Fugitive 36


翌日、蒼神会ビルに姿を現した裕司を出迎えたのは、昨日とはうってかわってげっそりと疲れきった表情の加賀山だった。
どうやら昨夜は寝ていないようで、それどころか夜通しぶっ続けやっているのにまだ仕事が残っているようだ。
おかげで昨夜は克己 ―― 龍也もいたが ―― と楽しく過ごしてきた裕司を見る目は、羨ましいというよりは妬みに近いところにまで来ていて、
「フン、昨夜は随分とお楽しみだったみたいじゃないか。ああ、いいご身分だよな」
「…あのな、セッティングしたのは、お前だろうが?」
「そうだよ! 俺だって一緒に豪遊するつもりだったのにっ! くそぅ、若を敵に回すと、ホントにロクなことにならないぜ」
そんな文句ばかりブツブツといいながらパソコンのキーボードを叩きながら、裕司には恨めしそうな視線を向けている。
どうせ加賀山のことだ。
あんな策を使ってきたら、それを良いことに絶対にあの席に紛れ込んで、裕司から根堀り葉堀り聞きだすつもりだったに違いないのだ。
それが来なかったことを、長年の付き合いでもある裕司も内心では意外に思っていたのだが ―― どうやら龍也に意趣返しとばかりに仕事を押し付けられたせいのようだった。
「成程な。龍也の方が一枚上手だったってことか」
克己が裕司の思い人としての幸斗の存在を知れば、その幸斗を使って金光組の秘密クラブを壊滅させるという手は使えなくなる。
だから、龍也の意に逆らって幸斗を庇うと言うのなら ―― 代案の一つや二つは出しておけと言うことなのだろう。
そして、加賀山が示した代案というのが、
「お前ばっかり美味しいことしやがって。俺なんか、何が哀しくてオッサンどもの追っかけ? 絶対、世の中間違ってると思うよなっ!」
そう半分泣き言まがいに向かったパソコンのキーボードを叩くが、そのモニタに映し出されたリストを目にして、流石に裕司も目を見張った。
そこに映し出されていたのは、肩書きだけを見れば錚々たるメンバーで。
裕司も調べていたのだから、これが何を示すかはよく判っている。
そこに映し出されていたメンバーは、現在金光組と何らかの繋がりを持つ政財界の人間であった。
しかもそれだけではない。
ほぼ全員の現在の所在と動向が網羅されており、それに付随していくつか秘密クラブのアジトらしい場所がピックアップされていた。
「お前…これ、一晩で調べ上げたのか?」
「フフン。誰に聞いてる? 情報に関しては、俺を舐めるなよ?」
そうニヤリと自慢げに笑みを浮かべるが、それもこれを見せられた後ではどんなに賞賛しても不足はない。
実は、流石に蒼神会を敵に回したこと ―― 克己絡みの一件 ―― で、金光組にも危機感はあったらしい。
ベースにしていた秘密クラブを更に地下に潜らせたようで、流石の蒼神会でも場所の特定にはいたっていなかった。
とはいえ内容が内容である。
そう簡単に動かせるようなものでもないはずなので、おそらく幸斗ならソコに行った事もあるだろうと思われたがゆえに龍也が協力させようとしていたのだが ――
「これで見ると、どうやらこの辺りが怪しいな」
そう言って加賀山がチェックしたのは、中央道相模湖東出口付近。確かにここなら交通の便もある一方で観光地でもあるため、人が来ても怪しまれることは少ない。
「この辺りは…確か、金光組の安原とかいうヤツのシマだったな」
「ああ、あの茂木の弟分だが…かなりの野心家だな」
その答えにはかなりに含むところがあり、裕司も無意識に嘲笑を浮かべていた。
元々、茂木と言う男は金光組でも古参の方で、組長の信頼を持っているからとここ数年は増長しているところがある。
その良い例が息子の保之であるが、それを裏で操っているのは ――
「金光組でも安原はトップクラスの稼ぎ頭だ。なるほど、その資金源がアレなら、そりゃあ稼ぎもいいわけだ」
そんなことを何気に話している加賀山だが、そうしている間にもそのパソコンには次々と新しいデータが叩き込まれている。
それをまるで流れ作業のように処理して更にリストに加えていくところなど、寝不足などどこかに飛んでいってしまったかのように楽しそうだ。
「ああ。で、どうするつもりだ?」
「若のお考えでは、とりあえず金光組を潰すことだ。あいつら最近、商品探しだけでなく、ヤクの売り場としても歌舞伎町あたりをうろついてるからな」
「それは…馬鹿な連中だな」
歌舞伎町は当然、蒼神会のシマである。
そこでヤクの売買など、見つかればただですまないことなど思いもしないのだろう。
最近の若い連中に多い簡単な想像力の欠如である。
「ああ、まぁやってるのは三下どもだったらしいな。ホント、若いってのは怖いもの知らずだからなぁ」
そして何気にそれが過去形なのは ―― 今頃は東京湾の魚のエサにでもなっているのだろう。
「…相変わらず、処理は早いな」
「まぁな。『仕事は迅速に』がうちのモットーだからさ。っていうことで、取りあえずは、この中の何人かにお話を聞きにいってみるかな? ちゃんと説明すれば、協力してくれるおエライさんもいるかもしれないしぃ〜」
勿論それが、単なる『お話』でないことは明らかだ。
秘密クラブに関わっていることをヤクザに知られれば、それなりの身分のものであるほど保身に走るというもので。
黙っていてやる、寧ろ他にばれないように手配してやるといわれれば、こういう連中は親兄弟でも売りに出すことだろう。
(相変わらず…抜かりはないよな)
リストの中から特に高出資者を選んでチェックする加賀山の姿は、まるで悪魔が魂の契約をした人間の数を数えるような楽しさに溢れていた。






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初出:2006.12.02.
改訂:2014.11.03.

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