Fugitive 46


幸い、縛られていた腕は解かれたが、その両脇を屈強な男達に羽交い絞めにされたまま、幸斗は長い廊下を歩かされていた。
窓が一つもないため、今が夜なのか昼なのかも判らない。
だが、
「ああっ…んっ…!」
「くくく…いいぞ、もっとケツをあげろ! …そうだ、お前のイヤラシイ穴を塞いでやるからな」
時折前を通り過ぎる扉の向こうからは、耳を塞ぎたくなるような嬌声と猥褻な言葉が漏れてくる。
いやそれだけでなく、中には断末魔にも似た悲鳴や泣き叫ぶ声に背筋が凍りそうな鞭の音がするところもあった。
既にここが何処であるかは気が付いている幸斗である。その扉の向こうで行われていることだって判っている。
そう、ほんの数ヶ月前までは、自分のあの扉の向こうで泣き喚き、そして命令する男達の欲望のままに、淫らに喘いでいたのだから。
だからそんな部屋の前を通るたびに、幸斗の体がまるで肉食獣に見つかった小動物のように跳ね上がるが、それでも幸斗は逃げようとはしなかった。
判っているのだ。
この屋敷に戻された以上、もはや逃げることなどできるはずがないということを。
だから、まるで人形のように引きずられて連行される幸斗であったが、それでも耳に届く残酷な音には、体が無意識に恐怖を感じていた。
しかし、そんな幸斗を引きずっていた男達は、一々そんな様子などを気にしてはいなかった。
寧ろ、そうやって幸斗が怯えを見せれば見せるだけ、ゾクゾクと快感さえ覚えてくる。
(全く、このコは本当に男の気を引くのが上手いな)
勿論そんなことは幸斗が意識してやっていることではないということも判っている。
だからこそ男の嗜虐を煽るということのも、本人は全く気が付いていないのだろう。
まさに天性のモノ ―― そんな嗜虐を煽るところも、幸斗がここでトップクラスを譲らなかった所以である。
ところが、
「さぁ、今夜のキミのお部屋に到着したよ。どうだい? 懐かしいだろう?」
そう言って先に歩いていた男がとあるドアの前に立ち止まると、幸斗はゆっくりとそのドアを見上げ、次の瞬間にはガクガクと震えだしていた。
「あ…いや…お願い、それだけは…っ!」
それまでは時折怯えたような様子を見せてはいても、まるで全てを諦めたかのようになすがままだったはずである。
しかし、その部屋がどこかに気が付くと、突然気が狂ったのかと思うほどに暴れだした。
それは、その細い体のどこにそれだけの力が残っていたかと思うほどに暴れようで。
「お願いですっ! なんでも、本当に何でもしますからっ! だから、その部屋だけは許して!」
だがどんなに暴れてみても、それもたかが知れている。
幸斗の自由を奪うように両脇を固めているのは、それこそ一捻りで腕の一本くらい折りそうな体躯の男達だったのだ。
「お願い…どんなことでもします。だから、その部屋は…ここだけは許してくださいっ!」
ある意味では、この廊下の数ある部屋でも最も質素でそっけない扉である。
寧ろ、他の部屋がホテルで言う客室であれば、ここは非常口か防火扉のように無機質な鉄の扉だ。
しかし、
「どんなことでも…ね。ククク、本当に幸斗君は可愛いねぇ」
そう言って舌なめずりして、先導していた男が笑うと、
「本当に可愛いよ、キミは。だから心配しなくても、ちゃんと可愛がってあげる。最初の時だって、最高の快感を味あわせてあげたでしょう?」
そう応えると、男はなんの躊躇いもなくドアを開けた。
そして、
「いや…いやぁっ!」
泣き叫ぶ幸斗を無造作に部屋の中央まで引きずらせると、男は部屋の中心に垂れ下がっていた紐を楽しそうに引き寄せて、その先に着いている手錠を幸斗の両手にかけた。
―― カチャン…
「いやぁーっ!」
無機質な金属音が、まるで断頭台のギロチンが落ちる音のように聞こえてくる。
そして、
「ククク…ほら、よく見てごらん? キミが一杯いるよね?」
男が言う通り、壁には幸斗の姿が何人もになって映っている。
そう、この部屋の壁は全て鏡になっていて。それも四面ではなく、微妙に角度の付けられた八面の壁である。
いや、壁だけではない。天上も床も前面鏡張りで、何処を見ても幸斗の姿が曝け出されていた。
それこそ、一点の死角もないようにと計算されたステージで。
「どの幸斗君も、本当に可愛いねぇ。だけど、やっぱりホンモノが一番かな?」
そう喉の奥で笑いながら、男は幸斗の服を全て剥ぎ取っていった。






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初出:2007.01.28.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon