Fugitive 50


裕司と加賀山がその場所に着いたのは、夜の8時を少し過ぎた頃だった。
インターを降りて5分ほどしか走ってはいないが、本来、この辺りの観光スポットとされる相模湖とは逆方向である。
そのため時間的には宵の口であるが、辺りは薄気味悪いほどに静まり返っていた。
丁度時期的にもサツキやツツジの花見も終わった一方で夏にはまだ早いし、そもそもウィークデーでもあるから観光客も少ないのだろう。
近くに民家もまばらであるため、通りには野良犬ですら見当たらないくらいだ。
しかも、
「成程な。これなら…議員連中が出入りしても怪しまれないか」
そんな風に加賀山が呟くのも道理で。
沢村からの連絡で突き止めた場所は、明らかに一見の客はお断りというような高級料亭だったのである。
その料亭の前に、時折、いかにも高級そうな車が止まり、中からは数人単位でスーツ姿の男達を吐き出している。
それはどう見てもそれなりの地位や財力を持っていそうな連中で、そんな客達が笑いながら暖簾をくぐって行くのを見るたびに、裕司は唇が切れそうになるまで噛み締めていた。
全員が全員、怪しいクラブの連中とは限らないかもしれない。
だが、しかし ――
「おい、誠。まだか?」
「ん…もうちょっと待てって。今、探ってるから…」
その料亭を通り一つ隔てた先に裕司が車を止めて、既に20分ほどが経過している。
場所が判ったのだからすぐにでも乗り込みたい裕司であったが、それは加賀山が許さなかったのだ。
というのも、
「…やっぱり、思った通りだな。どうやら裏にある廃工場辺りに地下室があるみたいだ」
純和風の豪奢な建物にはなっているが、それだけの規模で秘密クラブなどを開くのは無理がある。
あくまでも料亭は表向きとして、どこかに秘密の施設があると読んだ加賀山がハッキングで探りをいれたところ、料亭の裏にある廃工場がかなり怪しかった。
「あの廃工場、工場長一家を自殺まで追い込んで手に入れたはずなのに、封鎖されたままで手付かずになっているらしい」
「じゃあ…」
「ああ、多分、料亭から地下に繋がっているんだろう。てことは、だ。あっちにも秘密の抜け穴くらいはあるかもしれないな」
元々非合法な組織である。しかも客がそれなりの上流階級ともなれば、いざというときの安全面にも気を配るはずだ。
そのため、何かあったときの脱出路は幾つかあるはずというのが加賀山の推理で、一網打尽にするなら、それを押さえなければ意味がない。
しかし、
「誠、あそこに幸斗がいるのは、本当に間違いないんだな?」
組織をどうのというよりも、今は幸斗のことしか考えられない裕司である。
それこそ、幸斗さえ助け出せれば、金光組などどうしようかまでは考えていなかった。
尤も、幸斗にもしもの事があれば ―― それもどこまで加減ができるかも怪しいが。
だから、
「それは大丈夫だ。安原が水谷にわざわざ連絡してきたらしいからな」
「そうか」
わざわざ捕まえたその日に上客である水谷に連絡したということは、すぐにでも幸斗で稼ごうとしているということだろう。
となれば、そう無体なこともされていないはずと思った裕司は、ほんの少し安心したように息をついた。
しかし、
(但し…今頃は…)
加賀山に連絡をくれた沢村の話では、水谷はその連絡を受けたものの、今夜は派閥の会議でどうしても抜けられないと応えたという。
それに対して、
『そうですか。それは残念です。では、先生がいらっしゃるまで、幸斗にはしっかりお仕置きをさせておきましょう。先生がいらっしゃったら、「すぐにでもお相手させてください」と跪くように躾けておきますよ』
そう安原が言っていたということだから、今頃は ―― どんな酷い目にあっているか想像するのも哀れである。
勿論そのことは、流石に加賀山も裕司には伝えていない。
言えば、ここまで必死になっている裕司である。それこそ正面からでも乗り込んでいきかねないというものだ。
(せめて終わっててくれればいいんだけどな…)
今更、幸斗が綺麗な身体でないことは裕司だって承知はしている。
だが、それを実際に目の前に突きつけられることは、また別の話だ。
それに幸斗だって、いくら助けに来てもらっても、そんな場面を裕司に見られることを望むとは ―― 思えない。
(としたら、作戦は…)
恐らく、中はセキュリティはそれなりとしても、人員は大してしないはずである。
秘密クラブという以上、客の方も人目を憚るであろうし、ヤクザのごついのがウヨウヨとしていては楽しみも半減するというものだ。
それに、何かあればとにかく客を逃がすというのがこういった組織の鉄則であるはずでもあるから、幸斗の救出を最優先とするのであれば ――
「騒ぎを起こして、その隙に助ける。それが一番手っ取り早いな」
「…なんだよ。散々待たせて、結局は荒業か? お前らしくないな」
「しょうがないだろ? 誰かさんが、仕掛けを作る時間もくれそうにないからな」
知能犯の加賀山としては作戦などと呼べるシロモノでもないのも事実。
だが、切羽詰っていた裕司には、深く追求する余裕もないのが幸いだった。
そう、願わくば ―― その騒ぎで慌てて、今頃幸斗を苛んでいる連中も逃げてくれればと。
加賀山の真の狙いはそのことに限定されていたのだった。






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初出:2007.02.25.
改訂:2014.11.03.

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