため国会議員が入院するなど珍しくもないことで、しかも今回は俗に言う「雲隠れ」的な入院ではなく本当の検査入院であった。
但し主治医は以前からの担当でもあった内科のドクターであり、克己とは特に関係がないように思われたのだが、偶然見舞いに来たその議員の長男である二世議員が克己を見かけてしまったことが発端だった。
何せ、あの克己である。
それでなくても絶世の美貌に人見知りをしない性格で、しかも相手は入院患者の家族となれば、警戒心など持つはずも無い。
そのため、院内で顔を合わせれば当然話の一つもするということであったのだが、それもそれだけで済めば、龍也が機嫌を悪くする程度はともかくとして、それ以上の問題にはならなかったはずだった。
そう、その二世議員がどうやら本気で克己を気に入ってしまい、事もあろうに金光組のチンピラに連絡などということをしなければ ―― である。
しかし ―― 以前からその二世議員は女には目がなく、銀座や新宿ではかなり派手な金遣いをしているというのは評判ではあった。
だがそれもマスコミが騒ぎ立てるほどのスキャンダルになるほどではなく、ましてや男にはどんなに相手が美形で興味はないと公言していたはずだったのだ。
「実際、親父の方は今までにも何度か入院したことがあって、その都度、息子の方も五十嵐病院には出入りしていたらしいんだ。だから克己さんの事だって知らない仲じゃなかったし、寧ろあそこの看護婦狙いなんて言われてたくらいなんだよ」
「それが突然の宗旨替えか。何かあったと考えるのが…いや、まさか?」
国会議員の二世で急に同性をSEXの対照とするようになり、しかもそこに金光組が絡んでいる。
それだけのピースが揃えば、嫌でも思い当たるところは
「ああ、実は与党の水谷政典議員が作っている勉強会のメンバーだった」
その瞬間、裕司の顔色も驚愕に凍りついた。
「なん…だと?」
水谷政典 ―― それはかつて幹事長も勤めたという水谷忠政議員の長男で、金光組と繋がりのある議員であることは裕司も知っていた。
いや、それだけではない。
その男こそ、幸斗を陵辱し続けた元凶と思われていたのだった。
「しかも、無類の女好きが一転したのが、どうやらこの春先あたりからって言うことらしくてな」
淡々と無表情を装って加賀山は告げるが、表情がないのは裕司も同様だった。
そうそれは、丁度幸斗がボロボロの姿で春也に拾われた頃と一致するとなれば ―― 否が応でも想像はつく。
「…幸斗をおもちゃにして、趣向が変わったということか?」
「残念ながら、そう考えるのが妥当だな」
「それで、そのことを龍也も知っているということだな」
龍也がどこまで幸斗のことを知っているのかは判らなくても、わざわざ裕司を呼び出したということを思えばそれは予想できることである。
この場合、あくまでも加賀山は蒼神会の人間であるから幾ら裕司とは学生時代からの付き合いといっても、どちらを優先させるかと問われれば、それは仕方の無いことだ。
だから、
「悪いな。克己さんが係わることについては、若に黙っているなんてことはできなくてさ」
「だろうな。アイツを怒らせれば、その方がヤバイからな」
「ああ、でも、結構粘ったんだぜ?」
龍也にとって、世界は克己とそれ以外の人間である。
克己を守るためなら、例え世界中の人間を傷つけることになっても平然としているだろう。
そう、例え相手が、裕司が大事に思っている青年であっても ―― だ。
「しかも始末の悪いことに…ここ数日、都内でも何人かの人間が行方不明になっている。表向きは家出とかってことになっているが…」
「連中が、『商品』をかき集めているっていうことか」
あの勉強会とやらに出席した議員は十数人に亘るはずである。その全員の好みが変わったとは言い切れないが、あれで客層が一気に増えたということは考えられなくも無いことだ。
そうなれば、当然相手をする人間が大量に必要になるわけであり、
「連中が自分のシマだけで調達しているならこっちも文句は言えないところなんだが、どうやらそんな殊勝な連中でもなさそうときている。ましてや克己さんまでとなれば、若が黙っているわけも無い」
幸い克己に関しては連中も危険を察してすぐに手を引いたのだが、何も知らない下っ端連中の中には甘く見ているものも居ないとは限らない。
しかも調べを進めるうちに、蒼神会で飼い慣らしていた政財界の人間の何人かが金光組の秘密クラブの客になっているともなれば、これは明らかにシマ荒らしといっても過言ではないのだ。
となれば、蒼神会としても金光組の存在は邪魔となり、丁度、向野組との因縁のことを考慮すれば手を組むのはやぶさかではない。
そして、
「ということで、若がさっき言っていた話になるんだが…何せ克己さん絡みだ。手っ取り早く秘密クラブの壊滅をということになれば、事情を知っているお前の大事な幸斗クンにも協力して欲しいところでさ」
「 ―― !?」
つまりは、それが今回の呼び出しの原因であったということだった。






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初出:2006.11.20.
改訂:2014.11.03.

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